第234話 第一印象
文字数 2,084文字
「心配? 何で」
「萌莉が、七尾さんみたいな子といきなり出会って、マジックの話になったらどうなるんだろうかと考えてみた。いい想像もしたけれども、悪い想像の方がより大きくなってさ。たとえば萌莉のやるマジックを、あの子が次から次へと遠慮なしに見破って、種の解説を始めたら、とか」
「そりゃあ、そんなことされたら険悪になるよ」
頭の中で考えただけでも気まずいし、腹が立つかも。
「だろ? もしそんなことになったら、もったいないと思ったんだ」
「もったいない?」
「悲しいって意味。七尾って子がマジックを本当に好きになる道を閉ざしてしまいかねない。だから、萌莉達の方に前もって知らせておいて、心を広く持ってもらおうという狙いでこうして話した次第だよ」
「なるほどー、策士だねシュウさんて」
「策士は大げさだな。萌莉こそこうして舞台裏を明かされても、ちゃんとやってくれるだろ?」
「もちろん。マジックをする人、楽しむ人を増やすためなら、どんと構えて迎え入れる気持ちでなくちゃ」
調子よく言い切ったものの、本音を明かすとそこまでの心の広さを持てているかどうか、自分に自信はないのよね。シュウおにいちゃんが見ている前でなら、我慢してでも平気でいられる自信があるけれども。結局は相手の経歴や態度でだいぶ変わってくると思う。たとえば一つ年下の子が生意気な感じで、「そのマジックの種知ってるー」っていう風に言ってきたら、私もむかっとして頭にくるだろうなあ。逆に、シュウさんの師匠の中島龍毅さんみたいな大御所の人から言われたとしたら、納得する……その前に緊張してまともに演じられない可能性が高そうだけど。とにかく、こういう風に相手によって反応を変えるのはよくないと思うものの、どうしてもそうなりがち。なるべくそうならないように、頭の片隅で意識はしておこうって思った。
そうして迎えた週明けの月曜日。登校して教室に行くまでの間に、噂が耳に入った。うちのクラスに転校生が来る、と。シュウさんから聞いた七尾って子だろうと思った。
教室には机と椅子がセットで一つ、新しく並べてあるらしい。転校生が七尾という名前かどうかはさすがに分からなかったけれども、目撃者がいたおかげで女子というのは伝わってきた。
同じクラスになるなんて、できすぎの偶然だけど、マジックを見せる前に知り合うチャンスがあるのはいいことだと思う。期待と不安、両方とも大きく膨らむのが分かった。今のところ、不安の方がまだ大きいけれども。
教室に入るなり、その新しく入れられた机を探した。真ん中辺りの列の一番後ろ。私の席からは少し離れている。ほっとしたようながっかりしたような。ていうか、向こうが私のこと知っていたら、後頭部をじっと見られる感じ?
などと余計な心配をしていると、森君が近付いてきた。
「もう聞いたか? 転校生がこのクラスにって話」
「うん」
「やっぱ、おまえが昨日、言ってた子なんだろうな」
マジックの経験はほぼゼロなのに種を見破るのが得意な子が転校してくるんだって、という形でサークルのみんなには伝えてある。仲よくしようねとまでは言ってないけど、わざわざ揉め事を起こすようなことはしないでしょ。
「多分。向こうが私の顔を知っているのか、聞いておけばよかった」
「何で」
「知っていたら、多分、相手の方から話し掛けてくれるでしょ。けど知らなかったら、私から名乗って、マジックができるんだよってアピールしなくちゃいけない。そういうの苦手……」
「佐倉って、じゃなくて佐倉さんて元々は引っ込み思案なタイプだもんな」
呼び捨てを言い直す森君が何だかかわいい。
それにしても男子にまで引っ込み思案だと思われているのは、果たしていいことなのかな。親しくなれば割と物怖じしない方だと、自分では持ってるんだけど、ギャップがあるとか言われたら悲しい。
「まあ、名前ぐらいは当然、相手に伝わってるだろ」
「と思う」
「だったら自己紹介したらすぐにエサに食い付いてくるって」
「エサって……」
呆れて二の句が継げないでいると、予鈴が鳴った。朝の短いホームルームの時間だ。さあ、もう少しでご対面ね。
程なくして相田先生がやって来た。みんなに着席するように言いながら、後ろを振り返る。
「もう察している、あるいは耳に入っているみたいだが、今朝はこのクラスに転校生が来たから紹介する。――入って」
開け放したままの扉の向こう、廊下にいる人影を手招きした先生。小さく「はい」と返事があって、転校生が姿を見せた。
ショートカットで背は割と高い。五組で一番になるかも。水色のTシャツに紺色のスカート。そして四角いレンズの眼鏡を掛けている。こんな特徴があるのなら、電話で言ってくれたらよかったのに、シュウさん。
ここで一部の同級生がざわざわした。美人だから男子が反応して騒いだ、というのとは違う、女子も男子も何人かがざわついている。
えっ、何なに? 転校生がかわいらしくないことはない、むしろ私達の年齢にしてはとても個性的で整った顔立ちをしていると思うわよ。でも、そこまでざわつくほど?
