第174話 困った客もいるもんだ
文字数 2,012文字
学校からは、シュウさんが一緒になって帰ってくれた。
シュウさんは自転車で来ていたにも関わらず、私に合わせて自転車を降りて、押してくれている。二人乗りできる自転車専用道路なんてないもんね。うん、二人乗りしているところを想像したら、ちょっと恥ずかしくなってきた。
だからというわけでもないのだけれども、私はシュウさんに文句を言うことにした。
「今日は来てくれてありがとっ」
跳ねた口ぶりで言って軽めのジャブを放ったつもりなのに、シュウさんたら「どういたしまして」だって。わざと?
「でもね、予め聞いていたこととだいぶ違ってたんで、凄く焦ったんですけど! コインのパズルは裏があるし、カレンダーのマジックはお預けになるし」
「その点は謝る。ごめんなさい」
歩きながら頭を下げるシュウさん。誠意がこもってるんだがどうだか、よく分からない。
「ただ、何もかも決められた予定通りに進んだって、面白くないでしょ。特に萌莉は、内容を全て知ってクラブ活動の時間に臨むわけなんだから」
「だから色々と予定からはみ出たの? 私のために?」
「ん、まあ、それだけじゃないんだけどね」
なぁんだ、私のためだけじゃないのか。
「マジシャンとして心構えの話。基本的にマジックって生ものだと思わないか?」
「な、生もの?」
ふと、お刺身を想像して戸惑った。
「お客さんを相手にライブで行うのが原則だろうって意味さ」
「あ、そういう」
「何が起きるか分からない。お客さんが意地の悪い性格で邪魔をしてくるかもしれないし、予定になかった振る舞いをするかもしれない。たとえば、カード当てで、マジシャンの側はカードを意外なところから出して驚きを倍増させたいのに、客は選んだカードに密かに印を付けちゃうとかね」
「え? 意味が分かんない。印を付けるのって普通、マジシャンがやることでしょ」
「そのお客は自分が選んだカードがすり替えられやしないか怪しんで、印を付けたらしいよ」
シュウさんの言い方……まさか、これって実話なの?
「シュウさん、ほんとにあった話をしてる?」
「そうだよ。実例」
「そんなお客の相手をしたの、シュウさん?」
どうなったんだろうという興味もあって、声のボリュームがひとりでにアップした。
対するシュウさんは慌てたみたいに顔の前で片手を振った。
「違う違う。実話には違いないけど、体験したのは僕じゃない。僕の師匠、中島先生が体験されたことなんだよ」
「中島さんて、前に市民マジックの催し物に来られていた方だよね。プロの人にそんな畏れ多いことをしちゃうお客さんているんだ?」
「いるんだよなあ、ほんとに」
困り果てたようなため息に苦笑いをくっつけるシュウさん。
「師匠がその経験をしたのはもう十何年も前のことで、若かったとは仰っていたけれども、それでもなめられている気がして、内心では結構むかむかしたんだって」
「どう対処したの? 最初からやり直したとか?」
「はは、まさか。それは最終手段だね」
笑われてしまった。シュウさんにそんなつもりはないだろうけれど、凄いだめ出しをもらった気分。
「じゃ、じゃあ、どうやったの。早く教えてよ」
「まず、中島先生は印に気が付いたんだ。説明していなかったけれども、お客が付けた印というのは、カードの縁の白い部分に黒のボールペンでちょんと点を打った程度だったらしい」
「ちょっと待って。ボールペンで付けたって簡単に言うけど、無理じゃない? カード当てなんだからマジシャンはそのお客に背を向けていたかもしれないけれど、ボールペンを取り出して何やらごそごそやっていたら、他のお客さんが気付くでしょう? それとももしかして、そのとき見ていたお客さんはみんな意地悪で、目撃したことを黙っていたとか?」
「一口にボールペンと言っても細工したやつだったことが、あとになって分かってる。中島先生が仲間の人に頼んで、ショーの終了後にその問題のお客に接近して、真意を質したんだって。そのときに細工も確認していてね、ボールペンの芯を抜き出して、さらにその先端一センチあまりを切り取った物を、親指の爪にテープできつく貼り付けたということだった」
シュウさんの説明した物を思い描いてみた。なるほどね、他人に見られずにカードにいたずら書きができそう。
「感心してるみたいだね。でも、このやり方って本物のマジックでも使うことがあるんだよ。だいぶアナログな手段だから、今ではあまり見掛けないかもしれないけれど」
「そうなんだー。じゃあ、そのやな感じのお客も実はマジックに興味があって、プロの中島さんに嫉妬してやった、とかだったりして」
「さあ、そこまでは知らないな。それよりもどうやって対処したか、だね」
そうそう。学校で種明かしのお預けを食らって、ここでまた話が尻切れトンボになったらたまらないわ。
つづく
シュウさんは自転車で来ていたにも関わらず、私に合わせて自転車を降りて、押してくれている。二人乗りできる自転車専用道路なんてないもんね。うん、二人乗りしているところを想像したら、ちょっと恥ずかしくなってきた。
だからというわけでもないのだけれども、私はシュウさんに文句を言うことにした。
「今日は来てくれてありがとっ」
跳ねた口ぶりで言って軽めのジャブを放ったつもりなのに、シュウさんたら「どういたしまして」だって。わざと?
