第147話 演者も種の分からないマジック
文字数 1,870文字
「そういう考え方をするとなると、大変です」
不知火さんが言った。でも顔を見ると大変ていう雰囲気はゼロ、楽しんでいるのは明らかだった。
「極端なことを言えば、森君が見てきた全てが、魔法による幻だったという展開もありになってしまいます」
「それじゃ、まさしく話にならないってやつじゃん。俺が長々と喋ったの、無駄?」
上半身を机に投げ出す森君。
「いえ、考え方一つで変わります。でしょ?」
不知火さんが言い、水原さんがうなずく。
「ここは無駄にしないよう、魔法が見せた可能性は切り捨ててしまえばいいわ」
「じゃあ、俺が観客みたいに見てた場面は」
「場面転換、もしくは描写する視点人物の一時的な交代、かな」
小説を書く人っぽい単語がぽんぽん飛び出す。さすがについて行けなくなってきた。
「森君が夢で見たということは、結局は森君が考えたり感じたりした物語と言える。その中で、森君がいない場面があってもおかしくはない。要するに、森君が書いたお話と同じって捉えればいいんじゃないかしら」
「うーん、けど、どんなトリックが使われたのか、さっぱり分からないんだけど」
「答を知らなくても文字は書ける、ってことだろうね」
「それを認めるとさあ、推理するのが無駄ってことにならないか。長々と話してそんなんじゃ、申し訳が立たないっていうか」
不安の色を隠せない、を体現したかのような森君。気持ちは分かる。けれども――私は森君のそばまで言って、元気づけた。
「大丈夫だよ。答がなくてもきっと楽しめると思うわ。だってほら、マジックには種明かしがないじゃないの。種明かしがないマジックでも、楽しいでしょ」
「そりゃま、そうだな」
肯定した森君だったけど、「クイズとマジックはまた違うけどな」とも言った。
「もう、いつまでもうじうじ言わないのっ。推理を始めてみれば分かるわ」
我ながら力強い口調でそう言ったのとほぼ同時に、クラブ活動の時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
推理の方は次の活動日、クラブ授業の金曜日までお預けかな? でも授業と銘打たれていると、さすがにマジックをしなくちゃいけない気もするし。うーん、どうしよう。
次の金曜の活動内容を決めるために、私はまず、相田先生に尋ねた。教室をそそくさと出て行こうとする先生に急いで追いついて、
「今日の続きをやるとしたら、金曜でも大丈夫ですか。それとも来週まで……」
と率直に聞いてみる。先生はあごに指をやって、髭のそり残しを気にするような手つきをしながら、「うーん、個人的にはどっちでもいいんだが」と言ったきり、黙ってしまった。
「学校的にはだめ?」
「分からん。そもそもマジックサークルって、どこまでをマジックと見なすんだろうな? 俺からしてみれば、推理小説のトリックにもマジックみたいなものがたくさんあるイメージを持ってる」
「それは分かりますけど」
「一方で、今回みたいに、森が夢で見た事件というのはあまりにも漠然としているかな。答があるかどうか分からないっていうのは、教師の立場から言えばやはり問題があるぞ。極端な場合を想定するなら、いつまで経っても終わらないってことになるからな」
「ですよね」
「ただ、考える行為そのものは決して悪いことじゃない。どんどんやりなさいという立場を取るね。頭の硬い大人が君ら子供に向けて言うのはお笑いぐさかもしれないが、柔軟な思考とか発想の転換、ひらめきや飛躍を今の内から身に付けてほしい」
「……先生って、真面目なことも語れるんですね」
「おいおい」
またずっこける動作をする相田先生。そういうところがあるから、今の私みたいな感想が出て来ちゃうんです。
と、そこへ不知火さんが駆け寄ってきた。廊下の端で私と先生の会話を聞いていたみたい。
「先生は、鍛えれば思考が柔らかくなり、ひらめきやすくなると思われますか」
「お? 何か難しい質問だな。そうさなあ……頭が硬くなった人が訓練して、小さな子供みたいに自由に発想できるようになるかと言われると、どだい無理な話だと思う」
しかしだ、と接続詞を挟み、先生は自身のこめかみの辺りを指差した。
「硬くなった頭をある程度ほぐすことは、トレーニングでできるんじゃないかって気はするね。ひらめきは突然やってくるもので、ひらめくときはひらめくが、ひらめかないときはひらめかない――と決め付けるのではなく、普段からひらめくようにトレーニングを重ねておけば、ちっとはひらめきやすくなるだろうと思いたい」
