第163話 ムキムキっていうんじゃないよ
文字数 1,704文字
「それが言葉ではうまく説明する自信がない……なので、昔、テレビでやっていたのを録画した分をシュウさんが持って来てくれることになってるの。あとで借りて見てみて」
「わあ、ありがとう」
「どういたしまして」
水原さんから感謝され、気分がいい。けど、会話をしっかり聞いていた陽子ちゃん達から「何それ。物凄く見たいんですけど」と抗議されてしまった。
「先生、視聴覚教室は?」
今日学校で見られないかと考えたらしい、朱美ちゃんが相田先生に聞いている。
「いきなりは無理かもしれない。それよりも何よりも、佐倉。昔のテレビ番組なんだろ? 録画って、どっちだ」
「どっち?」
質問の意味を汲み取れず、顔をしかめる。その間にも、指はコインを触って、感覚を慣らしておくのを忘れない。
「ひょっとしてVHSとかベータのビデオじゃないか?」
「ああ……そういえば、今よりも小さい頃に見せてもらったとき、ビデオデッキだったような」
おぼろげな記憶しかないけど、そんな気がする。マジック業界は権利関係に敏感なのか、それともシュウさんの元々の性格故なのかしら、おいそれとDVDやブルーレイにダビングしているとも考えにくい。
となると、真っ先に心配すべきは。
「水原さんとこは、ビデオデッキは……?」
「あります。長い間使わずに仕舞い込んであると思うから、動くかどうか不安だけど」
その返答に、ひとまず胸をなで下ろす。
ビデオかどうか、考えても分かるはずがないので、予定していたマジックに戻ろう。
最初にやったコインマジック、実を言うと、五百円玉はサイズが大きいので、トランプのカードではちょっと隠しづらい。一枚の下に四枚も集めるとなったら気を遣う要素が増える。他の種類の硬貨でもできるのに、敢えて五百円玉を使ったのには、一応理由がある。
それは、二つ目にスムーズにつなげるため。途中でコインを交換したくなかった、ただそれだけ。
私はこのところ集中的に練習してきたマッスルパスを、どうしても披露したかったのだ。
マッスルパスは、コインを飛ばす技術で、マジックに用いられるだけでなく、マッスルパスだけで競技大会が開かれることもあるらしい。
手のひらの中央やや親指寄りの筋肉?を使って、コインを上向きに飛ばすのが真骨頂。小さいコインだと軽いが挟みにくい、大きいコインだと重いが挟みやすい、という長所と短所を併せ持っている。今の私の場合だと、五百円硬貨でしか成功していない。しかも、高さは十センチ未満、右手でしかできないんだけど。
コインが下から上へ、すーっと、まるで浮き上がるみたいに移る様は、ちょっと信じられない動きで、初めて目の当たりにしたら感動するかも。じゃなきゃ、超強力な磁石だろ!って疑うかな。
今回、全部をみんなに見せるのはもったいない。これからのサークル活動も見据えて、出し惜しみさせてもらおう。
「ここに一枚の五百円玉があります」
右手に持って、場にいる全員によく見せる。併せて、左手の方は空っぽということも示した。ちなみに残り三枚の硬貨は、テーブルに置いてる。
「これからある動作をするので、そのあと、硬貨がどちらの手にあるかを当ててみて」
言いながら、私は身体の前で両手を交差させた。右の方が手前で、左手はみんなの目から右手を隠す位置に持って行く。
本当なら、まずは簡単に当てられるよう、コインを両手の間でキャッチボールしてもいいんだけど、時間を考えて、いきなり技術を使うことに。右手の指に力を流し込むイメージで、コインを飛ばした。よし、うまく左手でキャッチできた。
「さあ、どっち」
両拳とも握って、手の甲を上に向けた形で前に出す。
「うん?」
つちりんが訝しげに唸り、何度も瞬きをした。
「何にも起きなかったみたいに見えた」
陽子ちゃんの言葉が、多分、見ているみんなの共通した感想だと思う。
「普通に考えたら、移ってないから右手なんだけど」
