第168話 そんなことできたらまるで魔法だ
文字数 1,891文字
と――待望のシュウさん登場に喜んでいたけれども、シュウさんの声……低い位置で聞いたせいかしら、いつもに比べたら少し緊張しているように聞こえたかも。大丈夫だよねっ。
「おお、話は聞いてる。開いてるから、入っていいよ」
みんなが練習の手を止め、硬貨を拾い集める最中、相田先生はざっくばらんに応じた。
あっと、このままここにいたらいけない。私は立ち上がる勢いのまま、ぱっと飛び退いた。
「失礼します――って、何してるのさ、萌莉」
「い、いえ、別に何でもないよ」
冷や汗をかく思いを味わいつつ、私は一歩下がって踏みとどまった。ついさっき飛び退こうと焦ったせいで、後ろにこけそうになった私は腕をぐるぐる回していた。そこをシュウさんに見られてしまったのだ。
と、何故かシュウさんの方も、しまったという風に口元をちょっぴりゆがめている。どうしたんだろう?
その疑問が解けない内に、シュウさんは相田先生の元へ足早に向かい、挨拶をした。終わるまでの時間を確かめる様子のやり取りがあって、先生は「じゃ、とりあえず自由にやってみて」と声を掛け、いつもの定位置に引っ込んだ。
シュウさんは教壇に立つと、私達がそれぞれの席に戻るのを待った。
「皆さん、僕が佐倉秀明です。会長の佐倉さんから聞いていると思うけど、今日が初対面の人もいるから、自己紹介を簡単にさせてもらいます」
高校一年生であること、マジックを趣味にしていること、私の親戚であることを、ほんと、簡単に話して済ませた。
「今日、初めて会う人とはちゃんと挨拶して、名前と顔を覚えたいのだけれども、時間の都合もあるので、先に準備してきたことをやっちゃおうと思う。それでもいいかな?」
「いいよー」
森君が先頭を切って返事した。ちょっと、いや、だいぶ面白がっているのが分かる。
いつもなら咎めるところなんだけど、実は私も、シュウさんの様子が普段と微妙に違っていて、少し笑ってしまいそうになってる。小学生高学年よりももっとしたの子をあやすような響きが、声に感じられるんだよね。まあ、シュウさんだって私達みたいな年下の子を大勢相手にして教えるなんて、初めてで慣れてないだろうし、段々と感覚を掴んでくれると思う。
「みんなは今日これまでに、コインを使ったマジックを見て、練習していたと思う。今日、このマジックにしようと決めたのは、会長と話し合った結果なんだけど、そもそものきっかけは、外国のドラマにコインを使ったパズルを出題する場面があったからなんだ」
「パズル?」
森君が即座に反応した。亀が首を出すみたいに、座ったまま背筋を伸ばし、頭の位置を高くしようとしている。
「そうなんだ。古い作品なんだけれども、長く人気を保っているから、聞いたことのある人も多いかもしれない。『刑事コロンボ』というシリーズなんだけどね」
作品名を出すと、何人かから、聞いたことある、知ってるというつぶやきがあった。
「たくさん作られているんだけれど、その中の一つ、『殺しの序曲』というお話に、コインのパズルが出てくる。そのまんまだと小学生のみんなにはちょっと分かりにくいから、分かり易くして言うとこんな感じになる」
シュウさんは後ろを向いてペンを取ると、ボードに書き始めた。
『ここにコインが三十枚ずつ入った袋が十袋あります。見た目はどれも同じで区別が付きません。十ある袋の内、九つは本物のコインでいっぱいなのに、一つだけはニセ物のコインがつまっています。ニセコインは本物のコインに比べると、一枚につき十グラム重いと分かっています。
さて、ここに秤 が一つあるのですが、この秤を一度だけ使って、ニセコインの入った袋を見付けるにはどうすればよいでしょう?』
問題文を書き終わってから、続けて袋の絵と秤の絵も簡単に描いてくれた。えっと、特に注意すべきところは……そうそう、ここで言う秤は、天秤の形をしたやつじゃないよ。お肉屋さんや八百屋さんなんかに置いてある、重さを量りたい物を受け皿に載せると、下にある円形の目盛りを針がぐるっと回って指し示すタイプね。
「その秤を一回だけ? 無理だ!」
意外にも森君が真っ先に言った。得意のパズルという風には受け取っていなくて、算数か何かのテストに見えてるのかもしれない。
「まあ、そう言わずに、考えてみてごらん、マジックと直接の関係は薄いけれども、この問題文の通り、一回でニセのコインを見付けられたら、魔法みたいだろ?」
「そうは言ってもな……」
「じゃ、森君は早々に白旗ってことでいいかな」
つづく
「おお、話は聞いてる。開いてるから、入っていいよ」
みんなが練習の手を止め、硬貨を拾い集める最中、相田先生はざっくばらんに応じた。
あっと、このままここにいたらいけない。私は立ち上がる勢いのまま、ぱっと飛び退いた。
「失礼します――って、何してるのさ、萌莉」
「い、いえ、別に何でもないよ」
冷や汗をかく思いを味わいつつ、私は一歩下がって踏みとどまった。ついさっき飛び退こうと焦ったせいで、後ろにこけそうになった私は腕をぐるぐる回していた。そこをシュウさんに見られてしまったのだ。
と、何故かシュウさんの方も、しまったという風に口元をちょっぴりゆがめている。どうしたんだろう?
