第211話 ラッキーなようでアンラッキー
文字数 2,056文字
(朝の休み時間では、つい、佐倉のことを上から目線で見てしまったけれども)
授業の最中だが、宗平は反省を始めていた。
(俺も言われたことあるんだよな~。今までに三回、それぞれ別の奴から)
記憶を掘り起こしてみる。
一回目は、佐倉萌莉と初めて同じクラスになってから二年目。要するに、持ち上がりで二年生になってしばらく経った頃。給食当番で牛乳係の佐倉はその日、もう一人の当番が学校を休んだおかげで、一人で思い牛乳を運ぶことになった。宗平は当番ではなかったが、というよりも当番ではなかったからこそ軽い気持ちで手伝ったのだが、あとから思えば彼女に好意を抱いている証だったかもしれない。とにかく、周りの男子からは冷やかされた。以前から名前の音の被りをネタにされていたものだから、このときもモリモリ牛乳とからかわれて必死になって否定した。その翌日か翌々日だかに、一番仲のいい友達――もちろん男子――からぽつりと言われたのだ。「宗平って佐倉さんのこと好きなのでは?」と。おまえまで言うかとやはり否定しておいたのだが、明確に意識し始めたのはこれがきっかけだった。
二回目は四年生のとき。学校での出来事ではなく、子供会の行事で泊まり掛けのキャンプに参加した。川の区切られた領域に鮎を放流しておいて、手で掴まえるのが目玉だった。興味を持った子供は多く、佐倉も来ているとすぐに気付いていた。
向こうは宗平が来ていることに気付いていなかったみたいで、だから俺も来てるぞとアピールするべく、川にいるところを後ろから近付いて「わっ!」と驚かせたのだが。
「もう~、何てことしてくれるのよ! 折角追い込んでいたのに逃げちゃったじゃない!」
とどやされてしまった。その責任を取らされる形で、鮎を二匹捕まえるまで手伝わされる羽目になった。このときにはもう意識していたから、彼女と一緒に鮎を追い掛けるのも内心、嬉しくないことはないのだけれども、面には出さずに「何で俺が……ぶつぶつ」みたいな雰囲気をまとっていた、つもり。キャンプには男子の顔見知りも結構参加しているため、当然、佐倉と二人でいるところを目撃されるわけで、あれこれ冷やかされた。ずばり、好きなんじゃねーと問われたときには多少詰まりながらも、あいつに迷惑掛けたから子分として働いてるんだ、ということにして切り抜けた。
後日、キャンプには不参加だった例の一番仲のいい男子から、「そもそも何で佐倉さんを後ろから驚かそうと思ったのさ?」と問われて、聞こえないふりをした。
三回目は四年生の三学期のある日のこと。朝からおなかが痛くて、一時間目は我慢できたものの二時間目は無理だと思って、休み時間中に保健室に直行。腹痛に効く薬をとりあえずもらって、ベッドで横になった。眠くなる成分が入ってるから寝てもいいよと言われたこともあり、カーテンで遮られたベッドの上でほんとに寝てしまう。
次にふと目が覚めたときは、おなかの痛みはだいぶ収まっていた。ただ、何だかカーテンの向こうがうるさい。女子の高い声が飛び交っている。これではもう寝られないな、ほぼ痛くなくなったし、教室に戻るかと思ってカーテンに手を掛ける。隙間から向こう側の景色が飛び込んで来た。
その日は月に一度の身体測定の日だったのだ。
しかもちょうど自分達のクラスの女子が来ている。
カーテンから手を離した宗平はどどどどうしようと、動揺しながらベッドに戻った。幸い、今ちらっと覗いたことには気付かれていないようだ。このままやり過ごそう。寝たふりしておこう。
そう思った矢先、何故かカーテンが開けられた。ほんの一瞬遅れて、保健の先生の声がする。
「あ、そこ、具合の悪くなった子が寝てるからだめよ」
「ええ?」
女子の声には佐倉のものも混じっていたように思う。
次の瞬間、掛け布団の上にわさわさと何かが降ってくるような感触があった。
「わー、ごめん、体操服投げちゃった」
季節は真冬、寒さ対策でここまでは体操服を上に着て、保健室で脱いでベッドやそこらに置いておくというのが当たり前になっていたらしい。その服を手に取って持ち上げる気配が、次々に感じられた。気配が収まってから宗平は寝返りを打つふりをして、カーテンの開いた方に背を向けようとした。だがまだ少し早かったのか、顔を見られてしまったらしい。
「えっ、先生、寝てるのって男子?」
「そうよ。確か同じクラスじゃないの」
そこまでやり取りして、やっと宗平が保健室に行っていたことを思い出したのか、女子達はキャーキャーわーわー大騒ぎ。これだけのかしましさの中、眠り続ける方が不自然かもしれないが、宗平に他の選択肢はなかった。
(何でこんな目に……俺のこと忘れてるおまえらの方が悪いんだからなっ)
脳裏のスクリーンに、ぼんやりと映し出される女子達の身体測定の(想像)図を振り払い、宗平はまぶたをぎゅっと強く閉じた。
