第9話 VSクイズ・パズルマニア
文字数 3,100文字
「それでは、会誌の話は将来的な検討課題として、現時点では引っ込めます。代わりに水原さんを誘う手段を考えてください、皆さんで」
そう言うと不知火さんは居住まいを正して座った。切り替えが早い。
「ま、まあ、水原さん一人に絞らなくても、最終手段的ってことなら、男子を入れるというのも選択肢に含めなくちゃと思うんだ」
体育の時を思い起こしながら、このタイミングで言っておこうっと。
「元々、女子だけでって決めて取り掛かっていたわけでもないし、悪くはない」
朱美ちゃん、少しだけ嬉しそうに言った。その表情を窺っていると、私の視線に気付いて、ぷいと目をそらす。追及はやめとこう。
「誰か目当てがあるの」
つちりんが聞いてきた。何だか画数や誕生日で占いを始めそうな雰囲気だ。
私は視線で、陽子ちゃんに話し手をバトンタッチした。
「みんな知ってるのかな。私らと同じ五組の森君だよ。委員長からの情報で、入る気はあるみたい」
「森って名字の男子は結構いるけど、どの森君だか」
つちりんが呟く横で、朱美ちゃんが「まさか、森宗平?」と、まだこちらが認めない内から驚いたような声を上げた。
「そうだけど」
「あの子、名前のこととで、サクラともめてなかった?」
「もめてるっていうのは大げさだわ。他の男子にからかわれるから、嫌がってるだけよ」
私が受け答えする間に、陽子ちゃんが不知火さんとつちりんに向けて、名前の件を説明する。
「それはそうかもしれないけれど、だからって素直に入るかな、あいつが」
「私もそう思ってたんだけど、内藤君が言うには入りたがっていたって」
「うーん。簡単には信じられん」
腕組みをして首を傾げる朱美ちゃん。
「仮の話、森君が入会希望者だったら、みんなはOKなのかな。OKだったら、手を挙げて」
陽子ちゃんが多数決を求める。五人とも手を挙げた。
「拒否する理由はないからね。ずーっと女子だけでやっていけるとも思えないし」
「早い段階で男子を入れないと、女子しか入れないというイメージが付いてしまう。それは避けねば」
「一人男子が入ったら、他の男子を勧誘してくれるかも」
ということで何の問題もないみたいなんだけど、森君が素直に入れる状況を作る必要があるのかな。
「森君はクイズマニアだから、五番勝負を持ち掛けるってのはどう?」
陽子ちゃんが言った。表情を見るとニヤニヤしている。半分冗談で半分本気ってときの顔に見えた。
「こっちは一問ずつクイズを考えてきて、あっちは五問。一人ずつ対戦して、私達が勝ち越したら、有無を言わさずに森君は入会」
森君の立場が本当は入りたいんだけど入りにくいっていうのなら、強引に入会させられたように見えるこのやり方は、案外いいのかも。でも。
「森君が勝ち越したら?」
「……考えてなかった。ていうか、入りたがってるのなら、わざと負けてくれるんじゃない?」
「うーん。何かちぐはぐというか、おかしなことしてる気がする」
そうなのだ。入りたい人が簡単に入れないんだとしたら、それはおかしい。
「正攻法でいくべきと思います」
これは不知火さん。最終手段どうとか言ってたのに、ここでは正攻法を主張するって、頭が柔軟すぎる。
「どんな形であれ男子一人で女子ばかりのところへ入ったら、なんだかんだ冷やかされるのは目に見えている。そのことは本人も承知のはず。だから、もし私達が考えるとしたら、入ったあとのフォローです。入会は森君が決断するしかありません」
まさしく正攻法、正論だわ。
「なら、早いとこ誘おうよ」
さっきまで難色を示してたのに、朱美ちゃん、急に積極的になった。
「時間がないでしょ。時は金なり。少しでも早く勧誘して、期限までに決断させないと」
そこで次に議論になったのが、森君に正式に声を掛けるのにふさわしいのは誰か。
「それはやっぱり、発足者が」
「でも私、名前のことで煙たがられてるけど」
「だったら、陽子ちゃん? よそのクラスより、同じクラスの方が」
「陽子ちゃんとサクラはセットで見られてる可能性あるから、どうなんだろ」
「それなら不知火さんでも」
「私は普段、極力喋らないので、話し掛けたら警戒される恐れが」
何だか押し付け合いみたいになってる! 別に嫌な役じゃないのに、いざ、一対一で男子を誘うとなったら、こんなにもためらいが生まれるなんて。
頭を抱えたくなったところへ、つちりんが急に言い出した。
「あ、そうだ。こういうのはどうかなぁ?」
* *
何だこれ。
最初、その封筒を下駄箱で見付けたとき、森宗平は心の中でそう呟いた。ラブレターかもという発想は全くない。
