第123話 好不調の波は激しく
文字数 1,605文字
マギー王女は若き探偵師のそのような反応なぞつゆ知らず、話題を戻した。
「上の部屋は使用人の誰かの部屋だったと思うけれど、しかとは記憶していない。ただ、一使用人といえども鍵は掛けるでしょうね。在室、不在に関わらず」
「そうでしたか。……それではその者の個人情報をあとで得なくては」
「――なるほどね。お二人がどんな仮説の元に動いているのか、理解できた気がします」
にっこりと笑う王女。
宗平は先ほどの「冗談よ」の辺りから見とれてしまっていた。
「上の階から何らかの道具を使って、現場の部屋に出入りした可能性を探っている、ですね?」
「その通りです、マギー王女。思い付いたのは我々ではなく、彼一人ですが」
メインに指し示されたことで王女から注目を浴びた宗平。
「まあ。考え方が柔軟なのね。なかなか思い付けないことをこの短時間でよくぞ」
「べ、別に大したことじゃないって。多分、みんなは魔法を使える人がいるのが当たり前だと思ってるから、思い付くのがちょっと遅れただけだよ、うん」
照れつつもそう答えておいた。実際、上の階からロープ伝いに降りてくるなんて発想は、誰だって簡単に辿り着ける。魔法が当たり前に存在する世界にどっぷり浸かってきたか、よそから来たか。それだけが思い付く時間差を生んだに過ぎない。
「確かに、近年のこの国で起こる犯罪と言えば、魔法が行使されたケースばかりではある。その事実に縛られることなく、思い付けるのは君の若さだろうね」
メインにまで褒められたが、過剰評価だと自覚している宗平にとってはくすぐったいだけだった。
「ああ、もうっ。いいから次の調べに取り掛かろうぜ。上の階から行く方法が取られたかどうかは、壁を見たら大体分かるんじゃないか?」
「そうだった。マギー王女、ドアの鍵を開けられる者を呼んできますので、その者の名前をお教えください」
「今の時間であれば、メイド頭のヤーヴェよ。この上の部屋に入っているのが誰なのかもヤーヴェなら知っています」
「分かりました。呼んできます。モリ探偵師はどうする?」
「俺? だって……」
マギー王女に目を向ける。そしていくらか逡巡した宗平だったが、思い切って言った。
「王女様つったって、容疑者には違いないんだ。そんな人を犯行に関係あるかもしれない部屋の真ん前に一人きりにさせるのは問題じゃないか。――ごめんなさい」
言い終わるや、マギー王女に頭を下げる。やりにくいったらない。まさか王族を悪く言っただけで処刑の憂き目に遭うなんて事態にはなるまい。こうやって王女様が(多分)勝手に歩き回ってるくらいだし……。
心の中では楽観する宗平。しかし、メインが渋面を作っていると気付き、焦りを覚える。
(まずいこと言った? で、でも王女様自身、疑われていることはちゃんと分かっている風な口ぶりだったじゃないか)
「モリ探偵師、今の言葉はいただけないな」
「ど、どうして」
「マギー王女は城内どころか敷地の中をどこでも自由に動き回れるんだよ。こうして、お付きの者なしにね」
「……あ、そういうことか。仮に王女様が犯人で、この部屋が事件に関係していて証拠が残っているとしたら、今日まで待たなくても、いつだって証拠を消しに来られたってことになる」
「そう。ご名答だが、遅いよ。魔法が使われたとは限らないという発想の柔軟さはどこへ行ったんだい?」
「……一言もないです……」
肩を落とす宗平の横で、王女がくすくすと笑い声を立てた。彼女は口元を手のひらで隠したまま、メインに向けて言った。
「若い人をそんなにいじめるものではありませんよ。私は気分を害してはいません。どちらかというと興味がわきました、このモリ探偵師に」
そうして宗平の左腕に王女が両手を絡めてくる。
