第29話 休憩中も油断せずに

文字数 2,722文字

 このあと十五人目まで終わって、半分が済んだところで、十五分の休憩に入った。
「どう? マジックショーの初ライブは」
 一度会場から出て、シュウさんが不知火さん達に聞く。エントランスホールは何だか香ばしい匂いが立ちこめている。外の広場で、別のイベントが始まったみたい。露店の食べ物の香りが流れてきてるんだわ。
「皆さん真剣というか、凝っているなって言うのが一番にあって。マジック道具もそうですけど、衣装にも。あとはやはりと言いますか、レベルの差が予想以上にあるように映りました」
 不知火さんの言葉を受けて、朱美ちゃんが「そうそう、衣装を見せに来たのかなって突っ込みたくなる人もいたね」と辛口だ。シュウさんが苦笑を浮かべて、
「さっき舞台に立った人が、近くを歩いてるかもしれないんだから、穏便にね」
 と注意を促す。するとさすがの朱美ちゃんも、ちょっとおろおろした感じになった。
「え、ほんと? てっきり、ずっと控室にいるんだとばかり」
「自分の演技が終わった人達は、後半からは観客席に移ると思うよ。やるのも観るのも好きな人ばかりだからね」
「うーん、気を付けなくちゃ。それにしてもこの匂い、たまらない」
 朱美ちゃん、よだれを拭う仕種をする。
「マジックショーが終わったあとも、やっているのかしら」
「そこに張ってあるポスターがそうだと思う」
 私が指差す方向には、こどもの日のイベントとして、ミニフェスティバルの開催が告知されていた。夜八時までとある。ちなみにスタートは昼二時半という中途半端な設定。十五分ほど前に始まったばかりなのね。
「よし。我慢できなくなったら、買い食いする。生きたお金の使い方よ」
 そんなことを宣言しなくても。私が苦笑する近くで、シュウさんは今度は森君に目を向けた。
「――宗平君は、感想は?」
 尋ねられた森君は、しばらく迷う素振りをしたあと言った。
「秀明さんは、さっき観たマジックの種、全部分かるの?」
 シュウさんは下の名前で呼ばれたことに、少しびっくりしたのか目を見開いた。だけどそれは瞬間的なことで、すぐにまた普段の表情に戻る。
「いや。分かるのもあれば分からないのもある。当然だよ。マジックショーはマジシャン同士のタネの見破り合戦じゃない。観客第一さ」
「ふうん。でも、種の分かったやつは、あとで教えてくれるんだろ」
「うーん。どうしようかな。段階を踏まなきゃいけないのもあるから、追々ね。宗平君はどうしても種が知りたいマジックがあるみたいだけど?」
「ある。いくつもある」
 何だか声に力が入っている。森君、ショーを観て機嫌は直ったみたい。
「特別に一つだけこの場で秘密を教えてあげるとしたら、どれ?」
「どれって言われても……あ、三人がやった輪っかをつないだり外したるするやつ、あれは有名でテレビなんかでもよく見掛けたけど、生で観ても全然分からなかったな」
「リンキングリングというマジックだね」
 森君は三人がやったと言ったけど、細かいことを言えば三人とも少しずつ違っていた。トップバッターの人がやったのがオーソドックスなタイプとすると、次の人は輪っかでは無くハンガーや指輪、ハサミの持ち手といった変わった物をつないだ。その次の人は、CDを使ったマジックを色々やる中で、つなぎとしてCDをつないだ。……その気がないのに洒落になるのってちょっぴり恥ずかしいよね。
「あのマジックは基本的に道具ありきで」
「そりゃそうだと思うよ、観てれば分かる。道具がどんな仕組みになってるのかってこと」
「見ればきっとがっかりするよ」
「手品の種ってそういうのが多いから気にしない」
「がっかり度はマジック界で1、2を争うかもしれないんだ」
「……本当に種、知ってるのかよ」
「知ってるよ。さっきやったばかりの人達もいることだし、あんまり大っぴらに言えないから、君にだけ教える」
 手招きならぬ指招きをするシュウさん。森君は素直に距離を詰め、耳を向けた。
 シュウさんが一言、何か言うと、森君は「えっ!? 嘘だあ」となった。信じられないって顔をしている。
 実を言うと私も何ヶ月か前に、シュウさんにリンキングリングの種を教えて欲しいとねだったことがあった。そのときもシュウさんは、森君に今言ったみたいな話をした。自分にはまだ早いんだろうなと感じて、そのまま聞くのを諦めたんだけど……今ならいいってことなのかしら。その割に渋っていたようにも見えたし。
「信じられん」
 まだ唸っている森君を見て、他のみんなも種を知りたがるのは当然の成り行き。シュウさんはでも、「そうだ。誰か輪ゴムを二本、持ってない?」と話を逸らすようなことを言い出した。
 私は心当たりはなかったけど、念のためにポケットを探ってみる。やっぱりなかった。
 と、不知火さんが持っていた。極普通の黄土色っぽい輪ゴムだ。何で?
「何かのお手伝いで、髪を束ねる必要が生じたとき、輪ゴムがあれば手っ取り早く応対できますから」
「はあ。できる人の台詞だね」
 朱美ちゃんの感嘆をよそに、不知火さんの手からシュウさんへと輪ゴムが渡る。
「じゃあ、宗平君。二本の輪ゴムを持って、調べてくれ。どこにも切れ目がないってことを」
「うん? そんなもん、見ただけで分かる。切れ目があったら、そんな風に輪っかにならないって」
 口ではそう言いつつも、手に取って輪ゴムを調べた。一本一秒で終わる。それから私達にも輪ゴムを渡して、調べろという仕種をした。
「切れてなんかないわ」
「間違いないね? では、輪ゴムを僕に」
 朱美ちゃんからシュウさんに輪ゴムが戻る。それから一本を左手の親指と人差し指に渡し掛ける。要は、親指と人差し指の間に輪ゴムの橋が架けられた感じ。もう一本は右手の人差し指の先に引っ掛けた。
 そうしておいて二本が交差するよう、右手の輪ゴムを、左手の輪ゴムの橋を跨ぐように通す。そして下に来た端っこを今度は右手親指に掛ける。言い換えると、二本の輪ゴムの端が、交差して互いに外れなくなっている状態。
「これ、普通なら絶対に外せないよね? 輪ゴムを指から離さない限り」
「そりゃそうだ」
 森君の反応に、私達他の三人も頷く。
 シュウさんは交差させた輪ゴムを何度か強く引っ張りながら、話を続けた。
「ところがこうして何度もトライしていると」
 さらに引っ張ったり緩めたりを繰り返していたかと思ったら、急にその動きを止めた。
「ようく見てて。ゴムの交差している箇所を、じっとね」
 四人で顔を近付け、シュウさんの手の動きを見守る。
 すると。
「あ!」

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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