第129話 疑いも異物も水に流せるのか

文字数 1,248文字

「どうあっても答えよと?」
 若干、苛立ちを含んだ声になる王女。メインは穏やかな表情をキープしつつも、語気を強めた。
「できることなら。捜査に必要な情報かもしれませんので。拒否権を発動なさるならばやむを得ませんが、あまりに拒否をお重ねになると、印象がよくなくなることもお心に留め置きください。父君も早期の解決をお望みのはず」
「……普通よ。彼はベッドの中央辺りに身体を横たえ、仰向けで眠るのが常でした」
 振り絞るような口ぶりで言った王女。苦い表情になっている。ところが次の瞬間、声こそしなかったが微笑んだようだった。
「ど、どうかしたの?」
 思わず宗平が尋ねる。
「いえ、思い出しただけです。仕事の間中はずっと、怖いくらいに引き締めた表情でいるのに、夜、眠ってしまうとだらしなく口を開けるのですよ。寝ている姿勢は、直立不動がそのまま横になったみたいなのにね。そういった落差が意外で、かわいらしいとさえ感じてしまった覚えがあります」
 幸せで楽しかったであろうその日々を懐かしむように、目線が斜め上を向く王女。宗平はちょっとだけ目頭が熱くなった。でもすぐに頭を振って、できかけた感情的なハードルを取り払う。そして思い切って言ってみた。
「今答えてくれたついでに、前に拒否していた件についても、話してくれてもいいんじゃないですか」
「……何のことだったかしら」
 目線の高さを普段の位置に戻した王女は、宗平の方を向いて小首をかしげる。お芝居ではなく、本当に覚えていないように、宗平の目には映った。王女なら日々の務めに忙殺されて、忘れてしまう事柄も多いのかもしれない。
「マギー王女、事件のあった日の夜十一時頃に、あなたは魔法をお使いになったという記録があるのでしたよね」
 メインが具体的に内容を交えて話し掛けたことで、マギー王女は思い出せたらしかった。
「そのことね……。やっぱり、あれは話したくない」
 王女はぷいと横を向くと、戸口の陰に姿を隠した。
「誰かの身体の中にある何か異物と、別の何かとを入れ替えたのなら、元々身体の中にあった物はどうしたんだろう? このくらいなら、答えてくれない?」
 宗平は声を大きくして聞いた。
「普通、体内にある異物と言ったら、胃の中の未消化の食べ物だろ。そんな物取り出したあと、いつまでも取っておけるわけがないよな。雨降りをいいことに、窓から外に捨てたとしたって、未消化の食べ物が全部きれいに流れるとは思えないから、誰かに気付かれるだろうし。トイレに流したのかな」
 そう言った途端、メインに妙な顔つきをされた。彼だけでなく、姿を隠していた王女も再びドアの前に立つほど、変なことを宗平は言ったらしい。
「トイレに流すとは? トイレに物を捨てても流れはしないんだが」
「え、あ、そ、そうだった」
 この世界、文明がどのくらい発達しているのか分からないでいるけれども、水洗式トイレもないのか! ちょっとしたカルチャーショックを受ける宗平であった。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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