第45話 ABCによる採点
文字数 2,039文字
* *
「三日三晩考えた、というと大げさになるけどな」
月曜日の昼休み、給食を食べ終わるや、待ち構えていたかのように森君が机のところまでやって来た。
「これでできるんじゃないかってのが、見付かった。今、聞いてくれるか?」
「ほ? 今? 明日の活動日まで待つつもりだったんだけどな」
「俺以外の部員はみんな、種を教えてもらって知ってるんだろう? 俺一人が知らない場で、今さら答を発表するのなんて、物凄く恥ずかしくて嫌だ」
「うーん、気持ちは理解できる。分かったわ。でもここで喋られたら、他の人にまで種を知られちゃうかもしれないから、どこかよそで」
私が席を立つと、森君も着いてきた。いや、あの、まだ先に食器なんかを返さなくちゃいけないんだけど。
そのことを言うと、森君、頬の辺りを少し赤らめて、「は早く言えよ、ばーか」と来た。もう、勝手に勘違いしたくせに。だんだん慣れてきたから、最近ではもう表立っては気にせずに許してるけれども、ちょっと前まではこんな些細な一言で喧嘩になってた。いつか、直してほしいとはっきり言ってやろう。
廊下に出て、今の時刻、日陰になっている北側奥の階段へ向かう。他と比べれば、行き来する人の数が少ない。
とは言え、完全に日陰だと、今日はまだ涼しすぎる。踊り場で立ち止まった。ここなら窓からお昼の太陽が射し込む。
「ええっと、説明するのにカードいる?」
問い掛けながらスカートのポケットをまさぐった。奇術サークルが認められたおかげで、トランプを学校に持ち込み、あるいは持ち歩いてもまま、大丈夫になったのだ。トランプ遊びをするのはもちろんだめだけどね。
「いや、いらない。なくてもできる、多分」
「じゃあ、早速聞かせて」
ポケットから手を出し、そのままお辞儀する直前みたいに身体の前で両手を重ねた。
「そんな風に改まられると、緊張が」
「今さら。ほら、早くしてくれなきゃ、五時間目が始まっちゃうよ」
ぱんと手を一つ打って促すことで、森君は喋り始めた。
「要するに、当てるべきカードの上に、目印になる別のカードを置いた、だろ?」
「うん。半分正解。どうやって置いたのでしょーか?」
勝手に顔がほころんで、にまにましちゃう。ちゃんと考えてきてくれたと分かったからだ。
「気持ち悪ぃなー、笑うなよ」
「これは誉めてるんだよ。あたたかい眼差しだと思って」
「ったく。……ケースだと思う。当てるカードが山の一番上に来た状態のとき、ケースを乗せただろ、おまえ」
「うん、よく覚えてるね」
「夢の中で必死で思い出したからな」
「夢?」
「ああいやこっちのこと。で、あのトランプケースの下の面には、一枚、カードが貼り付けてあった。簡単に剥がれる両面テープみたいな物を使ったと思う。山の上にケースを置いて、うまくそのカードを剥がれさせて、新しく山の一番上になるようにしたんだ。マジシャンのおまえは当然、そのカードが何か分かっている。当てるカードはその覚えたカードの次にあるやつだ」
「凄い、三分の二の正解」
「え、まだだめか。ってか何だよその中途半端さ」
「カードの山を幾度かカットしたはずよ」
「あ、それか。最初は分からなかった。カードを切ったら、順番がぐちゃぐちゃになってしまって、記憶したカードと当てるべきカードが離ればなれになる可能性あるもんな。だけど、冷静になってみるとあのときはよくやるシャッフルじゃなくて、カードの山を中程で二つに分けて、上下を入れ替える。これを繰り返していただけだった。このやり方なら、カードの順番は変わらないんだ。気付いたときは結構驚いたぜ」
「ご名答よ。百パーセントの正解です。運が悪かったら、カードの順番は当てるカードが一番上に来て、記憶したカードが一番下に来ることもあるけれども、そんなときは一番上が当てるカードだから問題なし」
正解に辿り着かれたことは、嬉しいけれども、やっぱりちょっぴり悔しい。だから補足説明を早口で言った。
「と、とにかく当たりなんだな?」
私がうなずくと、森君はひゃっほー!と叫んで、ガッツポーズを作った。
「やった。解いてやったぜ。たくさんヒントもらったおかげもあるけど」
「ヒント、そんなにたくさん言ったっけ?」
「あー、いや、こっちの話だ」
森君はもごもごとばればれのごまかし方をする。気になったけれども、何だかかわいらしく見えてしまったので、追及はしないでおこうっと。
「それじゃ、教室の戻りましょ」
「ああ。――あっ、そうだ。戻りながらでいいから、聞いてもいいか」
「うん。なに、改まっちゃって」
少し先を歩いていた私の隣に追い付くと、森君はいきなり、
「サクラは好きか嫌いか、どっちなんだ? 教えてくれ」
と聞いてきた。
?? 何のことよ?
――まっ、まさか、『佐倉は俺のことを好きか嫌いか、教えてくれ』?
