第84話 駄洒落

文字数 1,309文字

「今さら言わなくたって知ってるじゃない」
「でもない。はっきり言葉で聞いたことなかったからね」
「……うーん、改まって問われたら悩んじゃうな。全部好きって言えばその通りだし。でもやっぱり一番はカードかな。日常にある道具で不思議なことを見せられる」
「なるほど。印象に残ってるのは?」
「聞かれる度に違う答になりそうなんだけど、まだ慣れてない頃に観た中では、サングラスを掛けた人の背がいきなり伸びるのと、上半身が下半身に掴まって歩くのがインパクトあった」
「うん、あれはいいね。シンプルな仕掛けで最大の効果を上げている。それじゃ好きなマジシャンは誰なんだい? 他の人は具体的な名前を書いてなかったけど、萌莉なら大勢知ってるから、選べるだろう」
 この問い掛けに、私はシュウさんをじっと見た。だけど気付いてくれないのか、黙ったままなので、こちらから口を開く。
「佐倉秀明っていうマジシャンがいいなと思ってる」
「身内の身びいきはよくないな」
「そんなんじゃないのに」
「いいから、プロの中から選んでみて」
「それじゃあ……髪の毛から生き物を出す人。長い名前だったよね。確か、アンドリュー・ゴールデンハーシュさん?」
「なるほど――って、僕のできるマジックと全然違うんだけど!」
 割と本気でびっくりさせてしまったみたい。私は大真面目に説明した。
「やることは違うけど、観ている人の心を掴むのが特に上手なマジシャンという意味で、共通点がある」
 これにシュウさんは力が抜けたみたいに、へにゃっとした笑みを作った。
「僕はまだまだだけど、萌莉がそう感じるんだとしたら、僕と萌莉が親戚だからじゃないかな」
「どういう意味?」
「僕は萌莉のこと、もっと小さな頃から見てるから、だいたい分かる。考える順序とか、何が好きで何が嫌いかとか。そういうことを知っているので、他の人よりも萌莉の心を掴みやすいんだよ、きっと」
「そうかなあ。じゃ、見ず知らずのゴールデンハーシュさんは、正真正銘、途轍もなく上手ってこと?」
「まず間違いない。ただ、他にも大勢、それこそ星の数ほど巧みなマジシャンがいる中で、アンドリュー・ゴールデンハーシュさんただ一人を選んだ点には、興味あるなあ」
「うーん、自覚なしに名前が浮かんだんだけれど」
 長くて欧米人でもあまり聞かないような名前なのに、案外、すっと出て来たし。
「――あ。もしかしたら、音が似ているからかも」
 まったくの思い付きだが、勢いに任せて言ってみた。
「何が似ているって?」
「だから、名前の読みの音。ゴールデンハーシュさんとシュウさん」
「おじさんじゃないんだから。駄洒落のつもりはなかったの。たまたまよ」
 言い訳してるみたいで、逆に恥ずかしくなって来ちゃったじゃないの。
「まあ、あの大マジシャンと一瞬でも並び称されたのは気分いいよ」
「何その全然気持ちが入ってない言い方」
「本気で言ったら、かえって失礼だろってこと。さあ、これで全員のだいたいの傾向が分かった」
「クラブ活動に来て何をするのか、方針を決めるのね」
 膝立ちから両手をついて、シュウさんににじり寄る。

 つづく

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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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