第1話 魔法のためにサークルを描こう

文字数 2,891文字

「キジュツブ?」
 親友の陽子ちゃん――木之元陽子(きのもとようこ)は、奇妙なアクセントでおうむ返しをしてきた。
 私、佐倉萌莉(さくらもり)は机の両端を掴み、鼻がその表面に着きそうになるくらい頭を下げた。お下げにした髪が垂れてくる。
 今いるこの場所は自分達のクラスで、もう他には誰も残っていない。当番のそうじが終わったあと、私から陽子ちゃんに話し掛けたのだ。
「そうなの。お願い! まずサークルとして認めてもらえるように、私以外に五人、かき集めなくちゃ」
「いや、その規則は知ってるけど。キジュツブって何するとこ? ずうっと国語や作文の勉強するとかだったら、嫌だよ。断る」
 セーラー調のシャツの襟元から、下敷きで風を送る陽子ちゃん。いくら男の子みたいななりをしてるからって、少しは人目を気にした方が。確かに今日は、四月下旬にしては異様に暑いけれども。
 そんなことよりも、勘違いを訂正しなくちゃ。
「その記述じゃないってば。マジックよ」
「……やっぱり、字を書くんじゃないの」
「書く道具のマジックじゃなくって! 奇術! マジシャンのマジック!」
「はいはい。分かっててぼけました。私もマジックは好きだから、入ってもいいよ」
「ほんと? ありがと。じゃ、早速ここに名前を」
 下を向いてランドセルから申請の用紙をいそいそと取り出し、その名簿欄を指差す。そこへ、陽子ちゃんの「でもねえ」という声が被さった。面を起こす私に、台詞が続く。
「サークルってことは、指導してくれる人、いないんでしょ」
「それはまあ、当然。最初だからしょうがないよ」
「小学生の私らだけが五、六人集まって、どんなマジックができるの?」
「それは……売ってる本とか奇術道具を使って、練習していくぐらい」
「お金は? 予算も当然、ないんだよね」
「うぅ……お小遣いの中から……うー」
 切る自腹がない。入門書的な本ならまだしも、奇術用品の価格を知っているだけに、なおのこと。
 私が唸ったからか、陽子ちゃんは下敷きをこちらに向けて扇ぎ始めた。
「ちょっとしたマジックブームもあったし、私やサクラじゃなくても、知ってるマジックの一つや二つはあると思うわよ。けど、そういうのをお互いに見せ合いっこしても、すぐネタ切れになって、やることなくなるんじゃないかなあ」
「いいもん。いざとなったら、シュウさんに頼んでみる」
 シュウさんていうのは、私の従兄弟、佐倉秀明(さくらしゅうめい)さんのこと。五つ年上の高校一年生で、私と同じマジック好き。しかも、小さい頃から練習を積み重ねてきただけあって、素人とは思えないくらいの腕を持ってるの。格好よくて、もう、憧れちゃう。
「秀明さんなら会ったことあるけど、確か高校に入ったばかりじゃ? 忙しくて、私らの相手をするほど暇じゃないと思われ」
「優しいから、頼めば何とかなる!……と信じてるわ」
「……サクラ、あのさぁ~。やる気とか積極性は凄いなと認めるんだけど、順番が間違ってる気がするよぅ。先に、秀明さんに協力をお願いして、約束してもらってから、部員を集めればいいのに」
「じ、時間がなかったのよ」
 痛いとこ突かれたと感じつつ、私は口を尖らせて言い訳する。私だって、陽子ちゃんの言う段取りを考えなかったわけじゃない。でも、期間が短いのが悪いんだ。四月八日に新学年が始まり、新しい部(またはサークル)を作りたい人は四月末までに申請書を出すのが決まり。
 え? 春休みか、もっと前から準備してればいいって?
 一理あるけれど、シュウさんは高校受験真っ直中&卒業旅行&入学準備でつかまらなくて、頼めなかったの。どうしようどうしようと迷ってる内に、五年生になって、準備不足のまま、部員集めに突入するしかなかった。
 とまあ、そんなことを理由に、私が説明すると、陽子ちゃんは何故だかため息をついた。
「それならそれで、はったりを効かせるのも手だよ。マジックのすっごくうまい従兄弟が教えてくれることになってるから、奇術部に入らない?ってな感じでさあ」
「そういう不確かな約束は、私、できない」
「だから、さっきから言ってるように、はったり――ま、しょうがないか。こういうのは苦手だもんね、サクラって」
 マジックが大好きな割に、ばれたときに自分が困る嘘はつけない質だ。人を驚かせたり喜ばせたりするためなら、嘘をつき通す自信あるのだけれど。
「その話は横においとくとして」
 陽子ちゃんは、空間に両手で幅を取り、見えない箱を持ち上げ、降ろす動作をしてみせた。
「私は入るから、あと四人の目星は?」
「正直言って、苦しいんだよねー。たいていの人は、どこかの部にもう入ってるから。それに最初は、できれば女子だけで始めたいと思ってるし」
「どこにも入ってなくて、マジックに興味を持ちそうな友達……ううん、友達に限定してたら、無理っぽい」
「うん。あんまり喋ったことなくても、知ってる人なら全員に声を掛けなくちゃいけない気がしてる」
「喋ったことないで思い出した。ちょっと前、不知火(しらぬい)さんがマジックの本を読んでいたの、見掛けた記憶がある」
「不知火さんかあ」
 この間覚えたばかりの二字熟語で表すなら、寡黙。本好きで勉強もできるみたいなんだけど、ほとんど喋らない。
 暗いとか怖いとかは全然ないんだけど。近寄りがたいイメージがある、というよりこっちが勝手にイメージを持っちゃってるからかなあ。誘いにくさランキング女子のトップ。
「あの人、何でも読むよね。マジックだって、そのときの一瞬だけ興味があって読んでたんじゃない? 今日はもう全然違う本読んでた。確か、ピアノのエッセイ」
「そんな理由を付けて、誘わないってのはどうかと思うよ」
「うー、確かに」
「さっき、知ってる人なら全員に声を掛けなくちゃって言ったの、忘れてないんでしょ。その意気込みはどうしたっ」
「分かった。区別しない」
 私はこくりと頷いて見せ、ランドセルをまた開けた。申請用紙とは別にノートを取り出し、あいているところに不知火さんの名前を書く。残り四人の枠を埋める、候補者一人目。
 と、手が止まってしまった。
「……不知火さんの下の名前って、はるか、だよね。漢字がぼやーっとしか分からない」
「何ともはや失礼な。頼むときまでには書けるようになっとかないと。って、私も書けないんだけど」
 学校は携帯端末類持ち込み禁止。
 授業で使う専用の端末があるけれど、自由に持ち出せない。そんな端末が教室にあるおかげで、紙の辞書が一切置かれてない。
 分からない漢字を知ろうと思ったら、図書室まで行って、国語事典か何かを紐解かなくちゃならない。
 そこまで連想して、私は、あっと声を上げた。切り替えよう。
「ちょうどいいわ。図書室に行けば、不知火さん、いるかも」
「なるほど。本の虫だからね。時間的にもまだ閉まってないか。よし、付き合う」
 教室の時計を見上げた陽子ちゃんは、笑みとともに目線を戻して同意してくれた。

つづく
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み