第44話 さがしものは何ですか
文字数 2,046文字
* *
森宗平は金曜の夜から日曜にかけて、立て続けに夢を見た。シリーズ物の夢で、三晩かけて行きつ戻りつしつつ、一応まとまりのある内容になっていた。
それを整理して振り返ってみると……。
「佐倉か? 何だその格好わ」
最初に彼女の姿を見たとき、あまりの驚きとおかしさとで、語尾のイントネーションが変になってしまった。
「サクラ? 失礼だね。ボクはサクラなんか使わないよ」
伝統的なマジシャンと魔女っ子少女が合体したみたいな格好の佐倉萌莉が、これまた妙な言葉遣いで応じた。
「マジックに協力者を使うのは、日本では嫌われるからね。西洋では正当な種の一つだとして認められている上に、プロのサクラまで存在するというのにだ」
「えっと。そのサクラじゃなくってだな。おまえの名前だよ、名前。佐倉萌莉だろ?」
「ちっがーう! ボクの名前はアーサー・ビー・クラーク。略してABCだ」
「アーサーって、何で男の名前なんだよ」
それ以前に、西洋人らしき名前になっていることをつっこむべきかもしれなかったが。
「失礼な。男だから」
「そうか? その割に魔女っ子の姿じゃないか」
相手は、バニーガールのレオタードに燕尾服を羽織り、フレアスカートを穿いたような格好をしていた。色彩は黄色やオレンジやピンクが使われて明るく、男子の森には魔女っ子アニメのキャラクターそのものに見えた。
手を伸ばせば届く距離だったので、何の気なしにスカートに触れてみた森。裏地がちらと覗こうかというその刹那。
「ほら女――!」
途端に、電気が流れたかのようにびりびりが来た。多分そんなに痛くはなかったんだろうけど、全然予測していない衝撃に、必要以上に強い物を感じてしまったらしい。昼寝中に踏んづけられた猫みたいに、ふぎゃ、っという短い叫び声が勝手に出る。
「スカートが女性ばかりの物じゃないことぐらい、クイズが得意なら知ってるでしょ」
佐倉そっくりのABCは、右手人差し指をちっちっちと振った。
「――し、しびれた。一瞬、死ぬかと思った」
「それは君の気のせい。だって君はすでに肉体から離れた魂の存在なのだから」
「うん?」
頭大丈夫かと問おうとした。だが言われてみて初めて自覚したのだけれども、足元がふわふわとして落ち着かない。溶けかけの特大アイス大福を踏んだらこんな感触かもしれないな。
「おい、これは」
「いい? 君が元の状態に戻るためには、三つの試練をこなさなければいけないんだよ。その一つ目が、例のマジックさ」
話がどんどん進む。必死にしがみついていくのがやっとの森の前で、ABCは空っぽだった左手にステッキを出現させると、その先端で宙に四角を描いた。見る間に、大型テレビサイズのディスプレイ画面になる。
そこに映し出されたのが、初のクラブ授業で佐倉萌莉が披露したカード当て。
「そうそう、これなんだよな。録画した映像があればと思ってたんだ」
「これは君があのとき見たまんまの映像だけど、意識が向いていないところはうっすらぼやけるからね」
「……もし肝心なところを見落としていたら、ずっとぼやけたままってことか?」
それだと絶望的じゃねーか。知らず、森は両手をわななかせるポーズになっていた。
ところが幸いにも、佐倉に似たABCは首を左右に振った。
「ううん。これははっきり言っておくけれど、君は見ている。あのカードマジックの種を見破れる箇所を。だから、そこに意識を向けて閃きさえすれば、解けるはずだよっ……多分」
何なんだ、その最後の付け足しは。
いや、それよりも。
「ぼやけている場所にこそ、ヒントがあるってことか」
「ヒントというよりも、答そのものって感じだけどね。まあいずれにせよ大丈夫。第一の試練は比較的簡単だっていうのが決まりというもの」
「変なプレッシャー掛けんなよ」
森はそう言いながら、空中のスクリーンに意識を集中していた。
そして三度目の夜に見たとき、ぼやけていた画面の一部が、徐々にではあるがはっきりしていき、形作られていった。
「ケース……だよな」
目が覚めた森は上半身を起こして、しばらく、いや結構長い時間、布団の中で考え込んでいた。
(トランプを入れていたケース。あれを佐倉は持って、トランプの山に置いた)
実際のマジックの流れを思い出そうとする。
(振り返ってみれば、あのあと、ケースは大した役目を果たしていない。そもそも、重しとして乗せる必要さえなかったんじゃないか?)
