第88話 お気に召すまま
文字数 1,592文字
「水原さんには、印象に残っているっていうイリュージョン系のマジックを集めたソフトを見せてあげるといいかもしれないな」
「持ってないよー。シュウさん、貸して」
指先を下にして両方の手の平をシュウさんに向ける。と、困ったような顔をされた。
「僕も集めた物は持ってない。というか、色んな人の色んなイリュージョンをひとまとめにした正規品のソフトなんて、あったかな。今度、師匠に聞いてみる」
「あっても高いんじゃない?」
「多分。外国製のだと、解説があっても英語だしねえ」
たとえ英語を習っていても、専門用語が多いとちんぷんかんぷん。マジックは英語がそのまま専門用語になってることが多いから、まだましだとは思うけど。
「ショーを生で観る機会っていうのは、夏休みぐらいまでないだろうから、サークルの活動として、映像ソフトを鑑賞するのはありと考えてるんだ。萌莉の小学校は、そういうのも認めてくれそうかい?」
「分かんないけど、毎回じゃなければいいんじゃないかしら。どちらかというと、上映できる教室を借りられるかどうかの方が、問題になってくるかも」
「そうか。プロジェクターなり大型モニターなりがある部屋に限られてくるわけだ」
このあとも今後の段取りなんかを色々決めていったのだけれど、最後に来て根本的なことを聞かれた。
「そういえば、僕が教えに行く曜日って、どちらの方がいいんだろう? 金曜の方は授業の一環だから、お邪魔しない方がいいのかなと思ってはいるんだが」
「……決めてなかったね、そういえば」
“そういえば”がかぶっちゃった。今度学校に行ったとき、先生に聞こう。
月曜日になって学校で相田先生に聞いてみたら、「どっちでもいいんじゃないのかね」とまるで他人事みたいに返された。でも、私達が気にしている点を詳しく伝えると、「それもそうか。授業に外部の人を呼ぶのは、内規で結構手間が掛かるんだっけな」と真面目に考えてくれ始めた。ルーズリーフを引っ張り出して、中のプリント類をめくっていく。
「ああ、やっぱりそうだ。一回ごとに申請を出す必要がある。クラブ活動なら、最初に許可が下りれば、あとは一年間大丈夫」
「ていうことは、先生、まだ正式な許可を取ってくださってない?」
不安に駆られて気負い気味に聞いた。
「内諾はもらっているさ。あ、内諾と言っても分からんか。えーっと、要は、当日、その佐倉秀明君に挨拶に来てもらったらOKってこと」
「なんだ、びっくりするじゃないですか」
「子供が細かいところまで気にするからだ。外野のことは先生に任せて、クラブ活動に打ち込めばいい。それで? やっぱり火曜日にするか」
「え、あ、はい。その方が手間が掛からなくてよさそう」
もちろん、シュウさんの都合が悪いときは、臨時で金曜に変えてもらいたいなんて場合も起こりえるだろうけど、そういうのはいいのかしら。
「どうなんでしょう?」
いい機会だから、率直に聞いてみた。
「火曜から金曜だろ? なら、その週の初めに言ってくれたら、確実にOK出せる。ただし、火曜当日っていうのは避けて欲しいよな」
「月曜が休みのときは?」
「細かいな。その辺りは臨機応変にだな」
また細かいところまで気にするな的なことを言われたけれども、答の中身は悪くない。要するに、案外フレキシブルなんだ。フレキシブルっていうのは……覚えたての言葉を使いたい年頃だから、許されて。
そのまま回れ右して出て行こうとしたけれども、呼び止められた。
「んで、結局いつが第一回になりそうなんだ、その高校生マジシャンの」
「六月のなるべく早い内に。と言っても明日は急なので、八日か、間に合わなければ十五日になると思います」
「分かった」
相田先生はぶっきらぼうに応じながらも、そのほっぺたの緩み具合はどこか楽しげにも見えた。
つづく
「持ってないよー。シュウさん、貸して」
指先を下にして両方の手の平をシュウさんに向ける。と、困ったような顔をされた。
「僕も集めた物は持ってない。というか、色んな人の色んなイリュージョンをひとまとめにした正規品のソフトなんて、あったかな。今度、師匠に聞いてみる」
「あっても高いんじゃない?」
「多分。外国製のだと、解説があっても英語だしねえ」
たとえ英語を習っていても、専門用語が多いとちんぷんかんぷん。マジックは英語がそのまま専門用語になってることが多いから、まだましだとは思うけど。
「ショーを生で観る機会っていうのは、夏休みぐらいまでないだろうから、サークルの活動として、映像ソフトを鑑賞するのはありと考えてるんだ。萌莉の小学校は、そういうのも認めてくれそうかい?」
「分かんないけど、毎回じゃなければいいんじゃないかしら。どちらかというと、上映できる教室を借りられるかどうかの方が、問題になってくるかも」
「そうか。プロジェクターなり大型モニターなりがある部屋に限られてくるわけだ」
このあとも今後の段取りなんかを色々決めていったのだけれど、最後に来て根本的なことを聞かれた。
「そういえば、僕が教えに行く曜日って、どちらの方がいいんだろう? 金曜の方は授業の一環だから、お邪魔しない方がいいのかなと思ってはいるんだが」
「……決めてなかったね、そういえば」
“そういえば”がかぶっちゃった。今度学校に行ったとき、先生に聞こう。
月曜日になって学校で相田先生に聞いてみたら、「どっちでもいいんじゃないのかね」とまるで他人事みたいに返された。でも、私達が気にしている点を詳しく伝えると、「それもそうか。授業に外部の人を呼ぶのは、内規で結構手間が掛かるんだっけな」と真面目に考えてくれ始めた。ルーズリーフを引っ張り出して、中のプリント類をめくっていく。
「ああ、やっぱりそうだ。一回ごとに申請を出す必要がある。クラブ活動なら、最初に許可が下りれば、あとは一年間大丈夫」
「ていうことは、先生、まだ正式な許可を取ってくださってない?」
不安に駆られて気負い気味に聞いた。
「内諾はもらっているさ。あ、内諾と言っても分からんか。えーっと、要は、当日、その佐倉秀明君に挨拶に来てもらったらOKってこと」
「なんだ、びっくりするじゃないですか」
「子供が細かいところまで気にするからだ。外野のことは先生に任せて、クラブ活動に打ち込めばいい。それで? やっぱり火曜日にするか」
「え、あ、はい。その方が手間が掛からなくてよさそう」
もちろん、シュウさんの都合が悪いときは、臨時で金曜に変えてもらいたいなんて場合も起こりえるだろうけど、そういうのはいいのかしら。
「どうなんでしょう?」
いい機会だから、率直に聞いてみた。
「火曜から金曜だろ? なら、その週の初めに言ってくれたら、確実にOK出せる。ただし、火曜当日っていうのは避けて欲しいよな」
「月曜が休みのときは?」
「細かいな。その辺りは臨機応変にだな」
また細かいところまで気にするな的なことを言われたけれども、答の中身は悪くない。要するに、案外フレキシブルなんだ。フレキシブルっていうのは……覚えたての言葉を使いたい年頃だから、許されて。
そのまま回れ右して出て行こうとしたけれども、呼び止められた。
「んで、結局いつが第一回になりそうなんだ、その高校生マジシャンの」
「六月のなるべく早い内に。と言っても明日は急なので、八日か、間に合わなければ十五日になると思います」
「分かった」
相田先生はぶっきらぼうに応じながらも、そのほっぺたの緩み具合はどこか楽しげにも見えた。
つづく