「これはマジックだから、左手、だよな」
水原さん、森君とリレーのように言った。
「そういう読みはなし。見たままで答えてよ」
つづく
「わあ、ありがとう」
「どういたしまして」
水原さんから感謝され、気分がいい。けど、会話をしっかり聞いていた陽子ちゃん達から「何それ。物凄く見たいんですけど」と抗議されてしまった。
「先生、視聴覚教室は?」
今日学校で見られないかと考えたらしい、朱美ちゃんが相田先生に聞いている。
「いきなりは無理かもしれない。それよりも何よりも、佐倉。昔のテレビ番組なんだろ? 録画って、どっちだ」
「どっち?」
質問の意味を汲み取れず、顔をしかめる。その間にも、指はコインを触って、感覚を慣らしておくのを忘れない。
「ひょっとしてVHSとかベータのビデオじゃないか?」
「ああ……そういえば、今よりも小さい頃に見せてもらったとき、ビデオデッキだったような」
おぼろげな記憶しかないけど、そんな気がする。マジック業界は権利関係に敏感なのか、それともシュウさんの元々の性格故なのかしら、おいそれとDVDやブルーレイにダビングしているとも考えにくい。
となると、真っ先に心配すべきは。
「水原さんとこは、ビデオデッキは……?」
「あります。長い間使わずに仕舞い込んであると思うから、動くかどうか不安だけど」
その返答に、ひとまず胸をなで下ろす。
ビデオかどうか、考えても分かるはずがないので、予定していたマジックに戻ろう。
最初にやったコインマジック、実を言うと、五百円玉はサイズが大きいので、トランプのカードではちょっと隠しづらい。一枚の下に四枚も集めるとなったら気を遣う要素が増える。他の種類の硬貨でもできるのに、敢えて五百円玉を使ったのには、一応理由がある。
それは、二つ目にスムーズにつなげるため。途中でコインを交換したくなかった、ただそれだけ。
私はこのところ集中的に練習してきたマッスルパスを、どうしても披露したかったのだ。
マッスルパスは、コインを飛ばす技術で、マジックに用いられるだけでなく、マッスルパスだけで競技大会が開かれることもあるらしい。
手のひらの中央やや親指寄りの筋肉?を使って、コインを上向きに飛ばすのが真骨頂。小さいコインだと軽いが挟みにくい、大きいコインだと重いが挟みやすい、という長所と短所を併せ持っている。今の私の場合だと、五百円硬貨でしか成功していない。しかも、高さは十センチ未満、右手でしかできないんだけど。
コインが下から上へ、すーっと、まるで浮き上がるみたいに移る様は、ちょっと信じられない動きで、初めて目の当たりにしたら感動するかも。じゃなきゃ、超強力な磁石だろ!って疑うかな。
今回、全部をみんなに見せるのはもったいない。これからのサークル活動も見据えて、出し惜しみさせてもらおう。
「ここに一枚の五百円玉があります」
右手に持って、場にいる全員によく見せる。併せて、左手の方は空っぽということも示した。ちなみに残り三枚の硬貨は、テーブルに置いてる。
「これからある動作をするので、そのあと、硬貨がどちらの手にあるかを当ててみて」
言いながら、私は身体の前で両手を交差させた。右の方が手前で、左手はみんなの目から右手を隠す位置に持って行く。
本当なら、まずは簡単に当てられるよう、コインを両手の間でキャッチボールしてもいいんだけど、時間を考えて、いきなり技術を使うことに。右手の指に力を流し込むイメージで、コインを飛ばした。よし、うまく左手でキャッチできた。
「さあ、どっち」
両拳とも握って、手の甲を上に向けた形で前に出す。
「うん?」
つちりんが訝しげに唸り、何度も瞬きをした。
「何にも起きなかったみたいに見えた」
陽子ちゃんの言葉が、多分、見ているみんなの共通した感想だと思う。
「普通に考えたら、移ってないから右手なんだけど」
「これはマジックだから、左手、だよな」
水原さん、森君とリレーのように言った。
「そういう読みはなし。見たままで答えてよ」
つづく