「でもね、予め聞いていたこととだいぶ違ってたんで、凄く焦ったんですけど! コインのパズルは裏があるし、カレンダーのマジックはお預けになるし」
「その点は謝る。ごめんなさい」
歩きながら頭を下げるシュウさん。誠意がこもってるんだがどうだか、よく分からない。
「ただ、何もかも決められた予定通りに進んだって、面白くないでしょ。特に萌莉は、内容を全て知ってクラブ活動の時間に臨むわけなんだから」
「だから色々と予定からはみ出たの? 私のために?」
「ん、まあ、それだけじゃないんだけどね」
なぁんだ、私のためだけじゃないのか。
「マジシャンとして心構えの話。基本的にマジックって生ものだと思わないか?」
「な、生もの?」
ふと、お刺身を想像して戸惑った。
「お客さんを相手にライブで行うのが原則だろうって意味さ」
「あ、そういう」
「何が起きるか分からない。お客さんが意地の悪い性格で邪魔をしてくるかもしれないし、予定になかった振る舞いをするかもしれない。たとえば、カード当てで、マジシャンの側はカードを意外なところから出して驚きを倍増させたいのに、客は選んだカードに密かに印を付けちゃうとかね」
「え? 意味が分かんない。印を付けるのって普通、マジシャンがやることでしょ」
「そのお客は自分が選んだカードがすり替えられやしないか怪しんで、印を付けたらしいよ」
シュウさんの言い方……まさか、これって実話なの?
「シュウさん、ほんとにあった話をしてる?」
「そうだよ。実例」
「そんなお客の相手をしたの、シュウさん?」
どうなったんだろうという興味もあって、声のボリュームがひとりでにアップした。
対するシュウさんは慌てたみたいに顔の前で片手を振った。
「違う違う。実話には違いないけど、体験したのは僕じゃない。僕の師匠、中島先生が体験されたことなんだよ」
「中島さんて、前に市民マジックの催し物に来られていた方だよね。プロの人にそんな畏れ多いことをしちゃうお客さんているんだ?」
「いるんだよなあ、ほんとに」
困り果てたようなため息に苦笑いをくっつけるシュウさん。
「師匠がその経験をしたのはもう十何年も前のことで、若かったとは仰っていたけれども、それでもなめられている気がして、内心では結構むかむかしたんだって」
「どう対処したの? 最初からやり直したとか?」
「はは、まさか。それは最終手段だね」
笑われてしまった。シュウさんにそんなつもりはないだろうけれど、凄いだめ出しをもらった気分。
「じゃ、じゃあ、どうやったの。早く教えてよ」
「まず、中島先生は印に気が付いたんだ。説明していなかったけれども、お客が付けた印というのは、カードの縁の白い部分に黒のボールペンでちょんと点を打った程度だったらしい」
「ちょっと待って。ボールペンで付けたって簡単に言うけど、無理じゃない? カード当てなんだからマジシャンはそのお客に背を向けていたかもしれないけれど、ボールペンを取り出して何やらごそごそやっていたら、他のお客さんが気付くでしょう? それとももしかして、そのとき見ていたお客さんはみんな意地悪で、目撃したことを黙っていたとか?」
「一口にボールペンと言っても細工したやつだったことが、あとになって分かってる。中島先生が仲間の人に頼んで、ショーの終了後にその問題のお客に接近して、真意を質したんだって。そのときに細工も確認していてね、ボールペンの芯を抜き出して、さらにその先端一センチあまりを切り取った物を、親指の爪にテープできつく貼り付けたということだった」
シュウさんの説明した物を思い描いてみた。なるほどね、他人に見られずにカードにいたずら書きができそう。
「感心してるみたいだね。でも、このやり方って本物のマジックでも使うことがあるんだよ。だいぶアナログな手段だから、今ではあまり見掛けないかもしれないけれど」
「そうなんだー。じゃあ、そのやな感じのお客も実はマジックに興味があって、プロの中島さんに嫉妬してやった、とかだったりして」
「さあ、そこまでは知らないな。それよりもどうやって対処したか、だね」
そうそう。学校で種明かしのお預けを食らって、ここでまた話が尻切れトンボになったらたまらないわ。
つづく