つづく
「萌莉が、七尾さんみたいな子といきなり出会って、マジックの話になったらどうなるんだろうかと考えてみた。いい想像もしたけれども、悪い想像の方がより大きくなってさ。たとえば萌莉のやるマジックを、あの子が次から次へと遠慮なしに見破って、種の解説を始めたら、とか」
「そりゃあ、そんなことされたら険悪になるよ」
頭の中で考えただけでも気まずいし、腹が立つかも。
「だろ? もしそんなことになったら、もったいないと思ったんだ」
「もったいない?」
「悲しいって意味。七尾って子がマジックを本当に好きになる道を閉ざしてしまいかねない。だから、萌莉達の方に前もって知らせておいて、心を広く持ってもらおうという狙いでこうして話した次第だよ」
「なるほどー、策士だねシュウさんて」
「策士は大げさだな。萌莉こそこうして舞台裏を明かされても、ちゃんとやってくれるだろ?」
「もちろん。マジックをする人、楽しむ人を増やすためなら、どんと構えて迎え入れる気持ちでなくちゃ」
調子よく言い切ったものの、本音を明かすとそこまでの心の広さを持てているかどうか、自分に自信はないのよね。シュウおにいちゃんが見ている前でなら、我慢してでも平気でいられる自信があるけれども。結局は相手の経歴や態度でだいぶ変わってくると思う。たとえば一つ年下の子が生意気な感じで、「そのマジックの種知ってるー」っていう風に言ってきたら、私もむかっとして頭にくるだろうなあ。逆に、シュウさんの師匠の中島龍毅さんみたいな大御所の人から言われたとしたら、納得する……その前に緊張してまともに演じられない可能性が高そうだけど。とにかく、こういう風に相手によって反応を変えるのはよくないと思うものの、どうしてもそうなりがち。なるべくそうならないように、頭の片隅で意識はしておこうって思った。
そうして迎えた週明けの月曜日。登校して教室に行くまでの間に、噂が耳に入った。うちのクラスに転校生が来る、と。シュウさんから聞いた七尾って子だろうと思った。
教室には机と椅子がセットで一つ、新しく並べてあるらしい。転校生が七尾という名前かどうかはさすがに分からなかったけれども、目撃者がいたおかげで女子というのは伝わってきた。
同じクラスになるなんて、できすぎの偶然だけど、マジックを見せる前に知り合うチャンスがあるのはいいことだと思う。期待と不安、両方とも大きく膨らむのが分かった。今のところ、不安の方がまだ大きいけれども。
教室に入るなり、その新しく入れられた机を探した。真ん中辺りの列の一番後ろ。私の席からは少し離れている。ほっとしたようながっかりしたような。ていうか、向こうが私のこと知っていたら、後頭部をじっと見られる感じ?
などと余計な心配をしていると、森君が近付いてきた。
「もう聞いたか? 転校生がこのクラスにって話」
「うん」
「やっぱ、おまえが昨日、言ってた子なんだろうな」
マジックの経験はほぼゼロなのに種を見破るのが得意な子が転校してくるんだって、という形でサークルのみんなには伝えてある。仲よくしようねとまでは言ってないけど、わざわざ揉め事を起こすようなことはしないでしょ。
「多分。向こうが私の顔を知っているのか、聞いておけばよかった」
「何で」
「知っていたら、多分、相手の方から話し掛けてくれるでしょ。けど知らなかったら、私から名乗って、マジックができるんだよってアピールしなくちゃいけない。そういうの苦手……」
「佐倉って、じゃなくて佐倉さんて元々は引っ込み思案なタイプだもんな」
呼び捨てを言い直す森君が何だかかわいい。
それにしても男子にまで引っ込み思案だと思われているのは、果たしていいことなのかな。親しくなれば割と物怖じしない方だと、自分では持ってるんだけど、ギャップがあるとか言われたら悲しい。
「まあ、名前ぐらいは当然、相手に伝わってるだろ」
「と思う」
「だったら自己紹介したらすぐにエサに食い付いてくるって」
「エサって……」
呆れて二の句が継げないでいると、予鈴が鳴った。朝の短いホームルームの時間だ。さあ、もう少しでご対面ね。
程なくして相田先生がやって来た。みんなに着席するように言いながら、後ろを振り返る。
「もう察している、あるいは耳に入っているみたいだが、今朝はこのクラスに転校生が来たから紹介する。――入って」
開け放したままの扉の向こう、廊下にいる人影を手招きした先生。小さく「はい」と返事があって、転校生が姿を見せた。
ショートカットで背は割と高い。五組で一番になるかも。水色のTシャツに紺色のスカート。そして四角いレンズの眼鏡を掛けている。こんな特徴があるのなら、電話で言ってくれたらよかったのに、シュウさん。
ここで一部の同級生がざわざわした。美人だから男子が反応して騒いだ、というのとは違う、女子も男子も何人かがざわついている。
えっ、何なに? 転校生がかわいらしくないことはない、むしろ私達の年齢にしてはとても個性的で整った顔立ちをしていると思うわよ。でも、そこまでざわつくほど?
つづく