第184話 カレンダーに気を取られて
文字数 1,675文字
「そうだね。金田さんの言う通り、難関だ。だから後回しにさせてくれるかい? 10だけでなく9と8も飛ばしたいんだけど」
「理由がよく分からないけど、分かった」
朱美ちゃんは聞かせてもらおうじゃないのっていう風に、腕組みをした。何だか年齢と不釣り合いに貫禄あるな~。
「それでは7からだね。7を言われたときは、六月のカレンダーを含めて七枚目を見るように言うんだ」
「六月を含めて七枚目……あ、ほんとだ」
念のため指折り数えてみて、七枚目が十二月であることを確かめる。
「6の場合はさっきやったばかりだからもういいね? 次は5」
シュウさんはカレンダーを左手で持ち、右手は六月のページの下端をつまんだ。
「5のときは、六月に5を足して11。十一月までめくってもらおう。現れるのは十二月というわけ」
そして実際にやってみせる。
「何だかごまかされているような」
水原さんが言い出しにくいことをずばり言った。シュウさんは軽く笑い声を立て、「そう、確かにごまかしだ」とあっさり認めた。
「ただ、これって意外と面倒なの、分かってくれるかな。めくるとか足すとか、うまく使い分けなければいけない。もちろん計算自体は難しくないから、全部を完璧に記憶する必要はないけれどもね」
「なるほど、です。では4だとどうなるんですか」
「4の場合もちょっと苦しいので後回しにしてもらいたい」
「じゃあ3ですね」
「3のときは、まず『3を0より大きい数二つに分けるとどうなる?』と聞く。たいていは『1と2』と答えてくれるはずだ」
「たいていって、他にはないんじゃありませんか」
「いや、『2と1』って答えられると少し困る。1と2と言ってくれた方が、『それは並べると12になるね』と持って行きやすい。で、十二月。ついでに十三日に注目させたいのなら、『今度は3を0より大きい二つの数のかけ算で表すとどうなる?』って聞くんだ。厳密には整数なんだけど、そこまでこだわらなくてもいいと思う。答は『1かける3』と言ってくれたらそのまま十三日に注意を向けさせる。『3かける1』と言われたときがまた少し困るんだけどね」
「何か面倒だなあ」
森君がメモを取りながら嘆息する。
「ま、いいか。そんじゃあ次の2は?」
「2は簡単。六月を二倍させて、十二月。1と言われたときは、カレンダーの一番最後、最後の一枚を見てごらんと促す、これで1まで済んだね。いよいよ、とばした数を言われた場合の説明に入るよ」
「待ってました!」
朱美ちゃん、劇を観に行ったときみたいなかけ声をする。
「ああ、困ったな。がっかりさせること確実なんだけど、怒らないで聞いてください」
丁寧語になったシュウさんは教卓を離れると、先生のデスクの方を見た。五秒ほど思案してから、改めて私達の方へ向き直る。
「続きで木之元さんにやってもらう方がいいかな。もう一度、デスクのところに行ってくれるかい?」
「はい、かまわないですけど、これ」
と、陽子ちゃんはカレンダーを持って行こうとする。けれどもシュウさんはそれを止めた。
「持って行かなくていいよ」
「え、でも」
「持って行くのなら元の位置に掛けておいて。もう使わないんだ」
「え。あ、そうなんですか……」
予想外の言葉に戸惑いつつも、何となく種が見えてきたらしい陽子ちゃん。結局、カレンダーは持たずにデスクのそばに立った。
「さあて、おあずけにしていた数は4、8、9、10だったね? 今度は小さい数から行くとしよう。4を言われた場合は、こう応じる。『椅子のクッションを外してみてください』と」
「ええ?」
カレンダーじゃないのー?という抗議を含んだ声が一斉に上がる。陽子ちゃんもその一人だけれども、とにかくこのクラスの先生愛用クッションの紐をほどき、椅子から外す。
「あ、椅子に直に紙が貼ってある」
「字が書いてあるでしょ? 読んでみて」
「『あなたが選ぶのは4だ』……なんて単純なっ」
