第154話 仮定を立てる過程
文字数 1,751文字
「う、うん。別に問題なし。森君が、自分で見た夢の割に色々と苦労してるんだなって感じただけだから」
つちりんは私の口調に押されたみたいに、気持ちのけぞり加減になりながら、それでもうなずいてくれた。
さあ、推理に集中よ!って気合いを入れたところへ、不知火さんがぼそりと言うのが聞こえた。
「あとで占ってみても面白いかもしれませんね、二人の仲を」
「不知火さん!」
「はい、もう自重します。安心して進めてください」
ついさっきまで、明らかに面白がっていたのに、しれっとしてすまし顔になる不知火さん。思うんだけど、私達サークルの会員みんなでカードゲームをしたら、一番強いのは不知火さんかもしれない。たとえ私がマジックの技術を使ってゲームでいかさまをしたって、二度同じことをやれば見破られそうな予感がするよ。
ただし、もしもお金を賭けてやれば、最終的には朱美ちゃんが勝ちそうな気もする。
それはさておき、仕切り直しだ。えーっと、どんなことをどこまで話していたんだっけ? あ、私が司会進行してたんじゃないから、気にしなくていいんだったわ。てことで、水原さんに注目。
「犯行が魔法を使ってなされたと仮定して、マギー王女はとりあえず、容疑者の枠から外れたことにする。ここまではいいわね。
続いてイルゲン・フィリポ。悪い夢を見たせいで、誤って壁を作ったということだけど」
「森君の夢の中で夢の話って、まるでマトリョーシカ人形だねえ」
陽子ちゃんがまた妙な感想を言う。私のじと目に気が付いた陽子ちゃんは、首を横にぶるるっと振って、「話の腰を折ってごめん。どうぞ続けて」と水原さんに言った。
「何者かに襲われた夢を見て、壁を作ったのであれば、それなりに巨大な壁だったはずじゃないかしら。どのような部屋にフィリポが寝泊まりしているのかは分かりませんが、魔法で壁を出して、部屋自体や中にある物が全く壊れないなどということがあるんでしょうか」
不知火さんの方は、なかなか建設的な意見を出してくれた、ように思う。
ただ、馭者の部屋についてなんて、場面にも話にも出て来なかったよね。まあ、小屋の方は薬品が置いてあるからっていうことで、出て来たけれども。
同じ感想を朱美ちゃんも抱いたらしく、「判断のしようがないんじゃあないの。フィリポの部屋の話は確かなかったよ。森君に聞く?」と首を捻る。
「それでは手間が掛かるので、新たな仮定を導入してみます」
水原さん、楽しそうだ。推理することそのものを楽しんでいるのが、炭酸飲料のはじける泡みたいにしゅわしゅわ伝わってくる感じ。
「それは、“森君が目が覚めた段階で、事件のだいたいの謎は想像できる”という仮定よ。これには根拠はなくて、単にゲームのルールを決めようってことなんだけど」
「手掛かりは全て揃っている、って考えるの?」
つちりんが聞いた。私だったら分かったような気になってつい飛ばしてしまいそうな、基本的なことでも、つちりんは臆せずに聞いてくれるから助かる。
「ううん。さすがにそこまでは思えない。手掛かりは揃っていないけど想像力で補うことにより真相に触れられる、という段階に留めておくべきかなって考えてる」
「念のためにもう一つ聞きたい。その想像で、証拠や手掛かりまで作っちゃいけないんだよね」
「もちろん」
「うん、分かった」
「――それで、今設けた仮定に立つと、逆に、話の中に出て来なかった事柄は、無視してもいいんじゃないかって考えられる」
「といいますと……」
不知火さんが口元に右の人差し指を当てつつ、考える仕種をする。けど、発言は陽子ちゃんの方が先になった。
「フィリポの部屋の様子は関係ないと見なすんだね? 話の流れから考えても、夢の中の警察隊みたいな連中はフィリポの部屋を絶対に調べているはずだし、そこで壁を作ったことによる傷は発見されなかったんだわ。発見されていたら、モリ探偵師達は聞いているだろうし、傷が見付からなかったことが不自然なくらい部屋が狭いとか、天井が低いのであれば、やはり探偵師の耳に入るはず」
