第262話 同じ好みに異なる好み
文字数 2,091文字
“あまり人気のない”がポイントみたい。それでも、漫画家に近いお仕事と聞くと、私達の方も興味が湧いた。
「推理漫画ですか。だったら、水原さんや不知火さんも来られたらよかったのに」
私が思わず反応して名前を出すと、「誰だい、それ。友達?」とすかさず聞き返された。
「はい。サークルのメンバーで、二人とも推理物が好きで、特に水原さんは書く方もするんです」
「かくって、漫画を?」
「あ、いえ、小説です」
「そうか。筋書きやトリックを考えるのなら、話が合ったかもしれないな~」
実朝さんの声は、本気で残念がっているように響いた。推理物が好きな人同士で語り合いたいという気持ちに、年齢差はあんまり関係ないのかもしれない。私もマジックのことなら、マニアックに語り合いたいと思うもの。ミステリーのトリックや筋書きを考えるのって、マジックの仕掛けや演出を考えるのと似ている部分があるはずだから、その内みんなでってことになったらいいな。
「ついでがあったら、聞いといてくれないかなあ? 僕の関わった作品を読んだことあるか、あるのなら感想を」
実朝さんは三つ、作品名を挙げた。後部座席を占める私達三人は、黙って顔を見合わせる。いずれも基本的には男の子向けの作品らしく、私は一つしか知らなかったけれども、森君は三つとも知っていた。
「へえ、読んだこと俺もあるけど、結構面白い回もあった記憶があるよ」
「その回が僕の出したネタならいいんだが」
苦笑交じりに、実朝さん。信号のない山道をぐるぐる上がって行くところだから、ずっと前を向いているけれども、目尻が下がったことはルームミラーで分かった。
「細かいことははっきり覚えてないから、今は何とも言えない、です」
申し訳なさそうに言って、運転中の実朝さんに見える訳じゃないのに、ぺこっと頭を下げる森君。
「ははは、いつでもいいよ。思い出せたら、教えて」
「家に帰ったら確かめられるから、多分、思い出せる。それよりか、職業的興味関心て?」
脱線しかけた話を引き戻す森君。作品の詳しい感想は後回しにしたのは、このためだったのかも。
「ああ、毎日ネタ探ししているんだ。それこそ四六時中。当然、宝探しもその範囲に含まれていて、大いに関心を寄せているんだよ。いかにもネタになりそうじゃないか」
「関心を持つのは当然だと思いますけど……」
朱美ちゃんが口を開いた。普段に比べれば遠慮がちかつ丁寧に、でも身体の方はちょっと前に乗り出し気味にして、実朝さんに尋ねる。
「だったら私らみたいな子供が関係してくるのを待たなくても、えーっと、伯父さんて人にいつでも詳しい話を聞けるんじゃないんですか」
「いや~、それがねえ、なかなか思うようにはいかないもので」
ルームミラー越しに、苦笑いする実朝さんの目尻がちらりと捉えられた。本人はそう言っただけで話を切り上げるつもりだったのかな、五秒ぐらいの沈黙。でも、私達が続きを聞きたがっているという空気が伝わったみたいで、また苦笑を浮かべた。
「やれやれ、君らもほんとに掛け値なしに興味津々みたいだねえ」
これには朱美ちゃんが、もちろんですと力強く即答する。実朝さんは根負けした風に肩をすくめると、赤信号で停まったのを機に話してくれた。
「言われるまでもなく、伯父には宝探しについて聞いたよ。それこそ根掘り葉掘り。けれども、ほとんど答えてくれないんだ。厳密には、最初の頃は割と教えてくれたんだけど、あるときから口が重くなった」
「手土産で釣ろうとして、失敗したとかじゃねーの」
ぼそりと森君が言った。彼自身、経験があるみたいな口ぶりに聞こえた。
その言葉は実朝さんの耳にもしっかり届いていたみたい。
「はは、鋭いな。確かに手土産で失敗したことはある」
「まじで?」
森君、適当な想像が当たっていて、自分で驚いている。
実朝さんはおかしそうに「まじで」と応じた。信号が青になり、車はスムーズに再び走り始めた。
「お中元だったかお歳暮だったか忘れたが、日本酒を持って行ったことがあった。別に下心があった訳ではなく、文字通りの季節のご挨拶。これまでどうも、これからもよろしくぐらいの意味合いでね。で、伯父はワインを飲む人だから日本酒も甘口がよかろうと推測したのが、大外れ。芯の通った辛党だったから、ご機嫌取りの逆になってしまった」
「お酒のことは分からないけど、味の好みが違ったら、そりゃ嬉しくないよ」
森君が笑い声まじりに述べる。
「カレーだって、甘口と中辛と辛口とで全然味が違うから」
カレーの話になるとは思っていなかったわ。でも、森君がカレーを持ち出した理由にはすぐに察しが付いた。夏休みに入ったらすぐ、一泊二日の林間学校が予定されていて、少し前に学級会でそれについての話し合いをした。クラス単位の出し物は何をするかがメインのテーマだったんだけど、意外と熱が入ったのが夕食について。夜はカレーをみんなで作るのが定番とされているみたいで、そのカレーの味をどうするかでちょっと、ううん、凄く揉めたのよね。クラスメートの好みの味が、見事に三分の一ずつ、甘口、中辛、辛口と分かれてしまって。
