第102話 ワトソンの誉れ

文字数 1,346文字

 宗平はシーラの元に行き、候補のみんなには聞こえぬようにひそひそ声で尋ねる。
「あのさ、探偵師の助手になったら、その人は何かいいことあるのか? 助手の間にもらえる給料がいいとか……」
「大きな名誉を得られる可能性があります。そこに価値を見出す人であれば、執着してもおかしくはないです」
「名誉って、王様に誉められるとかか」
「ん、まあ、広い意味でそれと同じと言えるかしら。場合によってはそれ以上のことも……」
「もったいをつけてないで、教えてくれよ」
「事件解決の暁には、少なくとも勲章を授かり、最大限に評価された場合は、王族の末席に列ぶことも可能」
「実感が何もないけど、凄いことなんだろうな」
「……記憶がないふりをして、実はあなたが犯人ではないでしょうね?」
「だから違うって!」
「分かっています。選抜のための試験には、確固たるアリバイを有する者しか、参加が許されませんでしたから」
 宗平が声を少々張り上げたのが、候補者達にも届いてしまったらしく、途端にざわざわし始めた。「まだですの?」「早く決めてくれないかな」と不満の声が聞こえる。
「もうちょっとだけ待て。待ってくれ。前もって知っておかなきゃならないことがたくさんあってだな」
「ちょっといい?」
 片手を肩の高さに挙げ、ため口で言ったのはマルタ。宗平はシーラとのやり取りを中断し、彼女の発言を認めた。
「ど、どうぞ」
「探偵師さんは、事件の概要をご存じないように見えるのですが、その認識で合っていますでしょうか?」
「あ、ああ。知らないというか、聞かされていない」
「なんだ、だったら、伏せていても意味がなかったわけね」
「伏せるっていうのは、君の魔法について?」
「ええ。事件の不可解な状況を解くために、いかにも重要そうな魔法だと見せたかったのだけれども、探偵師さんが事件についてまだ何も知らされていないのでは、無意味だったわ」
 さばさばした体で述べたマルタ。
「もう伏せておく必要がなくなったんなら、どんな魔法が使えるのか、教えてくれないかな」
「いいけど、こんな理由で隠そうと思ったくらいだから、期待したらだめだってのは分かるわよね。水を凍らせることができるわ」
 おおっ、何か魔法っぽい。
「ただし制約が多いのが玉に瑕。まず、目ではっきり水と認識できた物しか凍らせられない。物体の中に染み込んでいる物や、生き物の体内にある物、水蒸気なんかは無理」
 まあ、それでも、水が気温とは関係なしに氷になるのは凄い。
「それから分量。一度に凍らせる最大の量は、両手ですくえる程度の水。付随して、連続して魔法を行使できない。手のひらいっぱいの水を一度凍らせたら、それが元通りになるまで、他の水を凍らせることはできない。さらに効果の持続時間。一度作った氷はきっかり一時間で水に戻る」
 うん? 確かに条件は厳しいみたいだが、そこは短所じゃないのでは。一時間溶けないとも言える。宗平は前向きに捉えた。
(ただ……探偵の役に立つかどうかっていうと、頼りにならないか。むしろ、犯人が何らかのトリックを使うときに、氷を操れるのって便利そうだ)
 宗平が身震いしたのは、氷を頭の中でイメージしていたから、だけではないだろう。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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