つづく
不知火さんが言った。でも顔を見ると大変ていう雰囲気はゼロ、楽しんでいるのは明らかだった。
「極端なことを言えば、森君が見てきた全てが、魔法による幻だったという展開もありになってしまいます」
「それじゃ、まさしく話にならないってやつじゃん。俺が長々と喋ったの、無駄?」
上半身を机に投げ出す森君。
「いえ、考え方一つで変わります。でしょ?」
不知火さんが言い、水原さんがうなずく。
「ここは無駄にしないよう、魔法が見せた可能性は切り捨ててしまえばいいわ」
「じゃあ、俺が観客みたいに見てた場面は」
「場面転換、もしくは描写する視点人物の一時的な交代、かな」
小説を書く人っぽい単語がぽんぽん飛び出す。さすがについて行けなくなってきた。
「森君が夢で見たということは、結局は森君が考えたり感じたりした物語と言える。その中で、森君がいない場面があってもおかしくはない。要するに、森君が書いたお話と同じって捉えればいいんじゃないかしら」
「うーん、けど、どんなトリックが使われたのか、さっぱり分からないんだけど」
「答を知らなくても文字は書ける、ってことだろうね」
「それを認めるとさあ、推理するのが無駄ってことにならないか。長々と話してそんなんじゃ、申し訳が立たないっていうか」
不安の色を隠せない、を体現したかのような森君。気持ちは分かる。けれども――私は森君のそばまで言って、元気づけた。
「大丈夫だよ。答がなくてもきっと楽しめると思うわ。だってほら、マジックには種明かしがないじゃないの。種明かしがないマジックでも、楽しいでしょ」
「そりゃま、そうだな」
肯定した森君だったけど、「クイズとマジックはまた違うけどな」とも言った。
「もう、いつまでもうじうじ言わないのっ。推理を始めてみれば分かるわ」
我ながら力強い口調でそう言ったのとほぼ同時に、クラブ活動の時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
推理の方は次の活動日、クラブ授業の金曜日までお預けかな? でも授業と銘打たれていると、さすがにマジックをしなくちゃいけない気もするし。うーん、どうしよう。
次の金曜の活動内容を決めるために、私はまず、相田先生に尋ねた。教室をそそくさと出て行こうとする先生に急いで追いついて、
「今日の続きをやるとしたら、金曜でも大丈夫ですか。それとも来週まで……」
と率直に聞いてみる。先生はあごに指をやって、髭のそり残しを気にするような手つきをしながら、「うーん、個人的にはどっちでもいいんだが」と言ったきり、黙ってしまった。
「学校的にはだめ?」
「分からん。そもそもマジックサークルって、どこまでをマジックと見なすんだろうな? 俺からしてみれば、推理小説のトリックにもマジックみたいなものがたくさんあるイメージを持ってる」
「それは分かりますけど」
「一方で、今回みたいに、森が夢で見た事件というのはあまりにも漠然としているかな。答があるかどうか分からないっていうのは、教師の立場から言えばやはり問題があるぞ。極端な場合を想定するなら、いつまで経っても終わらないってことになるからな」
「ですよね」
「ただ、考える行為そのものは決して悪いことじゃない。どんどんやりなさいという立場を取るね。頭の硬い大人が君ら子供に向けて言うのはお笑いぐさかもしれないが、柔軟な思考とか発想の転換、ひらめきや飛躍を今の内から身に付けてほしい」
「……先生って、真面目なことも語れるんですね」
「おいおい」
またずっこける動作をする相田先生。そういうところがあるから、今の私みたいな感想が出て来ちゃうんです。
と、そこへ不知火さんが駆け寄ってきた。廊下の端で私と先生の会話を聞いていたみたい。
「先生は、鍛えれば思考が柔らかくなり、ひらめきやすくなると思われますか」
「お? 何か難しい質問だな。そうさなあ……頭が硬くなった人が訓練して、小さな子供みたいに自由に発想できるようになるかと言われると、どだい無理な話だと思う」
しかしだ、と接続詞を挟み、先生は自身のこめかみの辺りを指差した。
「硬くなった頭をある程度ほぐすことは、トレーニングでできるんじゃないかって気はするね。ひらめきは突然やってくるもので、ひらめくときはひらめくが、ひらめかないときはひらめかない――と決め付けるのではなく、普段からひらめくようにトレーニングを重ねておけば、ちっとはひらめきやすくなるだろうと思いたい」
つづく