第245話 マジシャン冥利?

文字数 2,095文字

「この辺から見ていてもいいか」
 相田先生が斜め後ろから聞いてきた。先生の存在をすっかり忘れていたと気付いて、密かに苦笑してしまう。指の間のコインを一枚ずつ、ゆっくり外しながら答えた。
「大丈夫です。でももし何かに気付いても、大人の対応をしてくださいね」
「おう、任せておけ」
 胸を叩く仕種をしたあと、腕組みをしてこっちを見下ろす先生。上からの視線なら全然問題ない。
「それじゃ、続けるね。四枚ほど使うんだけど、このコインではちょっと小さいから、取り替えます」
 言いながら、一円玉大のコインをテーブルに置いていく。と、手を離すそばから、コインが五百円玉サイズの物になる。合計四枚を出したところで、ポケットに手を入れる素振りとともに、「あ、ちょうどいいわ。これを使いましょう」ととぼけた口調で言った。
「おー」
 と、太めの声で先生と森君が声を上げた。女子のみんなは乾いた拍手をぱらぱらと。あっけに取られたためだとしたら、マジシャン冥利に尽きる。
「ちくしょー、油断してた」
 七尾さんが悔しげに口走る。
「今のとこ、もういっぺんやってと言っても無理なのかな」
「うーん、今すぐには無理。あとでなら」
 流れが止まらないように手さばきを続けながら、自然な対応を心掛ける。うう、難しいなぁ。やっぱり、マジックのお客さんとしては、現時点の七尾さんはワーストの部類に入るよね。
「この四枚の大きなコインには、ちょっと不思議な力が宿っていて――七尾さん、左右どちらでもいいので、手のひらを上に向けて出してみて」
「こういうこと?」
 右手を出してきた七尾さん。手相を観てもらうときのように、ちょっぴり私の側に傾いていたので、水平になるように直してもらった。そうしてできた“手のひらの台”を指差し、「これからコインを置いていくけど、しばらくじっとして、その手をキープしておいてね」とお願いした。
「分かった。いいよ」
 了解を得て、私はコインを慎重に、斜め向きにして部分的に重なるように置いていった。詳しくは書かないけれども、順番や置き方をミスするとたちまち失敗につながるので……。でも、そうと悟られないよう、スムーズにやる。
 四枚全部を置いたところで、「間違いなく、四枚あるよね?」と確認を促す。七尾さんだけでなく、周りで観ている全員がうんうんと頷いた。
「では七尾さん。右手をぎゅっと閉じて、コインを握り込んでください」
 言いながら、私は手を添え、サポートする。
「握ってみて、どう? まだコインは全部ありますか?」
「うん。あるでしょ」
 答えて、七尾さんは右の握りこぶしを振った。コイン同士のぶつかる音が、小さく聞こえたような。私は彼女の右こぶしが順手の向きになるように、再び手を添え、「これからおまじないを掛けると、不思議なことが起こります」と伝える。相手の反応を待たずに、ごにょごにょとそれっぽい呪文を唱えて、七尾さんの手の甲を撫でる。そしておもむろに放すと、みんなに見えるように自分の手を開いた。
 そこにはコインが一枚。何もなかった手の中に、いつの間にか出現したように見える、はず。
「あっ」
 一番の驚きの声を発してくれたのは、七尾さん。まだマジックに馴染みが薄い分、種の想像が付くと反応が薄いけれども、そうじゃないときは普通の人よりも強めに反応して、驚いてくれるみたい。
 彼女以外の人達(先生も含めて)には、今までに似たようなコイン消失マジックを観てもらったことがある。それでもそれなりに感心してくれているけれども、驚きの度合いは比較的弱いかな。
「そのコインはどこかに隠し持っていたとして」
 と、早速、七尾さんが分析に掛かった様子。私は満面の笑みを作って、小首を傾げて見せた。
「うん、そうかもしれないね。だけど、もしも七尾さんの手の中のコインが一枚、減っていたら、どうする?」
 事前に決めていたフレーズを変更し、七尾さんを(いざな)う。
「……そう言うからには、そのコインは僕の手の中から一枚、抜き取った物だって?」
「さあ、どうでしょう」
 とにもかくにも開いてみてと、ジェスチャー混じりに彼女を再び促した。
 七尾さんはすぐには手を開けず、拳の状態のまま、改めて耳元で振った。
「分かんないや。一枚減ったんだとしても、音での違いはないね、多分」
 あきらめた風に拳を前に突き出し、小指から順番にゆっくりと開いていく。コインは先ほどの手を閉じる間際と同じく、斜めに少し重なった状態で姿を見せた。そのままでは枚数ははっきりしない。私は指先でコインに触れ、ずれを若干広げた。三枚しかないと分かる。
「何枚になっているか、自分でも数えてみてください」
「コインに触っていいんだね?」
 もちろんと頷く。
 七尾さんも何故か一つ首肯し、慎重な手つきでコインを一枚ずつつまみ上げていく。やがて言った。
「やっぱり三枚になっている……」
 コインを自らの手のひらに置き直して、考え込む七尾さん。重ねたりずらしたりと、再現を試みている感じ。小さくうんうん唸っている。種を知りたがるばかりなのはどうかと思っていたけど、ここまで真剣に考えてくれると嬉しい気もしてきた。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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