つづく
「三日三晩考えた、というと大げさになるけどな」
月曜日の昼休み、給食を食べ終わるや、待ち構えていたかのように森君が机のところまでやって来た。
「これでできるんじゃないかってのが、見付かった。今、聞いてくれるか?」
「ほ? 今? 明日の活動日まで待つつもりだったんだけどな」
「俺以外の部員はみんな、種を教えてもらって知ってるんだろう? 俺一人が知らない場で、今さら答を発表するのなんて、物凄く恥ずかしくて嫌だ」
「うーん、気持ちは理解できる。分かったわ。でもここで喋られたら、他の人にまで種を知られちゃうかもしれないから、どこかよそで」
私が席を立つと、森君も着いてきた。いや、あの、まだ先に食器なんかを返さなくちゃいけないんだけど。
そのことを言うと、森君、頬の辺りを少し赤らめて、「は早く言えよ、ばーか」と来た。もう、勝手に勘違いしたくせに。だんだん慣れてきたから、最近ではもう表立っては気にせずに許してるけれども、ちょっと前まではこんな些細な一言で喧嘩になってた。いつか、直してほしいとはっきり言ってやろう。
廊下に出て、今の時刻、日陰になっている北側奥の階段へ向かう。他と比べれば、行き来する人の数が少ない。
とは言え、完全に日陰だと、今日はまだ涼しすぎる。踊り場で立ち止まった。ここなら窓からお昼の太陽が射し込む。
「ええっと、説明するのにカードいる?」
問い掛けながらスカートのポケットをまさぐった。奇術サークルが認められたおかげで、トランプを学校に持ち込み、あるいは持ち歩いてもまま、大丈夫になったのだ。トランプ遊びをするのはもちろんだめだけどね。
「いや、いらない。なくてもできる、多分」
「じゃあ、早速聞かせて」
ポケットから手を出し、そのままお辞儀する直前みたいに身体の前で両手を重ねた。
「そんな風に改まられると、緊張が」
「今さら。ほら、早くしてくれなきゃ、五時間目が始まっちゃうよ」
ぱんと手を一つ打って促すことで、森君は喋り始めた。
「要するに、当てるべきカードの上に、目印になる別のカードを置いた、だろ?」
「うん。半分正解。どうやって置いたのでしょーか?」
勝手に顔がほころんで、にまにましちゃう。ちゃんと考えてきてくれたと分かったからだ。
「気持ち悪ぃなー、笑うなよ」
「これは誉めてるんだよ。あたたかい眼差しだと思って」
「ったく。……ケースだと思う。当てるカードが山の一番上に来た状態のとき、ケースを乗せただろ、おまえ」
「うん、よく覚えてるね」
「夢の中で必死で思い出したからな」
「夢?」
「ああいやこっちのこと。で、あのトランプケースの下の面には、一枚、カードが貼り付けてあった。簡単に剥がれる両面テープみたいな物を使ったと思う。山の上にケースを置いて、うまくそのカードを剥がれさせて、新しく山の一番上になるようにしたんだ。マジシャンのおまえは当然、そのカードが何か分かっている。当てるカードはその覚えたカードの次にあるやつだ」
「凄い、三分の二の正解」
「え、まだだめか。ってか何だよその中途半端さ」
「カードの山を幾度かカットしたはずよ」
「あ、それか。最初は分からなかった。カードを切ったら、順番がぐちゃぐちゃになってしまって、記憶したカードと当てるべきカードが離ればなれになる可能性あるもんな。だけど、冷静になってみるとあのときはよくやるシャッフルじゃなくて、カードの山を中程で二つに分けて、上下を入れ替える。これを繰り返していただけだった。このやり方なら、カードの順番は変わらないんだ。気付いたときは結構驚いたぜ」
「ご名答よ。百パーセントの正解です。運が悪かったら、カードの順番は当てるカードが一番上に来て、記憶したカードが一番下に来ることもあるけれども、そんなときは一番上が当てるカードだから問題なし」
正解に辿り着かれたことは、嬉しいけれども、やっぱりちょっぴり悔しい。だから補足説明を早口で言った。
「と、とにかく当たりなんだな?」
私がうなずくと、森君はひゃっほー!と叫んで、ガッツポーズを作った。
「やった。解いてやったぜ。たくさんヒントもらったおかげもあるけど」
「ヒント、そんなにたくさん言ったっけ?」
「あー、いや、こっちの話だ」
森君はもごもごとばればれのごまかし方をする。気になったけれども、何だかかわいらしく見えてしまったので、追及はしないでおこうっと。
「それじゃ、教室の戻りましょ」
「ああ。――あっ、そうだ。戻りながらでいいから、聞いてもいいか」
「うん。なに、改まっちゃって」
少し先を歩いていた私の隣に追い付くと、森君はいきなり、
「サクラは好きか嫌いか、どっちなんだ? 教えてくれ」
と聞いてきた。
?? 何のことよ?
――まっ、まさか、『佐倉は俺のことを好きか嫌いか、教えてくれ』?
つづく