「そういうこと。手掛かりになるような異変が何もなかったからこそ、省かれたんだと解釈するわけ。どうかな、不知火さん?」
つづく
つちりんは私の口調に押されたみたいに、気持ちのけぞり加減になりながら、それでもうなずいてくれた。
さあ、推理に集中よ!って気合いを入れたところへ、不知火さんがぼそりと言うのが聞こえた。
「あとで占ってみても面白いかもしれませんね、二人の仲を」
「不知火さん!」
「はい、もう自重します。安心して進めてください」
ついさっきまで、明らかに面白がっていたのに、しれっとしてすまし顔になる不知火さん。思うんだけど、私達サークルの会員みんなでカードゲームをしたら、一番強いのは不知火さんかもしれない。たとえ私がマジックの技術を使ってゲームでいかさまをしたって、二度同じことをやれば見破られそうな予感がするよ。
ただし、もしもお金を賭けてやれば、最終的には朱美ちゃんが勝ちそうな気もする。
それはさておき、仕切り直しだ。えーっと、どんなことをどこまで話していたんだっけ? あ、私が司会進行してたんじゃないから、気にしなくていいんだったわ。てことで、水原さんに注目。
「犯行が魔法を使ってなされたと仮定して、マギー王女はとりあえず、容疑者の枠から外れたことにする。ここまではいいわね。
続いてイルゲン・フィリポ。悪い夢を見たせいで、誤って壁を作ったということだけど」
「森君の夢の中で夢の話って、まるでマトリョーシカ人形だねえ」
陽子ちゃんがまた妙な感想を言う。私のじと目に気が付いた陽子ちゃんは、首を横にぶるるっと振って、「話の腰を折ってごめん。どうぞ続けて」と水原さんに言った。
「何者かに襲われた夢を見て、壁を作ったのであれば、それなりに巨大な壁だったはずじゃないかしら。どのような部屋にフィリポが寝泊まりしているのかは分かりませんが、魔法で壁を出して、部屋自体や中にある物が全く壊れないなどということがあるんでしょうか」
不知火さんの方は、なかなか建設的な意見を出してくれた、ように思う。
ただ、馭者の部屋についてなんて、場面にも話にも出て来なかったよね。まあ、小屋の方は薬品が置いてあるからっていうことで、出て来たけれども。
同じ感想を朱美ちゃんも抱いたらしく、「判断のしようがないんじゃあないの。フィリポの部屋の話は確かなかったよ。森君に聞く?」と首を捻る。
「それでは手間が掛かるので、新たな仮定を導入してみます」
水原さん、楽しそうだ。推理することそのものを楽しんでいるのが、炭酸飲料のはじける泡みたいにしゅわしゅわ伝わってくる感じ。
「それは、“森君が目が覚めた段階で、事件のだいたいの謎は想像できる”という仮定よ。これには根拠はなくて、単にゲームのルールを決めようってことなんだけど」
「手掛かりは全て揃っている、って考えるの?」
つちりんが聞いた。私だったら分かったような気になってつい飛ばしてしまいそうな、基本的なことでも、つちりんは臆せずに聞いてくれるから助かる。
「ううん。さすがにそこまでは思えない。手掛かりは揃っていないけど想像力で補うことにより真相に触れられる、という段階に留めておくべきかなって考えてる」
「念のためにもう一つ聞きたい。その想像で、証拠や手掛かりまで作っちゃいけないんだよね」
「もちろん」
「うん、分かった」
「――それで、今設けた仮定に立つと、逆に、話の中に出て来なかった事柄は、無視してもいいんじゃないかって考えられる」
「といいますと……」
不知火さんが口元に右の人差し指を当てつつ、考える仕種をする。けど、発言は陽子ちゃんの方が先になった。
「フィリポの部屋の様子は関係ないと見なすんだね? 話の流れから考えても、夢の中の警察隊みたいな連中はフィリポの部屋を絶対に調べているはずだし、そこで壁を作ったことによる傷は発見されなかったんだわ。発見されていたら、モリ探偵師達は聞いているだろうし、傷が見付からなかったことが不自然なくらい部屋が狭いとか、天井が低いのであれば、やはり探偵師の耳に入るはず」
「そういうこと。手掛かりになるような異変が何もなかったからこそ、省かれたんだと解釈するわけ。どうかな、不知火さん?」
つづく