第162話 限りなく透明に近いマジック
文字数 1,986文字
少しでも分かり易いよう、ごく簡単に図示すると、
AB
CD
[私]
ab
cd
[私]
升の位置、つまり場所そのものを表すのが大文字のアルファベット。この最初の時点でAの位置にあるカードをa、Bの位置にあるカードをbという風に、カードは初期段階で置かれていた升に対応するアルファベットの小文字で表すことにするわ。そして各カードの下にはコインが隠れている。
先ほど言った右手前のカードっていうのは、この図に当てはめれば、Dの位置にあるカードdってこと。
私はカードaとカードdを同時に持ち上げ、それぞれの下にコインが一枚ずつあることを見せると、また被せる。おまじないのような手つきでカードaの表面を撫で、Dの方向へ斜めにさっと左手を振る。その動きに合わせて、右手でカードdをめくると、一枚だったはずのコインが二枚に増えている。間髪入れず、aを再び持ち上げ、そこにコインが残っていないことを示す。
「ん?」
相田先生が反応した。私がマジックを開始したあとからは、ちゃんと見ていてくれたみたい。
「今、飛ばしたのか? その、右手のカードの下から左手のカードの下に。年のせいか、コインが滑るところ、全然見えなかったが」
「そう見えました? 見えたんだったら、私にとって大成功です」
嬉しくて思わず、お辞儀しちゃった。おっといけない、流れを止めないようにしないと。
DにあったカードdをAの位置に置いて、次に右手はBのカードbへと伸ばす。平行して、位置Dのコインは左手に持ったままのカードaで隠した。そしてカードbとカードaを持ち上げて、コインが前者の下には一枚、後者の下には二枚あることを示す。ここで一回目とは少し変えて、それぞれのカードを元通りに置いたら、すぐにまた持ち上げる。するとカードbの下にあったはずのコインは見当たらなくなる一方で、カードaをめくると、そこのコインは二枚から三枚になっている。
「おおっ」
みんながいい反応をしてくれているけれども、ここは一気に終わりまで突っ走らないと。スピード感がこのマジックの見せ所の一つだと思うから。
位置Dに、今度は右手に持ったカードbを置き、左手のカードaは空いている位置Bへ置く。
da
cb
[私]
この時点での各々のカードのありかは、最初と比べると、こんな風に変化してる。
そうして最後も手順をまた少し変えて、カードcとカードbの上で、両手を再びおまじないを掛けるかのように、怪しげに動かし、おもむろにそれぞれのカードをめくる。
すると、Cの位置には何もなく、Dの位置に四枚のコインが集まっている。
「はい、これでおしまい。コインはこの通り、硬い本物よ。トランプもふにゃふにゃに曲がる紙」
私は、コインの一枚を掴んで机の表面をこんこんと叩いた。みんなもどうぞと、四枚のコインとカードを手に取って確かめてもらう。
この演目、種を知っている人には言わずもがなだけど、一種の順送りのテクニックを使ってる。私が読んだ本では順送りを説明するのに、有名とされるパズルの問題を一緒に載せていたっけ。九つしかない個室に、十人のお客を泊めるにはどうすればいいかっていうパズルなんだけど、そっちの方は正直ピンと来なかった。ただ、そのことが頭にあったから、森君ならこのマジックを見破れるんじゃないかと心配ではあるのよね。だからやり終えた直後、まずは森君の反応を伺った。
「どう?」
「どうって。すげーよ。普通に消えて、現れたみたいに見えた。コインを飛ばしていたらコイン同士がぶつかって音がすることがあると思うんだが、全然そんなことなかったよな。何か違うやり方があるんだろうな」
森君は素直に驚いてくれたみたい。ただし、種は分からなくても、よく観察しているのが感じられるコメントだった。それだけ真剣に見てくれて嬉しいし、同じマジックをまたやるときが来たら、もっともっと注意深くやらなくちゃね。
そうそう、忘れない内に言っておくことがあったんだった。不知火さんと水原さんの二人に話し掛ける。
「私はできないんだけど、今のマジックの透明バージョンがあるのよ」
前に、物が透明になったり消えてしまうマジックをリクエストされたことを、このマジックの練習中に思い出していたのだ。
「ええ? 透明バージョンて、何が透明に?」
水原さんが理解が及ばないという風に、頭を水平方向にふるふると振った。それでも想像を言ってくれた。
「コインを透明にしても意味がないし、トランプが透明だとその下に何があるのかまる見えだし……」
「実はトランプが透明なの」
「うそ?」
信じられないとばかりにまた頭を振る水原さん。
