第69話 マットと魔術師
文字数 1,806文字
明けて金曜日。日直に当たっていたことを忘れていた。と言っても、登校は普通通りでいいから心配ない。朝、教室の鍵を開けるのは、早く来た人の役目だ。一方、下校前の教室の戸締まりは、日直の仕事。都合が悪いときは友達に頼んでもOKだけど、その友達がもし忘れちゃったら、二人揃って怒られる。今日は六時間目まであるから、自分が戸締まりすることになるだろう。
もう一つの大きな役目としては、学校に着いてからすぐ先生のところに行って、何かないかを聞く。理科室なんかを使う予定があればその準備を言われることがあるし、提出物があれば先に集めておくよう言われることもある。
担任の相田先生は面倒くさいのか、時々、先に来た日直(女子と男子一人ずつだからね)にだけ詳しく話して、あとから来た方には「もう一人に聞いてくれ」と言うことがあるという。私はまだないけど、それであとになったら、男子の日直を見付けるのが大変だって聞いた。今日はそうなりませんように。
えっと、今日の男子の日直は確か、児玉崇 って子で、間違っても早めに来ることはないから大丈夫だろう。実際、下駄箱のところでちらっと確かめてみて、上履きがあったから、まだ来ていないらしいと分かった。
職員室の相田先生のところに行くと、特に何もないとのことでとりあえず一安心。すぐに出て行こうとしたら、「クラブ授業の用意はどんな具合になってる?」と聞いてきた。
「えー、まあ、ぼちぼちです」
「そんな抽象的な、ほわっとした返事が聞きたいんじゃなくてだな。何か困っていることはないか。進め方とか、必要な物とか。いくら勝手が分からんからと言って、児童に押し付けたままじゃ格好が付かん。少しは顧問らしいことをしないとな」
「あの、それじゃあ、必要な物なんですが」
私は昨晩のことを思い出し、言ってみた。マットが欲しいです、と。
「――よく分からんが、ハンカチとか座布団を敷いたんじゃだめなんだな」
「だめというか、状態が敷く度に変わるのがあんまりよくないです」
「ふうん。マットはいくらぐらいする? 高いのか?」
「高いです。ちゃんとした物なら、小さめので1500円。折り曲げてもすぐに折り目が取れるタイプだと、倍ぐらいだったかなあ」
「……」
先生、前向きに検討する顔付きになったような。1500円て、大人にとってはそんなに高くないかな。でも、サークルだから予算は付かないはずだし、先生が出してくれるっていうのもないし。
「ちゃんとしていない物は、何が問題なのか教えてくれ」
「私は使ったことないから、人から聞いた話では、型が付きやすかったり、布地に方向性があってカードが引っ掛かったりするみたいです」
「うーん。佐倉達が卒業したあともサークルが存続する保証があるのなら、いい物を用意してやれるかもしれんが。うーん、少し考えさせてくれ」
先生が頭をがしがし掻き出したので、ひとまず退出しようときびすを返した。が、またも呼び止められた。
「佐倉。昼休み、給食が終わったら、ちょっと来てくれないか。試したい物が思い浮かんだ」
「分かりましたけど……試したい物って?」
「まだ内緒だ」
ウィンクする相田先生。こういうウィンクとか大げさに肩をすくめるとかの西洋人ぽい仕種が様になる人って、相田先生ぐらいしか知らない。
「なるほど~。道具にもこだわりがあるのね」
日直の仕事の一つ、朝の教室の窓開けを終えて机に戻ると、陽子ちゃんがいた。話題のきっかけになればと考えたわけじゃないけれども職員室での顛末を話すと、妙に感心してくれた様子。
「前から思ってたし、サクラには言ったかもしれないけれど、手品ってお金掛かるイメージあるんだよね」
「だからなるべく身近にある物を使ってできるマジックを選ぶ予定なんだけど、どこまで行けるかなあ」
前々から抱えている問題だけど、じきにネタ切れになりそうで心配。不安の種が種明かしのネタ切れだなんて、洒落にもなんない。そうなったときは、シュウさん頼みだ。
