第204話 化ける
文字数 2,006文字
「お察しの通りです。では僕の左手にあるトランプの一番上のカードをめくって、皆さんにも見せてあげてください」
「分かった――また!」
声を上げ、現れたハートの5を表向きにして、机にぺしっと叩き付ける部長。
先を読んでいる割に、きちっと驚いてくれる。そういう観点から見れば、マジックのいいお客さんである。
「凄いわねぇ」
副部長はハートの5をまじまじと見つめたあと、梧桐に手渡した。
「これも指先の記憶のおかげ? だとしたら、私がやっても同じようになると」
「ええ、まあ」
「そのトランプをあなたの手ではなく、机の上に置いても成功する?」
「はい、多分」
「……今、自信なさそうになりました? 無理なら無理と言ってくださいね、遠慮なく」
「大丈夫です。論じるよりやる方が早いでしょう」
両手に持っていたトランプ及び、部長が取った一枚を合わせて一つのデックとし、何度か簡単にシャッフルしたあと、机の上に置いた。
「どうぞ。先ほどの小見倉さんと同じように、指をCの字にして、クワガタムシのように挟んでください」
「男の子な形容ね。そういうの好きですよ」
副部長は目を細めて笑みを浮かべ、すいすいとカードの山から好きなだけ――三分の二ほどを持ち上げた。
秀明は彼女の持ち上げた分を受け取り、机に残る方の一番上をめくるように促した。
「このあと梧桐さんにも同じことをするのは大変でしょうから、手間を省きましょう。梧桐さん、めくってくれる?」
「え? はい、分かりました」
言われた通りにする梧桐。彼女が手に取ったカードも、ハートの5であった。
「うーん、分かんな~い! ハートの5が出ると分かっていても、気味悪い」
「そこはせめて不思議と言ってください、梧桐さん」
「不思議で気味悪い」
「……もう、それでいいです」
ため息を一つついて、トランプを集める秀明。その背中に、演劇部部長の声が掛かる。
「君の実力は分かったし、とても頼りになりそうであることも分かったわ」
トランプを揃えながら、「うん?」と自分の耳を疑った。心なしか、さっきまでと比べると粗野な感じが消えて、いかにも女性らしいしゃべりになっている。
「ですから、正式に協力を依頼したいと思います」
「――」
声に対する違和感から振り向くと、その声のした方角には小見倉ではなく、長束が立っていた。
「あれ? 今のって」
「びっくりしてもらえた? 声色です。得意なんですよ、私」
「驚くには驚きましたが、何でこんな紛らわしい真似を」
長束から小見倉へと視線を移す秀明。
「安心してくれ。私だって今のようなしゃべりをしようと思えばできる」
「いえ、別に不安になったわけではないです。理由を」
「分かってるって。この声色を使って、何かマジックにならないかと思ってな」
「……ていうことは、さっき副部長さんが仰ったのは本気の返答なんですね?」
「もちろん。何だと思った?」
「部長さんが言ってくれないと、本当かどうか分からないじゃありませんか」
「なるほど。真理だ。では改めてお願いするとしよう」
部長はつかつかと歩いて、秀明の前まで来ると軽く一礼した。
「演劇部部長から正式にお願いする。佐倉秀明君、学園祭で我々が催す劇に、マジックの監修者として協力して欲しい。――諸条件はあとで詰めるとして、スケジュールは君自身のことを優先してくれてかまわない」
「分かりました」
差し出された右手を握り返す秀明。小見倉部長の手は、話し口調とは反対で、軟らかく感じられた。
「ありがとう。よろしく頼むよ」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
約束が成立したところで、梧桐が飛んできた。肘で秀明の脇を突っつき、聞いてくる。
「スケジュールのこと、細かく決めないまま約束してしまったけれども、大丈夫?」
「何とかなるでしょ。多忙でどうにもならない場合は、動画を撮って、それを送り付けてでも指導させていただきます」
「そうか。そういう手もあるわね」
納得し、安心したからか頬が緩む梧桐。秀明が床に散らばっているトランプを拾い出すと、彼女も手伝ってくれた。
「あの、皆さん。どんなイリュージョンをご希望かだけ、早めに窺っておいた方がいいと思うのですが。準備が大変ですし、僕にできる物となると限られてきますから」
「確かにその通りね」
副部長が反応した。
「近い内に他の演劇部員との顔合わせの場をセッティングするので、そこで大掛かりなイリュージョン系マジックで何ができるのかを、言葉で説明してもらえる? 私達の方もそれまでに希望は出すから」
「了解しました。連絡はこれまで通り、梧桐さんが……?」
「もちろん」
本人が胸を張って答えた。
