第215話 手の中の不思議、効果あり

文字数 2,025文字

「お、おう。そうだったのか」
 応じながら頭の中で、数えるときの声を自ら再生してみる。テン、ナイン、エイト……を続けて言っているときのリズムと、それらの頭文字、テ、ナ、エ……を言うときのリズムは確かに佐倉の言う通り、似ている。そっくりだ。
「でも俺、佐倉さんの前で英語でカウントダウンしたことなんてあったっけ?」
「だいぶ前だけど、ロケットの打ち上げごっこをやってたときに、勝手に聞こえて来たわよ」
「ロケット……」
 これはまた少々恥ずかしい思い出を掘り起こされてしまった。自身が赤面するのを感じて、宗平は顔をごしごしこするふりをした。
「それにしても、いい問題だよね。文章で出題されてたら、私もまだ解けていなかった気がする」
 不意にほめ言葉が耳に届いて、こするのをやめる。
「よせやい。武士の情けはごめんだ」
「本心から言ってるよ。ねえ、みんなもそう思わない? いい問題、いいパズルだったって」
 佐倉が呼び掛けると、クラスのそこかしこから「思う」「答を聞いて、あ!ってなった」と声が上がり、大勢がうんうんと頷いた。
「これは認めないわけにはいかんな」
 相田先生はそう言うと肩をすくめた。

 授業が終わって、宗平は机に突っ伏した。
 散々な目に遭った――と、心身共に疲れ切っていたせいだが、周りの友達、特に男子からは授業時間を短くしたことでちょっとしたヒーロー扱いをされた。
 口は悪いが根はまじめな方なので、そんなくだらないことで褒め称えられても嬉しくない。適当にあしらって、教室の外へさっさと逃げてきた。
(ったく。最初っからパズルの授業なんてのがあったのなら、鼻高々なんだけどな。授業中に考える癖、やめた方がいいか……おっ?)
 特に行きたくもないがトイレに向かっていると、階段を上がりきったところにあるスペースで、佐倉が一人で何かやっているのが目に留まった。
 いや、最初はただ突っ立ているだけに見えた。しかしよくよく目を凝らすと、彼女の両手の間で何かが行き来している。
(何やってんだろ? お手玉? 違うよなあ)
 距離がまだある内に立ち止まって、それとなく観察していると、佐倉が他人には気付かれないように、その何かをやっているらしいと分かった。
「もしかして、マジックの練習?」
 ぴんと来て、無意識の内に声に出た。
 そんな宗平の声が聞こえたのかどうかは分からないが、佐倉の顔がこちらを向く。宗平に気付いたようだ。その刹那、彼女はびっくりしたみたいに目を丸くしたが、すぐに笑みをこぼした。そして手の動きを止めることなく、宗平の方へ近付いてくる。
「なに見てるのよ」
 笑顔の割に、ちょっとつっけんどんな物言いをされ、宗平はへそを曲げそうになった。が、ここは我慢する。じろじろ見ていたのが自分なのは紛れもない事実。
「何やってるのかなーと思っただけだよ」
 目線を手の方へやりながら答える。そして宗平は「あ」と声を上げた。近くで見て、ようやく佐倉のやっていることがはっきりしたのだ。
「あ、驚いた? うれしい。上達した証拠だわ」
「おま、それ……見えない糸でも着いてるみたいだぞ」
 宗平が指差した先では、佐倉の両手の間、十五センチから二十センチほどの空間を、銀色の円盤状の物体が行き来している。驚かされたのはその方向。右手が下、左手が上の位置関係で、右手のひらに置いた小さな円盤がふわっと飛び立ち、吸い付けられるかのように左手に収まる。
「何て言うか、超能力っぽい動きだけど、佐倉……さんがやってるんだからマジックなんだよな?」
「もちろんよ。あー、今、思わず『超能力マジックよ』って答えそうになったわ。危ない危ない」
「何が危ないって?」
「超能力があるかのようにふるまうこと。シュウさんからしてはいけないって言われているの」
 秀明のニックネームを出されて、宗平は少しむっと来た。けれどもここも我慢。言っている内容は正しいとすぐに理解できたから。
「森君も、マジックが上手になってくると、種があるんだと自分自身分かっているのに、他の人にはない特別な力でやっているんだって錯覚しちゃうことがあるかもしれない。念のため気を付けてね」
「それはいいけど、おまえはどうだったんだ。師匠から注意されるってことは、錯覚してた頃があったってか?」
「うん、もっと小さいときね。それと最近では水原さんにサークルに入ってもらいたくて、マジックを使ってちょっとした奇跡っぽいことを演出しちゃったでしょ。あれ、なかなか言い出せなくて」
「ふうん。佐倉さんも色々気を遣って苦労してるんだな」
「そう、苦労って言えば、これよ。マッスルパスと言って、コインを飛ばすテクニック」
 また右手から左手へとコインをふわっと浮かせる佐倉。何をどうやったらこんな動きで飛ばせるのか、想像も付かない。
「すげえ」
 感嘆・感心の言葉ばかり出て来た。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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