つづく
※ご存知の方にとっては何を今さらな注釈。マジック用のマット:クロースアップマットにはピンからキリまであって、価格も幅が広いです。本作では一応、1500円を標準的な価格としていますが、これより安価でも、よい品は当然あると思いますし、逆もまたしかりだとお考えください。
もう一つの大きな役目としては、学校に着いてからすぐ先生のところに行って、何かないかを聞く。理科室なんかを使う予定があればその準備を言われることがあるし、提出物があれば先に集めておくよう言われることもある。
担任の相田先生は面倒くさいのか、時々、先に来た日直(女子と男子一人ずつだからね)にだけ詳しく話して、あとから来た方には「もう一人に聞いてくれ」と言うことがあるという。私はまだないけど、それであとになったら、男子の日直を見付けるのが大変だって聞いた。今日はそうなりませんように。
えっと、今日の男子の日直は確か、
職員室の相田先生のところに行くと、特に何もないとのことでとりあえず一安心。すぐに出て行こうとしたら、「クラブ授業の用意はどんな具合になってる?」と聞いてきた。
「えー、まあ、ぼちぼちです」
「そんな抽象的な、ほわっとした返事が聞きたいんじゃなくてだな。何か困っていることはないか。進め方とか、必要な物とか。いくら勝手が分からんからと言って、児童に押し付けたままじゃ格好が付かん。少しは顧問らしいことをしないとな」
「あの、それじゃあ、必要な物なんですが」
私は昨晩のことを思い出し、言ってみた。マットが欲しいです、と。
「――よく分からんが、ハンカチとか座布団を敷いたんじゃだめなんだな」
「だめというか、状態が敷く度に変わるのがあんまりよくないです」
「ふうん。マットはいくらぐらいする? 高いのか?」
「高いです。ちゃんとした物なら、小さめので1500円。折り曲げてもすぐに折り目が取れるタイプだと、倍ぐらいだったかなあ」
「……」
先生、前向きに検討する顔付きになったような。1500円て、大人にとってはそんなに高くないかな。でも、サークルだから予算は付かないはずだし、先生が出してくれるっていうのもないし。
「ちゃんとしていない物は、何が問題なのか教えてくれ」
「私は使ったことないから、人から聞いた話では、型が付きやすかったり、布地に方向性があってカードが引っ掛かったりするみたいです」
「うーん。佐倉達が卒業したあともサークルが存続する保証があるのなら、いい物を用意してやれるかもしれんが。うーん、少し考えさせてくれ」
先生が頭をがしがし掻き出したので、ひとまず退出しようときびすを返した。が、またも呼び止められた。
「佐倉。昼休み、給食が終わったら、ちょっと来てくれないか。試したい物が思い浮かんだ」
「分かりましたけど……試したい物って?」
「まだ内緒だ」
ウィンクする相田先生。こういうウィンクとか大げさに肩をすくめるとかの西洋人ぽい仕種が様になる人って、相田先生ぐらいしか知らない。
「なるほど~。道具にもこだわりがあるのね」
日直の仕事の一つ、朝の教室の窓開けを終えて机に戻ると、陽子ちゃんがいた。話題のきっかけになればと考えたわけじゃないけれども職員室での顛末を話すと、妙に感心してくれた様子。
「前から思ってたし、サクラには言ったかもしれないけれど、手品ってお金掛かるイメージあるんだよね」
「だからなるべく身近にある物を使ってできるマジックを選ぶ予定なんだけど、どこまで行けるかなあ」
前々から抱えている問題だけど、じきにネタ切れになりそうで心配。不安の種が種明かしのネタ切れだなんて、洒落にもなんない。そうなったときは、シュウさん頼みだ。
つづく
※ご存知の方にとっては何を今さらな注釈。マジック用のマット:クロースアップマットにはピンからキリまであって、価格も幅が広いです。本作では一応、1500円を標準的な価格としていますが、これより安価でも、よい品は当然あると思いますし、逆もまたしかりだとお考えください。