「どんな現象になるの、そんな透明で」
つづく
AB
CD
[私]
ab
cd
[私]
升の位置、つまり場所そのものを表すのが大文字のアルファベット。この最初の時点でAの位置にあるカードをa、Bの位置にあるカードをbという風に、カードは初期段階で置かれていた升に対応するアルファベットの小文字で表すことにするわ。そして各カードの下にはコインが隠れている。
先ほど言った右手前のカードっていうのは、この図に当てはめれば、Dの位置にあるカードdってこと。
私はカードaとカードdを同時に持ち上げ、それぞれの下にコインが一枚ずつあることを見せると、また被せる。おまじないのような手つきでカードaの表面を撫で、Dの方向へ斜めにさっと左手を振る。その動きに合わせて、右手でカードdをめくると、一枚だったはずのコインが二枚に増えている。間髪入れず、aを再び持ち上げ、そこにコインが残っていないことを示す。
「ん?」
相田先生が反応した。私がマジックを開始したあとからは、ちゃんと見ていてくれたみたい。
「今、飛ばしたのか? その、右手のカードの下から左手のカードの下に。年のせいか、コインが滑るところ、全然見えなかったが」
「そう見えました? 見えたんだったら、私にとって大成功です」
嬉しくて思わず、お辞儀しちゃった。おっといけない、流れを止めないようにしないと。
DにあったカードdをAの位置に置いて、次に右手はBのカードbへと伸ばす。平行して、位置Dのコインは左手に持ったままのカードaで隠した。そしてカードbとカードaを持ち上げて、コインが前者の下には一枚、後者の下には二枚あることを示す。ここで一回目とは少し変えて、それぞれのカードを元通りに置いたら、すぐにまた持ち上げる。するとカードbの下にあったはずのコインは見当たらなくなる一方で、カードaをめくると、そこのコインは二枚から三枚になっている。
「おおっ」
みんながいい反応をしてくれているけれども、ここは一気に終わりまで突っ走らないと。スピード感がこのマジックの見せ所の一つだと思うから。
位置Dに、今度は右手に持ったカードbを置き、左手のカードaは空いている位置Bへ置く。
da
cb
[私]
この時点での各々のカードのありかは、最初と比べると、こんな風に変化してる。
そうして最後も手順をまた少し変えて、カードcとカードbの上で、両手を再びおまじないを掛けるかのように、怪しげに動かし、おもむろにそれぞれのカードをめくる。
すると、Cの位置には何もなく、Dの位置に四枚のコインが集まっている。
「はい、これでおしまい。コインはこの通り、硬い本物よ。トランプもふにゃふにゃに曲がる紙」
私は、コインの一枚を掴んで机の表面をこんこんと叩いた。みんなもどうぞと、四枚のコインとカードを手に取って確かめてもらう。
この演目、種を知っている人には言わずもがなだけど、一種の順送りのテクニックを使ってる。私が読んだ本では順送りを説明するのに、有名とされるパズルの問題を一緒に載せていたっけ。九つしかない個室に、十人のお客を泊めるにはどうすればいいかっていうパズルなんだけど、そっちの方は正直ピンと来なかった。ただ、そのことが頭にあったから、森君ならこのマジックを見破れるんじゃないかと心配ではあるのよね。だからやり終えた直後、まずは森君の反応を伺った。
「どう?」
「どうって。すげーよ。普通に消えて、現れたみたいに見えた。コインを飛ばしていたらコイン同士がぶつかって音がすることがあると思うんだが、全然そんなことなかったよな。何か違うやり方があるんだろうな」
森君は素直に驚いてくれたみたい。ただし、種は分からなくても、よく観察しているのが感じられるコメントだった。それだけ真剣に見てくれて嬉しいし、同じマジックをまたやるときが来たら、もっともっと注意深くやらなくちゃね。
そうそう、忘れない内に言っておくことがあったんだった。不知火さんと水原さんの二人に話し掛ける。
「私はできないんだけど、今のマジックの透明バージョンがあるのよ」
前に、物が透明になったり消えてしまうマジックをリクエストされたことを、このマジックの練習中に思い出していたのだ。
「ええ? 透明バージョンて、何が透明に?」
水原さんが理解が及ばないという風に、頭を水平方向にふるふると振った。それでも想像を言ってくれた。
「コインを透明にしても意味がないし、トランプが透明だとその下に何があるのかまる見えだし……」
「実はトランプが透明なの」
「うそ?」
信じられないとばかりにまた頭を振る水原さん。
「どんな現象になるの、そんな透明で」
つづく