「ご不満なら、お好みのキャラクターの女の子を演じることができる自信あるわよ。リクエストがあれば言ってみて」
つづく
「分かった――また!」
声を上げ、現れたハートの5を表向きにして、机にぺしっと叩き付ける部長。
先を読んでいる割に、きちっと驚いてくれる。そういう観点から見れば、マジックのいいお客さんである。
「凄いわねぇ」
副部長はハートの5をまじまじと見つめたあと、梧桐に手渡した。
「これも指先の記憶のおかげ? だとしたら、私がやっても同じようになると」
「ええ、まあ」
「そのトランプをあなたの手ではなく、机の上に置いても成功する?」
「はい、多分」
「……今、自信なさそうになりました? 無理なら無理と言ってくださいね、遠慮なく」
「大丈夫です。論じるよりやる方が早いでしょう」
両手に持っていたトランプ及び、部長が取った一枚を合わせて一つのデックとし、何度か簡単にシャッフルしたあと、机の上に置いた。
「どうぞ。先ほどの小見倉さんと同じように、指をCの字にして、クワガタムシのように挟んでください」
「男の子な形容ね。そういうの好きですよ」
副部長は目を細めて笑みを浮かべ、すいすいとカードの山から好きなだけ――三分の二ほどを持ち上げた。
秀明は彼女の持ち上げた分を受け取り、机に残る方の一番上をめくるように促した。
「このあと梧桐さんにも同じことをするのは大変でしょうから、手間を省きましょう。梧桐さん、めくってくれる?」
「え? はい、分かりました」
言われた通りにする梧桐。彼女が手に取ったカードも、ハートの5であった。
「うーん、分かんな~い! ハートの5が出ると分かっていても、気味悪い」
「そこはせめて不思議と言ってください、梧桐さん」
「不思議で気味悪い」
「……もう、それでいいです」
ため息を一つついて、トランプを集める秀明。その背中に、演劇部部長の声が掛かる。
「君の実力は分かったし、とても頼りになりそうであることも分かったわ」
トランプを揃えながら、「うん?」と自分の耳を疑った。心なしか、さっきまでと比べると粗野な感じが消えて、いかにも女性らしいしゃべりになっている。
「ですから、正式に協力を依頼したいと思います」
「――」
声に対する違和感から振り向くと、その声のした方角には小見倉ではなく、長束が立っていた。
「あれ? 今のって」
「びっくりしてもらえた? 声色です。得意なんですよ、私」
「驚くには驚きましたが、何でこんな紛らわしい真似を」
長束から小見倉へと視線を移す秀明。
「安心してくれ。私だって今のようなしゃべりをしようと思えばできる」
「いえ、別に不安になったわけではないです。理由を」
「分かってるって。この声色を使って、何かマジックにならないかと思ってな」
「……ていうことは、さっき副部長さんが仰ったのは本気の返答なんですね?」
「もちろん。何だと思った?」
「部長さんが言ってくれないと、本当かどうか分からないじゃありませんか」
「なるほど。真理だ。では改めてお願いするとしよう」
部長はつかつかと歩いて、秀明の前まで来ると軽く一礼した。
「演劇部部長から正式にお願いする。佐倉秀明君、学園祭で我々が催す劇に、マジックの監修者として協力して欲しい。――諸条件はあとで詰めるとして、スケジュールは君自身のことを優先してくれてかまわない」
「分かりました」
差し出された右手を握り返す秀明。小見倉部長の手は、話し口調とは反対で、軟らかく感じられた。
「ありがとう。よろしく頼むよ」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
約束が成立したところで、梧桐が飛んできた。肘で秀明の脇を突っつき、聞いてくる。
「スケジュールのこと、細かく決めないまま約束してしまったけれども、大丈夫?」
「何とかなるでしょ。多忙でどうにもならない場合は、動画を撮って、それを送り付けてでも指導させていただきます」
「そうか。そういう手もあるわね」
納得し、安心したからか頬が緩む梧桐。秀明が床に散らばっているトランプを拾い出すと、彼女も手伝ってくれた。
「あの、皆さん。どんなイリュージョンをご希望かだけ、早めに窺っておいた方がいいと思うのですが。準備が大変ですし、僕にできる物となると限られてきますから」
「確かにその通りね」
副部長が反応した。
「近い内に他の演劇部員との顔合わせの場をセッティングするので、そこで大掛かりなイリュージョン系マジックで何ができるのかを、言葉で説明してもらえる? 私達の方もそれまでに希望は出すから」
「了解しました。連絡はこれまで通り、梧桐さんが……?」
「もちろん」
本人が胸を張って答えた。
「ご不満なら、お好みのキャラクターの女の子を演じることができる自信あるわよ。リクエストがあれば言ってみて」
つづく