第221話 落ちていた大ヒント

文字数 2,022文字

 水原のその言い様は、あたかも本物の推理小説で犯人当てをやっているかのごとく聞こえる。
 相手のそんな反応に宗平はいよいよ手応えを感じた。教卓の下の見えないところで、右手をぐっと握って小さくガッツポーズをした。
 だがここで水原は思い直した様子で口を閉ざすと、話を新たな疑問へと切り替える。
「犯人が殺人じゃなく脅すために毒物を貼り付けたとして、どうして落下したの。犯人の気が変わったわけじゃないのでしょう?」
「もちろん。毒が剥がれ落ちたのは偶然。犯人にとっても、予期せぬアクシデントだった」
「貼り付け方が弱くて、たまたま落ちた? いくら何でも……」
「その可能性もあるかもしれないけれどさ。他にもある出来事が起きていただろ? 事件のあった晩には」
 宗平が水原にだけでなく、みんなに問い掛ける風に見渡すと、「何があったっけ?」「まーた勿体つけて」といった声が上がる。
 それらに混じって、不知火が「私の記憶では確か」と言いつつ、水原のノートを手早く繰る。そのノートには、夢の中の事件について、様々なことが書き込まれている。もちろん、事件当夜に起きた出来事も。
「――ありました。日付が変わる十分ほど前に、雷が落ちています」
「あ、言われてみれば」
 不知火の言葉で佐倉たち他の面々も思い出したようだ。水原はとうに気付いていた様子で、
「国旗掲揚塔の先端、だったね。しかも、被害者の部屋の何階か上に当たる屋上に、掲揚塔はあるんだった」
「そうそう。そこに雷が落ちて、物が欠けるくらいの威力があった。だったら、ファウストの部屋も結構揺れたんじゃないか。振動で、コインほどの大きさの毒が剥がれ落ちる程度に」
 しばらくしんとなった。
 無関係と思われていた夢の中の描写がつながっていく。ビーズの玉に糸を通していくように。
「確かに、辻褄が合ってきたわ」
 静けさを破ったのは、やはり水原だった。
「犯人は被害者に警告として脅すだけのつもりが、思いも寄らない落雷のおかげで、毒が落ちてしまった。計画的なものではないのだから、偶然起こってしまったんだと言われれば反論できない。でも問題はまだ残ってる。どうやって毒を天井にセットするの? 道具を使ったら目立つし、そもそも犯人は被害者が部屋にいないときには現場に侵入できないはず。事件が起きるよりもずっと前に貼り付けたら、気付かれる可能性が高いでしょうし、夜中まで保たずに落ちるかもしれない」
 至極尤もな疑問の展開は、さすがミステリ好きというべきところだろう。
「物を浮かして動かす魔法でも使ったのなら簡単かもしれないけれど、雷が落ちる以前にそんな魔法が使われた記録はされてなかったはずよ。ううん、それ以外の魔法だって使われてなかった。唯一、王女様のマギー・セイクリッドが体内の異物を他の物と入れ替える魔法を使ったものの、そんな魔法では毒薬は天井に張り付けられない。
 イルゲン・フィリポの壁を作る魔法や、ジュディ・カークランの水を操る魔法なら、工夫すれば天井まで手が届くかもしれない。でもそれぞれの魔法が使われたのは0時台だから、毒の貼り付けとは無関係と見なさざるを得ないわ」
「だよな」
 長い演説、お疲れ!と宗平は思った。同時に、待ってましたとばかりに大きな動作で首肯すると、佐倉のいる方を向いた。
「解決策は見付けてあるんだ。さあ、佐倉さん。出番だよ。例のあれをやってみせてくれ」
 他のみんなが「例のあれ?」と疑問符を脳裏に浮かべる中、佐倉は席を離れて、再び教壇に立った。
「こういうことだったのね」
 宗平の隣に来て、囁き口調で告げる。
「そういうこと。閃きの大元はおまえの例のマジックを見たからなんだぜ」
 佐倉は「分かったからちょっと退いてね」と微苦笑交じりに言った。宗平が場を譲ると、佐倉はマジシャンの顔つきになり、両手のひらを開いて皆の方に見せた。
「えっと。これから行うのはマジックの技術、テクニックの一つで、本来ならこんな風に剥き出しのまま演じるのは芸がありません。実はみんなには前に、この技術を使ったマジックらしいマジックを見せてるんだ。種明かしはしなかったけれどね」
 へーっと意外がる声が起きた。
「難しい技だし、こうして剥き出しで見せるのはもっと先にしようって考えていたんだけれども、森君たっての希望で、今お披露目するね。――ここに外国のコインが一枚あります」
 佐倉は用意しておいた銀色のコインを一枚取り出し、自分の手のひらに載せた。五百円硬貨よりも直径がほんの少し大きいように見える。
「種も仕掛けもありません。これをこうして……」
 右手の中央辺りにコインを置く。その上方、三十センチあまり離れたところで左手を、手の甲を上にして構える。
「よく見ていてね」
 その台詞を言い終わって約一秒、コインがふわっと浮き上がり、左の手の内に吸い込まれていく。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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