第116話 動機調べ
文字数 1,355文字
「仕える探偵師の推理が外れて嬉しがるのもなんだけど、ありがとう」
マルタは率直な調子で言って、「飲み物を冷たくしたいのなら、氷をサービスするわよ」と付け加えてきた。なかなかお茶目だが、今は事件の真相究明に集中せねば。宗平はにやつきそうになったところを咳払いでごまかした。
「誰が犯人にしたって、殺すには理由があるはず。三人の容疑者には、ナイト・ファウスト侍従長を亡き者にする理由があるのかな?」
動機についてまだはっきりとは聞いていないことを思い起こし、宗平は率直に尋ねた。
「そうだ、それがあった。犯人を突き止める本質的な手がかりではないと踏んでいるので、後回しになっていたが、簡単に述べていくとしよう」
メインは特にメモのような物を見ることなしに、すらすらとしゃべり始める。
「馭者のフィリポは侍従長から金を度々借りていた。さっき見せたリストでちらと触れていたように、彼はギャンブルに目がないタイプで、稼いだ金をついつい、賭け事に注ぎ込んでしまう。時折、制御できなくなって、生活に必要な分まで使うことがあり、そういう場合は侍従長から借りていたようだ」
「よく知らないんだけど、相手が死んだら、借りた金は返さなくてすむの? もしそうなら、最初から殺すつもりで借りる連中が出てくるんじゃないかなーと思ったんだけどさ」
「基本的には、借金がチャラになることはないね。ナイト・ファウストとフィリポの貸し借りは個人的なものではあるが、ちゃんと借用書が残されており、また、周りの人間もフィリポが侍従長からよく借りていることを知っている。フィリポは侍従長の遺族に金を返す義務がある」
「それならフィリポは殺す動機がないって言っていいんじゃないの?」
「ところがそう簡単にはいかない。侍従長はフィリポに金を貸したと言っても、特にきつい催促はしてこなかった。利子も取っていなかった。ところがひと月ほど前に方針を変えたらしく、きちんと返済日を守るか、さもなければ利子を課すと警告を発したそうだよ。これに動転したフィリポが、催促される前に先手を打ったのかもしれない」
「うーん? まだよく分かんないな。催促される前に殺しても、お金を返さなきゃいけないのは同じなんだから意味がない」
「侍従長は実は拷問の名手でもあったんだ」
唐突に「拷問」という単語が出てきて、宗平は思わず息を飲んだ。
「噂になるほど過酷でね。城内で盗みなどの比較的軽微な犯罪があると、たいていは彼が乗り出して容疑者を特定、あっという間に吐かせていたらしい」
「借金の取り立てにまで拷問を使われると思い込んで、恐ろしくて殺す……」
信じられないなと感じる一方で、今いるこの世界では当たり前の感覚なのかもしれないとも考えた。日常的に拷問が行われているんだとしたら、より身近な恐怖として迫ってくるに違いない。
「こう言ったあとでは信じがたいかもしれないが、ナイト・ファウストといえば音に聞こえた温和な人物だ。そんな質だからこそ気前よくお金を貸していたんだろうし、借金の取り立てに本当に拷問するとは考えにくい。ただ、フィリポの立場からすれば、今まで簡単に貸してくれて甘かった侍従長が、急に厳しい条件を付けてきたんだ。怖くなっても不思議じゃない」
つづく
マルタは率直な調子で言って、「飲み物を冷たくしたいのなら、氷をサービスするわよ」と付け加えてきた。なかなかお茶目だが、今は事件の真相究明に集中せねば。宗平はにやつきそうになったところを咳払いでごまかした。
「誰が犯人にしたって、殺すには理由があるはず。三人の容疑者には、ナイト・ファウスト侍従長を亡き者にする理由があるのかな?」
動機についてまだはっきりとは聞いていないことを思い起こし、宗平は率直に尋ねた。
「そうだ、それがあった。犯人を突き止める本質的な手がかりではないと踏んでいるので、後回しになっていたが、簡単に述べていくとしよう」
メインは特にメモのような物を見ることなしに、すらすらとしゃべり始める。
「馭者のフィリポは侍従長から金を度々借りていた。さっき見せたリストでちらと触れていたように、彼はギャンブルに目がないタイプで、稼いだ金をついつい、賭け事に注ぎ込んでしまう。時折、制御できなくなって、生活に必要な分まで使うことがあり、そういう場合は侍従長から借りていたようだ」
「よく知らないんだけど、相手が死んだら、借りた金は返さなくてすむの? もしそうなら、最初から殺すつもりで借りる連中が出てくるんじゃないかなーと思ったんだけどさ」
「基本的には、借金がチャラになることはないね。ナイト・ファウストとフィリポの貸し借りは個人的なものではあるが、ちゃんと借用書が残されており、また、周りの人間もフィリポが侍従長からよく借りていることを知っている。フィリポは侍従長の遺族に金を返す義務がある」
「それならフィリポは殺す動機がないって言っていいんじゃないの?」
「ところがそう簡単にはいかない。侍従長はフィリポに金を貸したと言っても、特にきつい催促はしてこなかった。利子も取っていなかった。ところがひと月ほど前に方針を変えたらしく、きちんと返済日を守るか、さもなければ利子を課すと警告を発したそうだよ。これに動転したフィリポが、催促される前に先手を打ったのかもしれない」
「うーん? まだよく分かんないな。催促される前に殺しても、お金を返さなきゃいけないのは同じなんだから意味がない」
「侍従長は実は拷問の名手でもあったんだ」
唐突に「拷問」という単語が出てきて、宗平は思わず息を飲んだ。
「噂になるほど過酷でね。城内で盗みなどの比較的軽微な犯罪があると、たいていは彼が乗り出して容疑者を特定、あっという間に吐かせていたらしい」
「借金の取り立てにまで拷問を使われると思い込んで、恐ろしくて殺す……」
信じられないなと感じる一方で、今いるこの世界では当たり前の感覚なのかもしれないとも考えた。日常的に拷問が行われているんだとしたら、より身近な恐怖として迫ってくるに違いない。
「こう言ったあとでは信じがたいかもしれないが、ナイト・ファウストといえば音に聞こえた温和な人物だ。そんな質だからこそ気前よくお金を貸していたんだろうし、借金の取り立てに本当に拷問するとは考えにくい。ただ、フィリポの立場からすれば、今まで簡単に貸してくれて甘かった侍従長が、急に厳しい条件を付けてきたんだ。怖くなっても不思議じゃない」
つづく