陽子ちゃんは手にしたままのクッションを悔しそうにぺちっと叩いた。
つづく
「理由がよく分からないけど、分かった」
朱美ちゃんは聞かせてもらおうじゃないのっていう風に、腕組みをした。何だか年齢と不釣り合いに貫禄あるな~。
「それでは7からだね。7を言われたときは、六月のカレンダーを含めて七枚目を見るように言うんだ」
「六月を含めて七枚目……あ、ほんとだ」
念のため指折り数えてみて、七枚目が十二月であることを確かめる。
「6の場合はさっきやったばかりだからもういいね? 次は5」
シュウさんはカレンダーを左手で持ち、右手は六月のページの下端をつまんだ。
「5のときは、六月に5を足して11。十一月までめくってもらおう。現れるのは十二月というわけ」
そして実際にやってみせる。
「何だかごまかされているような」
水原さんが言い出しにくいことをずばり言った。シュウさんは軽く笑い声を立て、「そう、確かにごまかしだ」とあっさり認めた。
「ただ、これって意外と面倒なの、分かってくれるかな。めくるとか足すとか、うまく使い分けなければいけない。もちろん計算自体は難しくないから、全部を完璧に記憶する必要はないけれどもね」
「なるほど、です。では4だとどうなるんですか」
「4の場合もちょっと苦しいので後回しにしてもらいたい」
「じゃあ3ですね」
「3のときは、まず『3を0より大きい数二つに分けるとどうなる?』と聞く。たいていは『1と2』と答えてくれるはずだ」
「たいていって、他にはないんじゃありませんか」
「いや、『2と1』って答えられると少し困る。1と2と言ってくれた方が、『それは並べると12になるね』と持って行きやすい。で、十二月。ついでに十三日に注目させたいのなら、『今度は3を0より大きい二つの数のかけ算で表すとどうなる?』って聞くんだ。厳密には整数なんだけど、そこまでこだわらなくてもいいと思う。答は『1かける3』と言ってくれたらそのまま十三日に注意を向けさせる。『3かける1』と言われたときがまた少し困るんだけどね」
「何か面倒だなあ」
森君がメモを取りながら嘆息する。
「ま、いいか。そんじゃあ次の2は?」
「2は簡単。六月を二倍させて、十二月。1と言われたときは、カレンダーの一番最後、最後の一枚を見てごらんと促す、これで1まで済んだね。いよいよ、とばした数を言われた場合の説明に入るよ」
「待ってました!」
朱美ちゃん、劇を観に行ったときみたいなかけ声をする。
「ああ、困ったな。がっかりさせること確実なんだけど、怒らないで聞いてください」
丁寧語になったシュウさんは教卓を離れると、先生のデスクの方を見た。五秒ほど思案してから、改めて私達の方へ向き直る。
「続きで木之元さんにやってもらう方がいいかな。もう一度、デスクのところに行ってくれるかい?」
「はい、かまわないですけど、これ」
と、陽子ちゃんはカレンダーを持って行こうとする。けれどもシュウさんはそれを止めた。
「持って行かなくていいよ」
「え、でも」
「持って行くのなら元の位置に掛けておいて。もう使わないんだ」
「え。あ、そうなんですか……」
予想外の言葉に戸惑いつつも、何となく種が見えてきたらしい陽子ちゃん。結局、カレンダーは持たずにデスクのそばに立った。
「さあて、おあずけにしていた数は4、8、9、10だったね? 今度は小さい数から行くとしよう。4を言われた場合は、こう応じる。『椅子のクッションを外してみてください』と」
「ええ?」
カレンダーじゃないのー?という抗議を含んだ声が一斉に上がる。陽子ちゃんもその一人だけれども、とにかくこのクラスの先生愛用クッションの紐をほどき、椅子から外す。
「あ、椅子に直に紙が貼ってある」
「字が書いてあるでしょ? 読んでみて」
「『あなたが選ぶのは4だ』……なんて単純なっ」
陽子ちゃんは手にしたままのクッションを悔しそうにぺちっと叩いた。
つづく