第158話 つながるところとつながらないところ
文字数 1,771文字
「この段階で、フィリポはこの筒の外、カークランは内側にいる。そして次にカークランが魔法発動。水を移動させて筒の内部を満たす」
巨大な半円の筒の中を透視図とし、人の形と水面を描く水原さん。ごく狭い範囲で波乗りしているみたいに見えた。
「えっと、それって溺れない?」
びっくりして私が聞くと、水原さんは「あ、言い忘れちゃってた。筒の底には前もって人が一人乗るための板を敷いておくんだったわ」と自嘲気味に追加した。
「ということは……」
状況を頭の中に思い描いてみる。
「その足下から水を増やしていけば、ジュディ・カークランは板に立った姿勢のまま、浮力で上がっていける?」
「私もそういう風に考えたわ。カークラン一人では水を二メートル五十センチ程度の高さにまで持って行くのがせいぜいだけど、回りが密閉されていれば、水を溜めることでもっと上に行ける」
なるほどー。現実的にはどうかしらと思うけれども、魔法世界の中なら、ファンタジックな絵になりそう。
「こうして窓の高さに達したカークランは、中にいるファウストを呼び起こして、窓を開けさせる。理由付けはさっき言ったようにどうにでもなるだろうから」
「――そうでした」
いきなり不知火さんが拍手を一つ打った。表情を見れば、何かに気付いたのは分かるんだけど。
「壁に残っていた痕跡。窓の下五十センチぐらいに、汚れた黒い線のようなものでしたか。そういう痕跡があったと森君、モリ探偵師は言っていました」
「うん、覚えてる」
他のみんなでうなずき、それが?と目で聞き返す。
「恐らくですけど、水原さんが今語ったトリックが実際――というか、夢の中での犯行に使われたという証拠ではないでしょうか。半円筒の中を満たした水が、多少汚れて泥や草が混じった物だとすれば、その水面、水位を記録する目盛りのごとく、壁に汚れを残します」
「おおー」
面白い。何でもないような欠片が、つながっていくのって気持ちいい。
「犯行は夜だから、壁に痕跡が残っても気付かない。雨が降るような天気だったから月も出てなかっただろうし」
陽子ちゃんが補足した。
いい流れができつつあった。けれども、朱美ちゃんが決定的な疑問を口にする。
「窓のところまで辿り着けるのは分かった。証拠も一応ある。で、そのあと毒を飲ませるのはどうやったんだろ?」
「……そこなのよね」
水原さんの話も勢いが止まる。
「窓から現れるのまでは内密の仕事だとごまかしても、薬物を飲ませるのは厳しいかもしれない。たとえば『国を守るために、死んだふりをしてください』的なことを言われたとして、はいはいと従って五百円玉大の薬を飲むような素直すぎる人物が、侍従長になれるとは思えない」
「前もって睡眠薬で眠らせて、毒はあとから口をこじ開けて強引に……って、あ、だめだわ」
途中まで身振り手振りを交えていた陽子ちゃんだったが、途中でだめなところに気付いたみたい。
「中の人を眠らせちゃったら、窓を開けさせられなくなるね」
「そうなのよ」
「前もって何かさせるのなら、ついでに窓を開けさせておくことはできないのかな」
これはつちりん。なるほど、それができればいっぺんに解決だ。
「事件が起きた時間帯は、雨が降るかもしれないような空模様だったから、よほどの理由付けをしないと開けてくれないんじゃあ」
陽子ちゃんはいつの間にか熱心に考えるようになってる。
「窓を開け放しといてっていう意味じゃないからね。鍵が掛かってなければいいんだから。ただ、鍵を開けといて、なんてことを言われて怪訝に思わない状況が浮かばない」
「またそもそも論になりますけど」
不知火さんが珍しく遠慮気味に言った。
「仮にジュディ・カークランが口八丁で、ナイト・ファウストに窓の鍵を前もって解錠させることができたなら、殺人という一番きつい行為はイルゲン・フィリポにやらせるんじゃありませんか。それこそ平等な共犯関係というものです」
「それもそうか……あれ? でもそこを認めたら、フィリポは壁を出す魔法だけで三階まで届く。ということは、カークランの水はトリックに必要なくなり、お城の壁に痕跡が残ることもなくなる……」
