第261話 代理人の正体

文字数 2,049文字

「おっ、出た。早いな。おーい、伯父さん」
 実朝さんはまずは一人で通話を始めた。ディスプレイを見るのではなく、普通の電話だ。
「――うん、無事に着いたし、会えたんだけど、伯父さんが来なかったことで怪しまれているみたいなんだ。それでテレビ電話で話せたら信用するって話になって。どう? 大丈夫か」
 大丈夫かのフレーズが、ちょっと気に掛かった。そういえば、桂崎さんがこの場に来られなかった理由を聞いていない。もしかしてご病気? だとしたら、疑って悪いことしちゃったかも。
「OKだよ」
 実朝さんが言いながら、手にした携帯端末をこちらに向けてきた。画面いっぱいに映し出されているのは、ごま塩頭の男性だった。白くて大きなマスクをしているから、やはり体調が優れないのかもしれない。マスクの隙間から覗くしわの具合から言っても、結構なご高齢だと窺い知れた。
「はい、初めまして、私が桂崎篤仁です。お嬢さん方は佐倉秀明君の紹介してくれた、マジックサークルの方達ですか?」
 見た目に反して、かつ、マスク越しだというのに、張りのある声が届く。口ぶりは、幼稚園児か小学校低学年の子に話し掛ける感じだったけれども、まあ気にしないでおこう。
 私は肯定の返答をしてから、自分自身を含めた三人を簡単に紹介した。続けて、体調について尋ねようとしたら、先に質問された。
「佐倉さんは、秀明君の妹さん?」
「い、いえ、従姉妹です」
「あ、そう。そいつは失礼をした。前もって聞いていたんだけれども、雰囲気が似ているから、お兄さんと妹さんの関係かと思ってしまったよ」
「あ、ありがとうございます」
 何故だか分からないけど、お礼の言葉を口にしてしまった。まあ、シュウさんに似ていると言われて、嬉しいことは嬉しい。勝手に表情がほころぶのを意識しつつ、改めて尋ねる。
「あの、駅までお越しになれなかったのには、何かあったんですか」
 慣れない敬語を使おうとして、質問文全体がどことなくおかしくなっちゃった。それでも意味は伝わるだろうと思い、続けて「もしも体調が優れないとかでしたら、私達、今日は遠慮しますが」と早口で言った。
 すると、即座に「いやいやいや!」と相変わらず張りのある声で反応が返ってくる。
「心配してくれてありがとう。私は元気で、どこも具合は悪くないですよ」
「でも、マスク」
 私の隣から、朱美ちゃんが短く言った。
「ああ、これはね、別に病気だからしてるんじゃないんだ。家の掃除の最中でね。あなた達を招くのに、もう少しきれいにしたらどうかと、そこの甥っ子――実朝がうるさく言うものだから、急遽やり始めたのはいいが、意外と手間取ってしまって。私が掃除している間に、迎えには、代わりに実朝に行ってもらうことにしたんだ」
 なぁんだ。やっと、ほっとできた。
 と、今度は反対の隣から、森君が口を挟む。
「あのー、質問いいですか? 迎えに来るのは予定通り、おじさんが来て、家の掃除はここにいる若いおじさんがやってもよかったんじゃあ……。その方が、こんな風に余計な手間は掛からなかった気がするんだけど」
 今日の森君、やけに疑り深い。ほんの少し前までふざけていたときに比べて、態度が大違いだわ。その急変ぶりをおかしく感じる反面、なるほど今の質問には一理あるなとも思った。
「なるほど、いやあ、噂に聞いた通り、賢い子が揃っているみたいで、頼もしい限り」
 桂崎さんはマスクの上から左手で口を押さえながら、笑った。
「疑問はごもっともだけれども、実は私の(うち)には骨董品がいくつか飾ってあってね。甥っ子のみならず、掃除を他人に任せるというのは不安でならんのだよ。自分自身でやらないと安心できないから、代わりに行かせた。これで納得してくれるかな?」
「……はい、分かりました。色々と勘ぐって、すみません」
 ぺこりと頭を下げる森君。つられたわけではないけれども、私と朱美ちゃんもお辞儀した。
「よかった。では、お待ちしているから。掃除の仕上げもあることだし、安全運転で、なるべくゆっくりと。頼むぞ、実朝」
 最後の言葉を受けて、実朝さんは「はいはい」とくたびれた調子で返事した。そして通話を終え、携帯端末を仕舞い込むと、私達に聞いてくる。
「さて、信用してもらえたかな? なら、ぼちぼち出発と行こうか」

 ゆっくり走って三十分近く掛かるという。
 車内では会話に詰まりそうだと覚悟していたのだけれども、意外にも森君が場をつないでくれた。
「何で出迎え役を引き受けたの?」
「僕のことかい?」
「うん。何もなかったら、桂崎さんが直接来てたんだよね?」
 しかも随分と馴れ馴れしい言葉遣いだわ。幸い、実朝さんが気さくに受け答えしている様子から、悪い印象は持たれていないと思うけれど。
「そうだな。僕の場合、職業的興味関心が元々あったから、というのが大きい」
「職業的?」
「うん。勘違いされたら困るから先にはっきり言っておくけど、僕は漫画原作みたいな仕事をしていて、今は、あまり人気のない推理漫画を手伝っているんだ」

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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