思考にふけるあまり、時間が経つのを忘れていた。それに、今日が月曜日であることも。
「宗平! まだ寝てんのっ? 起きなさい、遅刻するわよ!」
いきなりの母親の声にびっくりして、心臓がどきんとなった。早まる鼓動に胸を押さえつつ、布団から抜け出た森。
だが、そのときには、まとまりかけていた考えも頭の中から抜け落ちていた。
つづく
森宗平は金曜の夜から日曜にかけて、立て続けに夢を見た。シリーズ物の夢で、三晩かけて行きつ戻りつしつつ、一応まとまりのある内容になっていた。
それを整理して振り返ってみると……。
「佐倉か? 何だその格好わ」
最初に彼女の姿を見たとき、あまりの驚きとおかしさとで、語尾のイントネーションが変になってしまった。
「サクラ? 失礼だね。ボクはサクラなんか使わないよ」
伝統的なマジシャンと魔女っ子少女が合体したみたいな格好の佐倉萌莉が、これまた妙な言葉遣いで応じた。
「マジックに協力者を使うのは、日本では嫌われるからね。西洋では正当な種の一つだとして認められている上に、プロのサクラまで存在するというのにだ」
「えっと。そのサクラじゃなくってだな。おまえの名前だよ、名前。佐倉萌莉だろ?」
「ちっがーう! ボクの名前はアーサー・ビー・クラーク。略してABCだ」
「アーサーって、何で男の名前なんだよ」
それ以前に、西洋人らしき名前になっていることをつっこむべきかもしれなかったが。
「失礼な。男だから」
「そうか? その割に魔女っ子の姿じゃないか」
相手は、バニーガールのレオタードに燕尾服を羽織り、フレアスカートを穿いたような格好をしていた。色彩は黄色やオレンジやピンクが使われて明るく、男子の森には魔女っ子アニメのキャラクターそのものに見えた。
手を伸ばせば届く距離だったので、何の気なしにスカートに触れてみた森。裏地がちらと覗こうかというその刹那。
「ほら女――!」
途端に、電気が流れたかのようにびりびりが来た。多分そんなに痛くはなかったんだろうけど、全然予測していない衝撃に、必要以上に強い物を感じてしまったらしい。昼寝中に踏んづけられた猫みたいに、ふぎゃ、っという短い叫び声が勝手に出る。
「スカートが女性ばかりの物じゃないことぐらい、クイズが得意なら知ってるでしょ」
佐倉そっくりのABCは、右手人差し指をちっちっちと振った。
「――し、しびれた。一瞬、死ぬかと思った」
「それは君の気のせい。だって君はすでに肉体から離れた魂の存在なのだから」
「うん?」
頭大丈夫かと問おうとした。だが言われてみて初めて自覚したのだけれども、足元がふわふわとして落ち着かない。溶けかけの特大アイス大福を踏んだらこんな感触かもしれないな。
「おい、これは」
「いい? 君が元の状態に戻るためには、三つの試練をこなさなければいけないんだよ。その一つ目が、例のマジックさ」
話がどんどん進む。必死にしがみついていくのがやっとの森の前で、ABCは空っぽだった左手にステッキを出現させると、その先端で宙に四角を描いた。見る間に、大型テレビサイズのディスプレイ画面になる。
そこに映し出されたのが、初のクラブ授業で佐倉萌莉が披露したカード当て。
「そうそう、これなんだよな。録画した映像があればと思ってたんだ」
「これは君があのとき見たまんまの映像だけど、意識が向いていないところはうっすらぼやけるからね」
「……もし肝心なところを見落としていたら、ずっとぼやけたままってことか?」
それだと絶望的じゃねーか。知らず、森は両手をわななかせるポーズになっていた。
ところが幸いにも、佐倉に似たABCは首を左右に振った。
「ううん。これははっきり言っておくけれど、君は見ている。あのカードマジックの種を見破れる箇所を。だから、そこに意識を向けて閃きさえすれば、解けるはずだよっ……多分」
何なんだ、その最後の付け足しは。
いや、それよりも。
「ぼやけている場所にこそ、ヒントがあるってことか」
「ヒントというよりも、答そのものって感じだけどね。まあいずれにせよ大丈夫。第一の試練は比較的簡単だっていうのが決まりというもの」
「変なプレッシャー掛けんなよ」
森はそう言いながら、空中のスクリーンに意識を集中していた。
そして三度目の夜に見たとき、ぼやけていた画面の一部が、徐々にではあるがはっきりしていき、形作られていった。
「ケース……だよな」
目が覚めた森は上半身を起こして、しばらく、いや結構長い時間、布団の中で考え込んでいた。
(トランプを入れていたケース。あれを佐倉は持って、トランプの山に置いた)
実際のマジックの流れを思い出そうとする。
(振り返ってみれば、あのあと、ケースは大した役目を果たしていない。そもそも、重しとして乗せる必要さえなかったんじゃないか?)
思考にふけるあまり、時間が経つのを忘れていた。それに、今日が月曜日であることも。
「宗平! まだ寝てんのっ? 起きなさい、遅刻するわよ!」
いきなりの母親の声にびっくりして、心臓がどきんとなった。早まる鼓動に胸を押さえつつ、布団から抜け出た森。
だが、そのときには、まとまりかけていた考えも頭の中から抜け落ちていた。
つづく