水原さんは腕組みして考え込んでしまった。これじゃ堂々巡りだわ。
つづく
巨大な半円の筒の中を透視図とし、人の形と水面を描く水原さん。ごく狭い範囲で波乗りしているみたいに見えた。
「えっと、それって溺れない?」
びっくりして私が聞くと、水原さんは「あ、言い忘れちゃってた。筒の底には前もって人が一人乗るための板を敷いておくんだったわ」と自嘲気味に追加した。
「ということは……」
状況を頭の中に思い描いてみる。
「その足下から水を増やしていけば、ジュディ・カークランは板に立った姿勢のまま、浮力で上がっていける?」
「私もそういう風に考えたわ。カークラン一人では水を二メートル五十センチ程度の高さにまで持って行くのがせいぜいだけど、回りが密閉されていれば、水を溜めることでもっと上に行ける」
なるほどー。現実的にはどうかしらと思うけれども、魔法世界の中なら、ファンタジックな絵になりそう。
「こうして窓の高さに達したカークランは、中にいるファウストを呼び起こして、窓を開けさせる。理由付けはさっき言ったようにどうにでもなるだろうから」
「――そうでした」
いきなり不知火さんが拍手を一つ打った。表情を見れば、何かに気付いたのは分かるんだけど。
「壁に残っていた痕跡。窓の下五十センチぐらいに、汚れた黒い線のようなものでしたか。そういう痕跡があったと森君、モリ探偵師は言っていました」
「うん、覚えてる」
他のみんなでうなずき、それが?と目で聞き返す。
「恐らくですけど、水原さんが今語ったトリックが実際――というか、夢の中での犯行に使われたという証拠ではないでしょうか。半円筒の中を満たした水が、多少汚れて泥や草が混じった物だとすれば、その水面、水位を記録する目盛りのごとく、壁に汚れを残します」
「おおー」
面白い。何でもないような欠片が、つながっていくのって気持ちいい。
「犯行は夜だから、壁に痕跡が残っても気付かない。雨が降るような天気だったから月も出てなかっただろうし」
陽子ちゃんが補足した。
いい流れができつつあった。けれども、朱美ちゃんが決定的な疑問を口にする。
「窓のところまで辿り着けるのは分かった。証拠も一応ある。で、そのあと毒を飲ませるのはどうやったんだろ?」
「……そこなのよね」
水原さんの話も勢いが止まる。
「窓から現れるのまでは内密の仕事だとごまかしても、薬物を飲ませるのは厳しいかもしれない。たとえば『国を守るために、死んだふりをしてください』的なことを言われたとして、はいはいと従って五百円玉大の薬を飲むような素直すぎる人物が、侍従長になれるとは思えない」
「前もって睡眠薬で眠らせて、毒はあとから口をこじ開けて強引に……って、あ、だめだわ」
途中まで身振り手振りを交えていた陽子ちゃんだったが、途中でだめなところに気付いたみたい。
「中の人を眠らせちゃったら、窓を開けさせられなくなるね」
「そうなのよ」
「前もって何かさせるのなら、ついでに窓を開けさせておくことはできないのかな」
これはつちりん。なるほど、それができればいっぺんに解決だ。
「事件が起きた時間帯は、雨が降るかもしれないような空模様だったから、よほどの理由付けをしないと開けてくれないんじゃあ」
陽子ちゃんはいつの間にか熱心に考えるようになってる。
「窓を開け放しといてっていう意味じゃないからね。鍵が掛かってなければいいんだから。ただ、鍵を開けといて、なんてことを言われて怪訝に思わない状況が浮かばない」
「またそもそも論になりますけど」
不知火さんが珍しく遠慮気味に言った。
「仮にジュディ・カークランが口八丁で、ナイト・ファウストに窓の鍵を前もって解錠させることができたなら、殺人という一番きつい行為はイルゲン・フィリポにやらせるんじゃありませんか。それこそ平等な共犯関係というものです」
「それもそうか……あれ? でもそこを認めたら、フィリポは壁を出す魔法だけで三階まで届く。ということは、カークランの水はトリックに必要なくなり、お城の壁に痕跡が残ることもなくなる……」
水原さんは腕組みして考え込んでしまった。これじゃ堂々巡りだわ。
つづく