(俺も身体検査のこと、忘れていたけれども)
つづく
授業の最中だが、宗平は反省を始めていた。
(俺も言われたことあるんだよな~。今までに三回、それぞれ別の奴から)
記憶を掘り起こしてみる。
一回目は、佐倉萌莉と初めて同じクラスになってから二年目。要するに、持ち上がりで二年生になってしばらく経った頃。給食当番で牛乳係の佐倉はその日、もう一人の当番が学校を休んだおかげで、一人で思い牛乳を運ぶことになった。宗平は当番ではなかったが、というよりも当番ではなかったからこそ軽い気持ちで手伝ったのだが、あとから思えば彼女に好意を抱いている証だったかもしれない。とにかく、周りの男子からは冷やかされた。以前から名前の音の被りをネタにされていたものだから、このときもモリモリ牛乳とからかわれて必死になって否定した。その翌日か翌々日だかに、一番仲のいい友達――もちろん男子――からぽつりと言われたのだ。「宗平って佐倉さんのこと好きなのでは?」と。おまえまで言うかとやはり否定しておいたのだが、明確に意識し始めたのはこれがきっかけだった。
二回目は四年生のとき。学校での出来事ではなく、子供会の行事で泊まり掛けのキャンプに参加した。川の区切られた領域に鮎を放流しておいて、手で掴まえるのが目玉だった。興味を持った子供は多く、佐倉も来ているとすぐに気付いていた。
向こうは宗平が来ていることに気付いていなかったみたいで、だから俺も来てるぞとアピールするべく、川にいるところを後ろから近付いて「わっ!」と驚かせたのだが。
「もう~、何てことしてくれるのよ! 折角追い込んでいたのに逃げちゃったじゃない!」
とどやされてしまった。その責任を取らされる形で、鮎を二匹捕まえるまで手伝わされる羽目になった。このときにはもう意識していたから、彼女と一緒に鮎を追い掛けるのも内心、嬉しくないことはないのだけれども、面には出さずに「何で俺が……ぶつぶつ」みたいな雰囲気をまとっていた、つもり。キャンプには男子の顔見知りも結構参加しているため、当然、佐倉と二人でいるところを目撃されるわけで、あれこれ冷やかされた。ずばり、好きなんじゃねーと問われたときには多少詰まりながらも、あいつに迷惑掛けたから子分として働いてるんだ、ということにして切り抜けた。
後日、キャンプには不参加だった例の一番仲のいい男子から、「そもそも何で佐倉さんを後ろから驚かそうと思ったのさ?」と問われて、聞こえないふりをした。
三回目は四年生の三学期のある日のこと。朝からおなかが痛くて、一時間目は我慢できたものの二時間目は無理だと思って、休み時間中に保健室に直行。腹痛に効く薬をとりあえずもらって、ベッドで横になった。眠くなる成分が入ってるから寝てもいいよと言われたこともあり、カーテンで遮られたベッドの上でほんとに寝てしまう。
次にふと目が覚めたときは、おなかの痛みはだいぶ収まっていた。ただ、何だかカーテンの向こうがうるさい。女子の高い声が飛び交っている。これではもう寝られないな、ほぼ痛くなくなったし、教室に戻るかと思ってカーテンに手を掛ける。隙間から向こう側の景色が飛び込んで来た。
その日は月に一度の身体測定の日だったのだ。
しかもちょうど自分達のクラスの女子が来ている。
カーテンから手を離した宗平はどどどどうしようと、動揺しながらベッドに戻った。幸い、今ちらっと覗いたことには気付かれていないようだ。このままやり過ごそう。寝たふりしておこう。
そう思った矢先、何故かカーテンが開けられた。ほんの一瞬遅れて、保健の先生の声がする。
「あ、そこ、具合の悪くなった子が寝てるからだめよ」
「ええ?」
女子の声には佐倉のものも混じっていたように思う。
次の瞬間、掛け布団の上にわさわさと何かが降ってくるような感触があった。
「わー、ごめん、体操服投げちゃった」
季節は真冬、寒さ対策でここまでは体操服を上に着て、保健室で脱いでベッドやそこらに置いておくというのが当たり前になっていたらしい。その服を手に取って持ち上げる気配が、次々に感じられた。気配が収まってから宗平は寝返りを打つふりをして、カーテンの開いた方に背を向けようとした。だがまだ少し早かったのか、顔を見られてしまったらしい。
「えっ、先生、寝てるのって男子?」
「そうよ。確か同じクラスじゃないの」
そこまでやり取りして、やっと宗平が保健室に行っていたことを思い出したのか、女子達はキャーキャーわーわー大騒ぎ。これだけのかしましさの中、眠り続ける方が不自然かもしれないが、宗平に他の選択肢はなかった。
(何でこんな目に……俺のこと忘れてるおまえらの方が悪いんだからなっ)
脳裏のスクリーンに、ぼんやりと映し出される女子達の身体測定の(想像)図を振り払い、宗平はまぶたをぎゅっと強く閉じた。
(俺も身体検査のこと、忘れていたけれども)
つづく