第246話 素直に疑う

文字数 2,094文字

 七尾さんは程なくして唸るのをやめ、想像を述べた。
「こういうことは逃げてるみたいであんまり言いたくないんだけど、人間の身体をコインが通り抜ける、それも知らない内に通り抜けるなんてあり得ないんだから、もう、そういうことを可能にするコインが特別にあるとしか思えないよ」
 どき。
 当たらずとも遠からず。人体を何事もなく貫通する特殊なコインなんて代物はないけれども、枚数がいつの間にか減ってしまう特殊なコインなら……。無論、今そんな種明かしなんてできないけれどね。
「マジックの世界は奥がふか~いんだよ。私なんかが言うと、軽く聞こえちゃうけど、色々な種があるということで」
「いやいや、確かに奥深さを感じた、です」
 コインをぽんぽんと手のひらで小さくお手玉させたり、陽にかざしてためつすがめつしたりしていた七尾さんは、丁寧語とともに三枚のコインを返してくれた。
「コインに仕掛けがあるのは間違いないよね?」
「ふふ、秘密」
 ここで教えてあげれば、本格的にマジックを習ってみようと思ってくれるかな。そんな風に考えてしゃべってしまいそうな気持ちを抑えて、最後の仕上げに取り掛かる。返って来たコインの内の一枚を選ぶと、私は自分の右手のひらに置いた。その右手はおなかの前辺りに構え、真上に左手を、甲が上になるようにかざす。
「ただ、今の私が自信を持って言えるのは、種も仕掛けもないコインを使って、こんなこともできるのがマジックなんだよ」
 言い終わるのに合わせて、私は練習の成果を披露した。
 右手のコインがふわっと浮き上がり、吸い込まれるように左の手に収まる。
「うわっ。え、お?」
 よ、よかった。うまく行った。
 場から生まれた驚きの声は、七尾さん一人のものじゃない。陽子ちゃんと朱美ちゃんとつちりんと水原さん、四人の声も混じっている。不知火さんと森君、それに先生は黙ったまま、静かにめをぱちくりさせていた。以前に同じテクニック――マッスルパスを使った演目を見てもらったことがある人もいるけど、なお驚いてくれている。それは多分、前に比べて浮き上がる距離がだいぶ伸びたせいだと思う。
 やがて不知火さんが手をぱちぱち叩き始め、「何ていうか……凄いものを観た気がします」と言ったのを契機に、全員が拍手を送ってくれた。
 長い間練習を重ねてもなかなかうまく行かず、成功率が低かった。ようやく安定してきたのがついこの前で、まだまだ人前で披露するには不安が残るのだけれども、七尾さんをびっくりさせるにはこれが欠かせないと、がんばってみたんだ。あ、“欠かせない”と最初に言い出したのは不知火さんなんだけどね。
 その際のやり取りが、脳裏に甦ってくる――。
「七尾さんが種を見破ろうとするときの基本方針は、物事を素直に見ることだと思います」
「物事っていうのは、マジックの現象だよね?」
 私は確認のため、不知火さんに聞き返した。頷くのを待って、続きを言った。
「おかしいわ、逆にならない? マジックを素直に見るのなら、素直にだまされてくれるってことになるような」
「これは私の言い方がよくありませんでした。すみません」
 ぺこりとおじぎする不知火さん。別に頭を下げられても困るよ~。
「想像ですが、七尾さんはマジックを見たまんまに受け取ったあと、逆から再生してみているんじゃないでしょうか」
「逆再生……ビデオみたいに?」
「はい。そうして、今の現象を可能とするにはどこをどうすればいいかを仔細に検討しているのではないかと思います」
「検討、ねえ」
「たとえば、トランプの山の一番上のカードが、最初に見せられたときはハートのエースだったのに、一度裏返しにしてまた開いたときにはスペードのキングに変わっている
というマジックを見たとします。勝手にカードが変化することはあり得ない。すり替えも目にも留まらぬ早業なんて、現実には無理。でも二枚を一枚に見せ掛けるのは比較的簡単にできるんじゃないかな、と思い至る」
 ダブルディールを用いたカードマジックを例に、不知火さんは七尾さんのマジック見破り法を推測し、説明してくれた。
「カップ&ボールでも同じです。カップの下のボールが独りでに消えたり増えたり、あるいは大きくなったりするわけはない。抜き取りやすり替えが行われているはず。カップそのものが目隠しになって、観客の目線を遮るからその隙はある……というところまで思いが至れば、あとは実際に見たマジックを逆再生して、あのカップからボールが転がり出るには、その前のこのタイミングでそっと忍び込ませたに違いない、なんて風に逆から順に辿るんです」
「素直にっていう意味は、何となく飲み込めたけれども、仮に不知火さんの想像が当たっているとして、どうしたら見破られなくなるんだろ? 何をやったって見破られるってことになりそうなんですが」
「いえいえ、そうとも限らないわ。逆から辿るときに種を思い浮かべるにしたって、限界がきっとある。七尾さんにはマジックの知識は基礎も何もないという話でしたから、学校で習ったことプラスこれまでの経験を主なよりどころにして、想像するに違いありません」

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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