その疑問が解けない内に、シュウさんは相田先生の元へ足早に向かい、挨拶をした。終わるまでの時間を確かめる様子のやり取りがあって、先生は「じゃ、とりあえず自由にやってみて」と声を掛け、いつもの定位置に引っ込んだ。
シュウさんは教壇に立つと、私達がそれぞれの席に戻るのを待った。
「皆さん、僕が佐倉秀明です。会長の佐倉さんから聞いていると思うけど、今日が初対面の人もいるから、自己紹介を簡単にさせてもらいます」
高校一年生であること、マジックを趣味にしていること、私の親戚であることを、ほんと、簡単に話して済ませた。
「今日、初めて会う人とはちゃんと挨拶して、名前と顔を覚えたいのだけれども、時間の都合もあるので、先に準備してきたことをやっちゃおうと思う。それでもいいかな?」
「いいよー」
森君が先頭を切って返事した。ちょっと、いや、だいぶ面白がっているのが分かる。
いつもなら咎めるところなんだけど、実は私も、シュウさんの様子が普段と微妙に違っていて、少し笑ってしまいそうになってる。小学生高学年よりももっとしたの子をあやすような響きが、声に感じられるんだよね。まあ、シュウさんだって私達みたいな年下の子を大勢相手にして教えるなんて、初めてで慣れてないだろうし、段々と感覚を掴んでくれると思う。
「みんなは今日これまでに、コインを使ったマジックを見て、練習していたと思う。今日、このマジックにしようと決めたのは、会長と話し合った結果なんだけど、そもそものきっかけは、外国のドラマにコインを使ったパズルを出題する場面があったからなんだ」
「パズル?」
森君が即座に反応した。亀が首を出すみたいに、座ったまま背筋を伸ばし、頭の位置を高くしようとしている。
「そうなんだ。古い作品なんだけれども、長く人気を保っているから、聞いたことのある人も多いかもしれない。『刑事コロンボ』というシリーズなんだけどね」
作品名を出すと、何人かから、聞いたことある、知ってるというつぶやきがあった。
「たくさん作られているんだけれど、その中の一つ、『殺しの序曲』というお話に、コインのパズルが出てくる。そのまんまだと小学生のみんなにはちょっと分かりにくいから、分かり易くして言うとこんな感じになる」
シュウさんは後ろを向いてペンを取ると、ボードに書き始めた。
『ここにコインが三十枚ずつ入った袋が十袋あります。見た目はどれも同じで区別が付きません。十ある袋の内、九つは本物のコインでいっぱいなのに、一つだけはニセ物のコインがつまっています。ニセコインは本物のコインに比べると、一枚につき十グラム重いと分かっています。
さて、ここに
問題文を書き終わってから、続けて袋の絵と秤の絵も簡単に描いてくれた。えっと、特に注意すべきところは……そうそう、ここで言う秤は、天秤の形をしたやつじゃないよ。お肉屋さんや八百屋さんなんかに置いてある、重さを量りたい物を受け皿に載せると、下にある円形の目盛りを針がぐるっと回って指し示すタイプね。
「その秤を一回だけ? 無理だ!」
意外にも森君が真っ先に言った。得意のパズルという風には受け取っていなくて、算数か何かのテストに見えてるのかもしれない。
「まあ、そう言わずに、考えてみてごらん、マジックと直接の関係は薄いけれども、この問題文の通り、一回でニセのコインを見付けられたら、魔法みたいだろ?」
「そうは言ってもな……」
「じゃ、森君は早々に白旗ってことでいいかな」
つづく