(『奇術サークル(仮)』……佐倉さんのやろうとしてるとこじゃん)
ぽり、とこめかみの辺りを指でひとかきして、周囲を警戒。誰もいない、よし今だと、封筒をランドセルに仕舞う。
それから教室とは違う方向、学校では一番人気 が少ない場所の一つであろう、裏庭の日陰を目指す。そこで再び封筒を取り出し、開封した。誰が書いたか分からないが、縦長の読みやすい字が並んでいる。
(「前略 森宗平様」)
書き出しに目を白黒させてしまった。笑うところなのかと思ったくらい。
(「風のうわさで、森君が奇術サークルへの入会を考えてくれていると聞きました。わたしたちはもちろん大歓迎です。入ってもらえたら、とても嬉しく、幸いに存じます」)
文章に硬いところと柔らかいところがあって、読んでいるこっちもむずむずしてくる。けど、森は真剣に目を通した。
(「あなたと一緒に色んな奇術・マジックができたら、さぞかし楽しい活動になると思います。クイズやパズルを出してもらってもいいし、それを活かしたマジックも考えられるかもしれません。男子の一人目として、ぜひ奇術サークルへ。
返事がいただけるのでしたら、五人の内の誰かに、早めにお知らせください。文書でのお返事でももちろんかまいません。ご検討のほど、よろしくおねがいします。
早々
奇術サークル(仮)一同
佐倉萌莉 木之元陽子 不知火遥 金田朱美 土屋善恵」)
読み終わった森はとりあえず、
(俺、金田さんと土屋さんがどこのクラスなのか、知らないんですけど)
と思った。
* *
「あのあと調べてみたところ、連名の場合は、トップの人が最後に来るように書くのがルールみたいでした」
「へー、ほんとに?」
「嘘ではありません。初めて知って私も驚きましたが、今ひとつぴんと来ません。ロジカルでありません」
「ロジカルって?」
「訳すと、論理的、ですね」
背後で陽子ちゃんと不知火さんが会話している。
私も途中まで参加してたんだけど、自分の靴入れの中に一枚の紙を見付けて、しばらく固まっちゃってた。
「――お、手紙? ラブレターじゃないとしたら、例の返事かな?」
陽子ちゃんは軽く受け止めたけど、私はもう文面が見えてしまってるので、ちょっとびっくりしてる。
「何て書いてありました?」
「それが……」
その紙――よく見たらノートのページを丸々破り取った物だわ――を、摘まみ持って二人に示す。そこには横方向に、こんな風に大きく走り書きされていた。
『返事聞きた
※時間と場所は分かるよな? 遅刻は十分まで。 森宗平』
つづく
そう言うと不知火さんは居住まいを正して座った。切り替えが早い。
「ま、まあ、水原さん一人に絞らなくても、最終手段的ってことなら、男子を入れるというのも選択肢に含めなくちゃと思うんだ」
体育の時を思い起こしながら、このタイミングで言っておこうっと。
「元々、女子だけでって決めて取り掛かっていたわけでもないし、悪くはない」
朱美ちゃん、少しだけ嬉しそうに言った。その表情を窺っていると、私の視線に気付いて、ぷいと目をそらす。追及はやめとこう。
「誰か目当てがあるの」
つちりんが聞いてきた。何だか画数や誕生日で占いを始めそうな雰囲気だ。
私は視線で、陽子ちゃんに話し手をバトンタッチした。
「みんな知ってるのかな。私らと同じ五組の森君だよ。委員長からの情報で、入る気はあるみたい」
「森って名字の男子は結構いるけど、どの森君だか」
つちりんが呟く横で、朱美ちゃんが「まさか、森宗平?」と、まだこちらが認めない内から驚いたような声を上げた。
「そうだけど」
「あの子、名前のこととで、サクラともめてなかった?」
「もめてるっていうのは大げさだわ。他の男子にからかわれるから、嫌がってるだけよ」
私が受け答えする間に、陽子ちゃんが不知火さんとつちりんに向けて、名前の件を説明する。
「それはそうかもしれないけれど、だからって素直に入るかな、あいつが」
「私もそう思ってたんだけど、内藤君が言うには入りたがっていたって」
「うーん。簡単には信じられん」
腕組みをして首を傾げる朱美ちゃん。
「仮の話、森君が入会希望者だったら、みんなはOKなのかな。OKだったら、手を挙げて」
陽子ちゃんが多数決を求める。五人とも手を挙げた。
「拒否する理由はないからね。ずーっと女子だけでやっていけるとも思えないし」
「早い段階で男子を入れないと、女子しか入れないというイメージが付いてしまう。それは避けねば」
「一人男子が入ったら、他の男子を勧誘してくれるかも」
ということで何の問題もないみたいなんだけど、森君が素直に入れる状況を作る必要があるのかな。
「森君はクイズマニアだから、五番勝負を持ち掛けるってのはどう?」