「二人で待つことにしましょう。待っている間、お話がしたい。いいですね?」
つづく
「上の部屋は使用人の誰かの部屋だったと思うけれど、しかとは記憶していない。ただ、一使用人といえども鍵は掛けるでしょうね。在室、不在に関わらず」
「そうでしたか。……それではその者の個人情報をあとで得なくては」
「――なるほどね。お二人がどんな仮説の元に動いているのか、理解できた気がします」
にっこりと笑う王女。
宗平は先ほどの「冗談よ」の辺りから見とれてしまっていた。
「上の階から何らかの道具を使って、現場の部屋に出入りした可能性を探っている、ですね?」
「その通りです、マギー王女。思い付いたのは我々ではなく、彼一人ですが」
メインに指し示されたことで王女から注目を浴びた宗平。
「まあ。考え方が柔軟なのね。なかなか思い付けないことをこの短時間でよくぞ」
「べ、別に大したことじゃないって。多分、みんなは魔法を使える人がいるのが当たり前だと思ってるから、思い付くのがちょっと遅れただけだよ、うん」
照れつつもそう答えておいた。実際、上の階からロープ伝いに降りてくるなんて発想は、誰だって簡単に辿り着ける。魔法が当たり前に存在する世界にどっぷり浸かってきたか、よそから来たか。それだけが思い付く時間差を生んだに過ぎない。
「確かに、近年のこの国で起こる犯罪と言えば、魔法が行使されたケースばかりではある。その事実に縛られることなく、思い付けるのは君の若さだろうね」
メインにまで褒められたが、過剰評価だと自覚している宗平にとってはくすぐったいだけだった。
「ああ、もうっ。いいから次の調べに取り掛かろうぜ。上の階から行く方法が取られたかどうかは、壁を見たら大体分かるんじゃないか?」
「そうだった。マギー王女、ドアの鍵を開けられる者を呼んできますので、その者の名前をお教えください」
「今の時間であれば、メイド頭のヤーヴェよ。この上の部屋に入っているのが誰なのかもヤーヴェなら知っています」
「分かりました。呼んできます。モリ探偵師はどうする?」
「俺? だって……」
マギー王女に目を向ける。そしていくらか逡巡した宗平だったが、思い切って言った。
「王女様つったって、容疑者には違いないんだ。そんな人を犯行に関係あるかもしれない部屋の真ん前に一人きりにさせるのは問題じゃないか。――ごめんなさい」
言い終わるや、マギー王女に頭を下げる。やりにくいったらない。まさか王族を悪く言っただけで処刑の憂き目に遭うなんて事態にはなるまい。こうやって王女様が(多分)勝手に歩き回ってるくらいだし……。
心の中では楽観する宗平。しかし、メインが渋面を作っていると気付き、焦りを覚える。
(まずいこと言った? で、でも王女様自身、疑われていることはちゃんと分かっている風な口ぶりだったじゃないか)
「モリ探偵師、今の言葉はいただけないな」
「ど、どうして」
「マギー王女は城内どころか敷地の中をどこでも自由に動き回れるんだよ。こうして、お付きの者なしにね」
「……あ、そういうことか。仮に王女様が犯人で、この部屋が事件に関係していて証拠が残っているとしたら、今日まで待たなくても、いつだって証拠を消しに来られたってことになる」
「そう。ご名答だが、遅いよ。魔法が使われたとは限らないという発想の柔軟さはどこへ行ったんだい?」
「……一言もないです……」
肩を落とす宗平の横で、王女がくすくすと笑い声を立てた。彼女は口元を手のひらで隠したまま、メインに向けて言った。
「若い人をそんなにいじめるものではありませんよ。私は気分を害してはいません。どちらかというと興味がわきました、このモリ探偵師に」
そうして宗平の左腕に王女が両手を絡めてくる。
「二人で待つことにしましょう。待っている間、お話がしたい。いいですね?」
つづく