第241話 生のままのマジック

文字数 2,059文字

 ただ、少ないレパートリーの中から何をやろうというんだろう。正直な気持ちを言うと、私やシュウさんが教えた演目なら、まだまだ私の方がずっと上手にできる。種が見破られてしまうかどうか以前に、手際よくこなせるのかちょっと心配だわ。
 でも。
「――いいわ」
 不安は残るんだけれどもよく考えて、バトンタッチすることに決めた。七尾さんがどんな風にマジックを観ているのかを、客観的に眺めてみたいと思ったのもある。それに不知火さん、何か思惑があるのは確かだし。
 ただし完全にお任せではやっぱり不安だから、、何のマジックをやるのかだけは聞いておこうっと。
「何をやるつもりなのか、耳打ちして教えて。必要な道具があれば言ってね」
「耳打ちは多分いりません。うちから持って来たこれを使います」
 不知火さんはスカートのポケットからトランプのケースを取り出した。あっ、そのデザインは――マジック用のトランプカードだ。頭に超の字が付くほど有名な奇術グッズだから、外から見ただけで分かった。
「それって」
「はい。お小遣いで買ってみました。もしかすると、七尾さんの弱いところが分かるかもしれません」
「え?」
 私がまた驚いているのをよそに、不知火さんはみんなの方を向くと、「次の演目は、私が交代してやらせてもらいます。まだまだ拙いマジックですが、どうかよろしくお願いします」と立て板に水とばかり、すらすら述べた。私は観客側に戻るでもなく、教室の戸口の近くまで下がって見物すると決めた。
「私はこれを使います」
 彼女は手にしたままだったトランプのケースを教卓の上に置いた。赤色をしたケースの蓋を開け、中身を抜く。ケースを置くと、七尾に向かって手招きをした。
「七尾さんには目の前で見て欲しいのだけれど、よろしいですか」
「了解」
 七尾さんは私のときと同じく、教卓の真ん前に立った。
「ええっと、これから私、味も素気もない演じ方をします。このタイプのマジックを見破れるどうか、七尾さんを試すために」
「僕を?」
 自分自身を指差す七尾さん。ほんと、仕種の一つ一つがかわいらしい。これでどうして男っぽい言葉遣いをするんだろ?って女の私でももったいなく思うわ。
「折角だから、何をやるのかを初めに教えてくれない?」
「かまいません。カード当てです。さ、まず、カードが全部ばらばらで、順番もばらばらということを確かめてもらえますか」
 カード一組を丸ごと渡された七尾さん、一瞬戸惑った様子を垣間見せた後、素直に調べた。
「確かにばらばら。順番も、数字が三ずつ大きくなってる、なんて規則性はないみたい」
「ええ、ありません。それではカードを返してもらえます?」
 七尾さんは相手の手のひらにカードを載せた。
 それを一旦まとめ、揃えると、裏向きのまま扇形に開く不知火さん。
「好きなカードを一枚、選んでいいですよ」
「……数字とマークを下から覗いてもいい?」
 七尾さんの質問というか要望に、不知火さんは一瞬だけ目を見張ったみたい。でもじきに元の表情に戻ると、「どうぞご自由に」と微笑で応じた。
「それなら見なくていいや。許可するってことは、関係ないってことだからね」
「早くしてくださいます?」
「はいはーい」
 明るくふざけ口調の七尾さん。端から二、三枚目ぐらいのカードを選び取った。こんな端っこを選ぶ辺り、ひねくれた性格が出たのかな、なんて勘ぐってしまう。
「それではよくあるパターンになりますけれども、私に分からないよう、カードを見て、数字とマークを覚えて。それと他の人にも見て貰ってください」
 味も素っ気もないと前置きした割には、なかなか堂に入っている不知火さん。ある程度練習しているのが分かるわ。
 七尾さんは両手で覆うようにしてカードを顔の前に持って来た。そのあと、私達(もちろん不知火さん以外のね)にもカードを見えるように掲げる。
 彼女が選び取ったのは、スペードの7だった。
「見せ終わったら、カードを戻してくださいますか」
「僕が好きなところ、どこでもいいんだね?」
 ゆっくりと首を縦に振る不知火さん。その手元にあるカードの束へ、七尾さんはスペードの7を差し込んだ。さっきとはちょうど反対の端っこに。
「何だか面倒になってきちゃったな」
 突然、不知火さんの口上の調子が変わった。まさか本当に投げやりになった? どきどきして思わず、不知火さんの顔色をまじまじと見つめちゃった。
「楽しませるためのマジックならもっと気合いが入るんですが、テストするためのマジックなんて、かったるくて。七尾さん。あなたが選んだカードの数は、偶然にも名字に一致している。言い換えると七、ですね?」
「――当たってる」
 不知火さんの指摘に七尾さんは一拍遅れで頷いた。驚いた様子は見られない。それはそうよね。カード当てのマジックで宣言通りに当てただけなんだから、たいして驚きはない。
「で、マークはスペード」
「当たってるよ」
 噛みしめるように言葉を吐く七尾さん。目つきが急速に険しくなっていってるわ。鼻の穴が少し広がってさえいる。

 つづく

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み