「推理漫画ですか。だったら、水原さんや不知火さんも来られたらよかったのに」
私が思わず反応して名前を出すと、「誰だい、それ。友達?」とすかさず聞き返された。
「はい。サークルのメンバーで、二人とも推理物が好きで、特に水原さんは書く方もするんです」
「かくって、漫画を?」
「あ、いえ、小説です」
「そうか。筋書きやトリックを考えるのなら、話が合ったかもしれないな~」
実朝さんの声は、本気で残念がっているように響いた。推理物が好きな人同士で語り合いたいという気持ちに、年齢差はあんまり関係ないのかもしれない。私もマジックのことなら、マニアックに語り合いたいと思うもの。ミステリーのトリックや筋書きを考えるのって、マジックの仕掛けや演出を考えるのと似ている部分があるはずだから、その内みんなでってことになったらいいな。
「ついでがあったら、聞いといてくれないかなあ? 僕の関わった作品を読んだことあるか、あるのなら感想を」
実朝さんは三つ、作品名を挙げた。後部座席を占める私達三人は、黙って顔を見合わせる。いずれも基本的には男の子向けの作品らしく、私は一つしか知らなかったけれども、森君は三つとも知っていた。
「へえ、読んだこと俺もあるけど、結構面白い回もあった記憶があるよ」
「その回が僕の出したネタならいいんだが」
苦笑交じりに、実朝さん。信号のない山道をぐるぐる上がって行くところだから、ずっと前を向いているけれども、目尻が下がったことはルームミラーで分かった。
「細かいことははっきり覚えてないから、今は何とも言えない、です」
申し訳なさそうに言って、運転中の実朝さんに見える訳じゃないのに、ぺこっと頭を下げる森君。
「ははは、いつでもいいよ。思い出せたら、教えて」
「家に帰ったら確かめられるから、多分、思い出せる。それよりか、職業的興味関心て?」
脱線しかけた話を引き戻す森君。作品の詳しい感想は後回しにしたのは、このためだったのかも。
「ああ、毎日ネタ探ししているんだ。それこそ四六時中。当然、宝探しもその範囲に含まれていて、大いに関心を寄せているんだよ。いかにもネタになりそうじゃないか」
「関心を持つのは当然だと思いますけど……」
朱美ちゃんが口を開いた。普段に比べれば遠慮がちかつ丁寧に、でも身体の方はちょっと前に乗り出し気味にして、実朝さんに尋ねる。
「だったら私らみたいな子供が関係してくるのを待たなくても、えーっと、伯父さんて人にいつでも詳しい話を聞けるんじゃないんですか」
「いや~、それがねえ、なかなか思うようにはいかないもので」
ルームミラー越しに、苦笑いする実朝さんの目尻がちらりと捉えられた。本人はそう言っただけで話を切り上げるつもりだったのかな、五秒ぐらいの沈黙。でも、私達が続きを聞きたがっているという空気が伝わったみたいで、また苦笑を浮かべた。
「やれやれ、君らもほんとに掛け値なしに興味津々みたいだねえ」
これには朱美ちゃんが、もちろんですと力強く即答する。実朝さんは根負けした風に肩をすくめると、赤信号で停まったのを機に話してくれた。
「言われるまでもなく、伯父には宝探しについて聞いたよ。それこそ根掘り葉掘り。けれども、ほとんど答えてくれないんだ。厳密には、最初の頃は割と教えてくれたんだけど、あるときから口が重くなった」
「手土産で釣ろうとして、失敗したとかじゃねーの」
ぼそりと森君が言った。彼自身、経験があるみたいな口ぶりに聞こえた。
その言葉は実朝さんの耳にもしっかり届いていたみたい。
「はは、鋭いな。確かに手土産で失敗したことはある」
「まじで?」
森君、適当な想像が当たっていて、自分で驚いている。
実朝さんはおかしそうに「まじで」と応じた。信号が青になり、車はスムーズに再び走り始めた。
「お中元だったかお歳暮だったか忘れたが、日本酒を持って行ったことがあった。別に下心があった訳ではなく、文字通りの季節のご挨拶。これまでどうも、これからもよろしくぐらいの意味合いでね。で、伯父はワインを飲む人だから日本酒も甘口がよかろうと推測したのが、大外れ。芯の通った辛党だったから、ご機嫌取りの逆になってしまった」
「お酒のことは分からないけど、味の好みが違ったら、そりゃ嬉しくないよ」
森君が笑い声まじりに述べる。
「カレーだって、甘口と中辛と辛口とで全然味が違うから」
カレーの話になるとは思っていなかったわ。でも、森君がカレーを持ち出した理由にはすぐに察しが付いた。夏休みに入ったらすぐ、一泊二日の林間学校が予定されていて、少し前に学級会でそれについての話し合いをした。クラス単位の出し物は何をするかがメインのテーマだったんだけど、意外と熱が入ったのが夕食について。夜はカレーをみんなで作るのが定番とされているみたいで、そのカレーの味をどうするかでちょっと、ううん、凄く揉めたのよね。クラスメートの好みの味が、見事に三分の一ずつ、甘口、中辛、辛口と分かれてしまって。