第57話 対策会議

文字数 2,030文字

「次に……その文芸部から色々と注文がありました。これは昨日お伝えした通りです」
 文芸部に挨拶に行って、三つの注文を出されたことは、その場にいなかった奇術サークルの面々や相田先生にも昨日の内に知らせておいた。具体的な中身に関しては、詳しく話す余裕がなかったため、今日に持ち越したという次第。
「義務はないけれども、礼儀として応えようと思います。そしてやるからには全力で」
 私は右手に握りこぶしを作った。作ったものの、問題山積なので気は重い。
「期限は今週木曜の放課後。そのときまで最善の応答になるようにがんばろうっていうのが今日のテーマになります。注文の一つ目は、森君がパズルを一問作る。六年生でもちょっと考えるような、面白いやつ、小説に使えそうなやつっていう条件付き」
「条件という割に、ふわっとしてるんだね」
 つちりんが疑問を口にする。
「勝敗をつけるような話じゃないし、お手並み拝見のつもりなのかなあ。森君、どんな感じ?」
「一応、考え始めてはいる。でも細かいことまで考える前に、確かめておきたいことがあるんだ。確かめるっていうか、みんなの意見を聞きたいっていうか」
「何?」
「文芸部の六年生に出題するんだろ? ちょっとでも文芸と関係あるようなパズルにした方がいいのかって思って」
「そりゃあ、その方がいいかもしれないけれど、何かアイディアはあるの?」
「いや、これから考える」
「これからって、明後日の放課後までだよ?」
「心配すんな。他のことならともかく、パズルは俺の得意分野だぜ」
 自信満々に言われて、それもそうかと思い直す。
「時間を心配するんだったら、おまえが一番やばいだろ。次の二つ目もちゃっちゃっと済ませて、練習に取り掛かった方がいいんじゃないのか?」
「そこまで簡単ではないですよ」
 不知火さんが森君の方を振り向き、平板な口調で言った。どんな顔をしていたのかは見えなかったけれども、森君は一発で黙り込んだ。
「それじゃ、二番目の注文について説明しておくと、推理小説をテーマに川柳を十個考える。これが不知火さんに対してのお題」
「川柳って五七五のやつだっけ? あれで推理小説ってどういう意味?」
 朱美ちゃんが頭を抱えながら聞いてきた。ここは水原さんに解説を任せる。
「代表的な例としてよく言われるのが、『名探偵 みなをあつめて さてと言い』。誰が作ったのか分からないけれど、とにかく有名よ」
「探偵が関係者を集めて『さて』と言う……当たり前じゃない」
「そういうお決まりの型をワンパターンだって揶揄しているのよ」
「やゆ?」
 知らない単語が飛び出して、みんな困惑顔になった。知っているのは水原さんと不知火さんと、あと先生か。その相田先生が説明してくれた。
「揶揄は『からかう』って意味だが、そのままだとちょっとニュアンスが違うか。冗談とか皮肉を込めてのからかい、だな。ただ、先生の感覚だと、その『名探偵』云々の川柳は、揶揄というよりも推理小説に対する愛情を込めた上での、指摘みたいなもんだと思う」
「愛情?」
「アニメが好きとか漫画が好きとか、そういう気持ちと同じってことだ。うーん、何て言えばいいんだろう。……あるあるネタ、だな。推理小説についてのあるあるネタだと見なすのが一番近い」
 あるあるネタか。それなら愛情と言った意味も分かる気がする。マジックに関しても、作れるんじゃないかしら。
「それでは先生。習作を一つ披露しますから、愛情があるか否かも含めて、何らかの判断をしてください」
 不知火さんが宣言した。十も作らねばならないとなると、すでに一つ二つは出来ているのは当たり前って感じ。
「分かった。先生の鑑賞眼では頼りないだろうがな」
 自嘲しつつもその笑みはすぐに引っ込め、先生は真剣な目付きになった。
「それでは失礼をしてノートを……」
 不知火さんは国語の学習帳を取り出し、ぱらぱらと最初の方のページを広げた。わざわざこのためだけに新しいノートをおろしたみたい。
「これなんかどうでしょう――『容疑者を 追い掛けてみたら また崖に』」
 相田先生はくすっと吹き出した。
 私はすぐには理解できず、隣の水原さんを見た。刑事か探偵が容疑者を追い掛け、崖の下に来た……?
 他にもきょとんとしているのはつちりんぐらいで、あとのみんなは分かっている様子だ。悔しいのと焦るのとで、汗が出て来そう。
「解説が必要ですか?」
 不知火さんが言った。彼女は彼女で不安そう。
「情景は浮かぶんだけれど」
 つちりんがそこまで答えて、いきなり、あっ!と叫ぶ。
「崖って、海に面した崖?」
「そうです」
 そのやり取りを聞いて、私も自分の思い込みに気が付いた。見上げるような崖の下に来たんじゃなくて、海に面した断崖絶壁の上かあ。要するに、サスペンスドラマのラストでよくある、崖の上での犯人と刑事の会話ってことなのね。

 つづく

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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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