第89話 努力から広がる話の種
文字数 1,519文字
翌火曜から六月に入り、天気は雨。文字通り、梅雨の季節が来たって感じだ。ただ、天気予報の人によると、今日のはまだ梅雨の雨じゃなくって、ところによっては雷を伴う大荒れになるかもしれないって。
クラブ活動の日でもあるけれども当然シュウさんは間に合わず。代わりに何をするかというと、金曜日と同じ内容になってもつまらないだろうから、ちょっと目先を変えるつもりでいる。
何てことを思っていたら、森君が二時間目のあとの休み時間に聞いてきた。
「今日のクラブ、何するんだ?」
外で遊べないから、得意のクイズを仕掛けてくるのかと、こっちは身構えていたんだけど。まあ、マジックサークルのこと気にしてくれてるんだなって分かって、嬉しい。
「みんな集まって反復練習してももったいないかなと思って、今日は違うことやる予定よ」
「だから何をやるのかと」
秘密にしておきたかったんだけれど、こうも突っ込まれては仕方がない。
「科学マジックよ。理科の実験をもっと面白くした感じになればいいな」
「お、ありがたい」
「ありがたい?」
森君の変な反応を聞き咎めて、私はおうむ返しした。
「ああ。実を言うと昨日、深夜番組をずるずる見てしまって、今かなり眠い。昼からは確実に寝そうだから、困ってたんだ」
「クラブ活動は放課後だから、それまでの授業で寝ないようにね」
「努力はする」
そこまで言った森君は、急に上目遣いになって、何やら考える様子。
「どうかした?」
「今、不知火さんはいないか。トイレでも行ってるのかな」
「変な想像しないでよ」
「ち、ちげーよ。前に言ってたのを聞いたから、暇潰しに続きを聞きたいなと思っただけだ」
「分かるように言って」
「だから……さっき俺、『努力』って言ったろ。そこから思い出した。『努』みたいに女が入ってる漢字は多いのに、男が入っている漢字はあんまり見ないってな話を不知火さんがしてるのを、小耳に挟んだって言うか、細切れに聞いた」
言われてみればその通りだと思う。男が使われている漢字と言われても、ぱっと浮かんで来ない。じーっと考えて、やっと甥っ子とお舅が出て来たぐらい。
「女が使われているのは、お嫁さんとか姪っ子とか……あ、安いや怒るもそっか。桜もだわ」
「とにかく多いだろ。嫁や姪で思い出したけど、婆は女が入ってるのに、爺には男が入ってないとかも言っていた」
「ほんとだ。不思議っていうかバランスがおかしい」
「で、理由も知りたくなるけど、答を言ってくれないんだよな」
不満げに言った森君は一度、教室の前後の戸口を見やった。戻って来ないか、警戒?したのね。
「不知火さんはそうだね。元々答の分かっていないことについて自分の考えを言って、他の人の意見を知りたがってる感じ」
「そうなんだよな。だから、こっちが改めて質問したら、話が長くなりそうで」
「あは。いいじゃないの。今日はずっと雨みたいだから、長話には持って来いでしょ」
「うーん、でも今日の俺は凄く眠たいんだ。長い話を聞き続ける自信がない」
何とも間の悪いことだこと。
「私の思い付きでいいなら、聞く?」
「……一応」
「男って字は、二つの字が合わさって作られたって言うじゃない?」
「田んぼで力を出して働くのが男だって、あれか」
「うん。田プラス力で男。一方で女って字は、何かの組み合わせじゃなく、最初から女でしょ」
「くノ一は?」
「あれは逆じゃないの。女を分解しただけで、漢字の成り立ちとは無関係」
「それもそうか」
「組み合わせの漢字である男を、さらに他の漢字に入れるのって、ごちゃごちゃしがちだと思う。男に比べたら女は入れやすい」
つづく
クラブ活動の日でもあるけれども当然シュウさんは間に合わず。代わりに何をするかというと、金曜日と同じ内容になってもつまらないだろうから、ちょっと目先を変えるつもりでいる。
何てことを思っていたら、森君が二時間目のあとの休み時間に聞いてきた。
「今日のクラブ、何するんだ?」
外で遊べないから、得意のクイズを仕掛けてくるのかと、こっちは身構えていたんだけど。まあ、マジックサークルのこと気にしてくれてるんだなって分かって、嬉しい。
「みんな集まって反復練習してももったいないかなと思って、今日は違うことやる予定よ」
「だから何をやるのかと」
秘密にしておきたかったんだけれど、こうも突っ込まれては仕方がない。
「科学マジックよ。理科の実験をもっと面白くした感じになればいいな」
「お、ありがたい」
「ありがたい?」
森君の変な反応を聞き咎めて、私はおうむ返しした。
「ああ。実を言うと昨日、深夜番組をずるずる見てしまって、今かなり眠い。昼からは確実に寝そうだから、困ってたんだ」
「クラブ活動は放課後だから、それまでの授業で寝ないようにね」
「努力はする」
そこまで言った森君は、急に上目遣いになって、何やら考える様子。
「どうかした?」
「今、不知火さんはいないか。トイレでも行ってるのかな」
「変な想像しないでよ」
「ち、ちげーよ。前に言ってたのを聞いたから、暇潰しに続きを聞きたいなと思っただけだ」
「分かるように言って」
「だから……さっき俺、『努力』って言ったろ。そこから思い出した。『努』みたいに女が入ってる漢字は多いのに、男が入っている漢字はあんまり見ないってな話を不知火さんがしてるのを、小耳に挟んだって言うか、細切れに聞いた」
言われてみればその通りだと思う。男が使われている漢字と言われても、ぱっと浮かんで来ない。じーっと考えて、やっと甥っ子とお舅が出て来たぐらい。
「女が使われているのは、お嫁さんとか姪っ子とか……あ、安いや怒るもそっか。桜もだわ」
「とにかく多いだろ。嫁や姪で思い出したけど、婆は女が入ってるのに、爺には男が入ってないとかも言っていた」
「ほんとだ。不思議っていうかバランスがおかしい」
「で、理由も知りたくなるけど、答を言ってくれないんだよな」
不満げに言った森君は一度、教室の前後の戸口を見やった。戻って来ないか、警戒?したのね。
「不知火さんはそうだね。元々答の分かっていないことについて自分の考えを言って、他の人の意見を知りたがってる感じ」
「そうなんだよな。だから、こっちが改めて質問したら、話が長くなりそうで」
「あは。いいじゃないの。今日はずっと雨みたいだから、長話には持って来いでしょ」
「うーん、でも今日の俺は凄く眠たいんだ。長い話を聞き続ける自信がない」
何とも間の悪いことだこと。
「私の思い付きでいいなら、聞く?」
「……一応」
「男って字は、二つの字が合わさって作られたって言うじゃない?」
「田んぼで力を出して働くのが男だって、あれか」
「うん。田プラス力で男。一方で女って字は、何かの組み合わせじゃなく、最初から女でしょ」
「くノ一は?」
「あれは逆じゃないの。女を分解しただけで、漢字の成り立ちとは無関係」
「それもそうか」
「組み合わせの漢字である男を、さらに他の漢字に入れるのって、ごちゃごちゃしがちだと思う。男に比べたら女は入れやすい」
つづく