陽子ちゃんが言った。表情を見るとニヤニヤしている。半分冗談で半分本気ってときの顔に見えた。
「こっちは一問ずつクイズを考えてきて、あっちは五問。一人ずつ対戦して、私達が勝ち越したら、有無を言わさずに森君は入会」
森君の立場が本当は入りたいんだけど入りにくいっていうのなら、強引に入会させられたように見えるこのやり方は、案外いいのかも。でも。
「森君が勝ち越したら?」
「……考えてなかった。ていうか、入りたがってるのなら、わざと負けてくれるんじゃない?」
「うーん。何かちぐはぐというか、おかしなことしてる気がする」
そうなのだ。入りたい人が簡単に入れないんだとしたら、それはおかしい。
「正攻法でいくべきと思います」
これは不知火さん。最終手段どうとか言ってたのに、ここでは正攻法を主張するって、頭が柔軟すぎる。
「どんな形であれ男子一人で女子ばかりのところへ入ったら、なんだかんだ冷やかされるのは目に見えている。そのことは本人も承知のはず。だから、もし私達が考えるとしたら、入ったあとのフォローです。入会は森君が決断するしかありません」
まさしく正攻法、正論だわ。
「なら、早いとこ誘おうよ」
さっきまで難色を示してたのに、朱美ちゃん、急に積極的になった。
「時間がないでしょ。時は金なり。少しでも早く勧誘して、期限までに決断させないと」
そこで次に議論になったのが、森君に正式に声を掛けるのにふさわしいのは誰か。
「それはやっぱり、発足者が」
「でも私、名前のことで煙たがられてるけど」
「だったら、陽子ちゃん? よそのクラスより、同じクラスの方が」
「陽子ちゃんとサクラはセットで見られてる可能性あるから、どうなんだろ」
「それなら不知火さんでも」
「私は普段、極力喋らないので、話し掛けたら警戒される恐れが」
何だか押し付け合いみたいになってる! 別に嫌な役じゃないのに、いざ、一対一で男子を誘うとなったら、こんなにもためらいが生まれるなんて。
頭を抱えたくなったところへ、つちりんが急に言い出した。
「あ、そうだ。こういうのはどうかなぁ?」
* *
何だこれ。
最初、その封筒を下駄箱で見付けたとき、森宗平は心の中でそう呟いた。ラブレターかもという発想は全くない。
(『奇術サークル(仮)』……佐倉さんのやろうとしてるとこじゃん)
ぽり、とこめかみの辺りを指でひとかきして、周囲を警戒。誰もいない、よし今だと、封筒をランドセルに仕舞う。
それから教室とは違う方向、学校では
(「前略 森宗平様」)
書き出しに目を白黒させてしまった。笑うところなのかと思ったくらい。
(「風のうわさで、森君が奇術サークルへの入会を考えてくれていると聞きました。わたしたちはもちろん大歓迎です。入ってもらえたら、とても嬉しく、幸いに存じます」)
文章に硬いところと柔らかいところがあって、読んでいるこっちもむずむずしてくる。けど、森は真剣に目を通した。
(「あなたと一緒に色んな奇術・マジックができたら、さぞかし楽しい活動になると思います。クイズやパズルを出してもらってもいいし、それを活かしたマジックも考えられるかもしれません。男子の一人目として、ぜひ奇術サークルへ。
返事がいただけるのでしたら、五人の内の誰かに、早めにお知らせください。文書でのお返事でももちろんかまいません。ご検討のほど、よろしくおねがいします。
早々
奇術サークル(仮)一同
佐倉萌莉 木之元陽子 不知火遥 金田朱美 土屋善恵」)
読み終わった森はとりあえず、
(俺、金田さんと土屋さんがどこのクラスなのか、知らないんですけど)
と思った。
* *
「あのあと調べてみたところ、連名の場合は、トップの人が最後に来るように書くのがルールみたいでした」
「へー、ほんとに?」
「嘘ではありません。初めて知って私も驚きましたが、今ひとつぴんと来ません。ロジカルでありません」
「ロジカルって?」
「訳すと、論理的、ですね」
背後で陽子ちゃんと不知火さんが会話している。
私も途中まで参加してたんだけど、自分の靴入れの中に一枚の紙を見付けて、しばらく固まっちゃってた。
「――お、手紙? ラブレターじゃないとしたら、例の返事かな?」
陽子ちゃんは軽く受け止めたけど、私はもう文面が見えてしまってるので、ちょっとびっくりしてる。
「何て書いてありました?」
「それが……」
その紙――よく見たらノートのページを丸々破り取った物だわ――を、摘まみ持って二人に示す。そこには横方向に、こんな風に大きく走り書きされていた。
『返事聞きた
く
ばお
れのとこに来い※時間と場所は分かるよな? 遅刻は十分まで。 森宗平』
つづく