第135話 馭者を御するは容易いか
文字数 1,484文字
「保管場所はここです。あ、いや、正しくは、元・保管場所ですか」
厩舎の裏手に小屋があった。もう調べは終わり、残りのエルクサムの保管もよそに移されたからなのか、鍵は掛かっておらず、自由に出入りできるようだ。
「自分はまだ入らない方がよいと言われているのですが、その弁護士の先生から」
「何で? 衛士による調査は完了しているはず」
「たとえ調査済みであろうと、不用意に出たり入ったりしていたら、あとでどんな難癖を付けられるか分かったものじゃない。物証を持ち出したなとか、他人に罪を着せるために偽装工作をしたなとか。そう言われたので。いえね、自分自身は王族の方々は言うに及ばず、衛士隊の皆さんの捜査にも信頼を置いているのですよ。ほんと、このような栄誉ある仕事に就かせていただいて、自慢の種でした。それがこんなことになって、非常に悔しい思いをしておるんですよっ」
最後は感極まったか、語調が激しくなったフィリポ。そんな様子を目の当たりにすると、つい、この人は犯人ではないんじゃないかと思ってしまう宗平。だけど、と、意識して力を入れてかぶりを振った。根拠もなしに印象のみで判断する愚は犯さないようにと、肝に銘じる。
「入る入らないはあなたの自由だけど、どこに何があるのかは教えてもらいます」
そう言い置いて、先頭を切って小屋に足を踏み入れようとした宗平。だが、あることに引っ掛かりを覚え、扉の前でくるりと一八〇度、向きを戻した。そのまま、マルタとフィリポ、どちらに聞くともなしに尋ねる。
「あのさ。気になったんだけど、弁護士を雇うのにお金って掛かるよね?」
「言うまでもなく」
マルタが答えた。
「この国では安いんだろうか?」
「いえ。おしなべて高額な料金を設定しているはずです」
やり取りの途中でマルタも宗平の言いたいことに察しが付いたらしい。かすかに頬を緩めたのが分かった。
「着手するだけでも、前払いをするのが国の習わしです。ちなみにですが、我が国には国選弁護の制度はありません。専門家を雇えない人は知り合いの中から選んで頼むくらいしかできない」
「そうなんだ? だったらフィリポさんは、お金、どうやって作ったの?」
「え――っと」
馭者の目が泳ぐ。いきなり切り込むような質問にたじろいだだけではなく、動揺しているに違いなかった。やはり、フィリポよりもジュディの方が神経が図太いのかもしれない。
「まさかとは思うけど、借りたお金で大博打に出て、たまたま当たって、今や大金持ちってことはないよね?」
「……」
フィリポはその言い訳があったかと言わんばかりにしかめ面をなした。基本的に嘘が下手なんだろう。対戦式のギャンブルにもきっと向いていない。
「正直に話した方が、印象はよくなるんじゃないかなあと、俺は思うよ。決めるのはあなた自身だけどさ」
「……ジュディ・カークランが都合してくれました」
口を割るのも早い。この男と組んでギャンブルに臨むのだけはやめた方がいい。
それはさておき、飛び出したその名前に、宗平は目を丸くした。
「おお? あの人なら結構稼いでいそうだけど、何で彼女があなたに弁護士費用を出すんだろ?」
普通、思い付くのはいわゆる男女の仲ってやつであろう。しかし、これまでの捜査でそのような事実は浮かび上がっていない。だったら違うはずだ。近い職場にいる者同士が恋愛関係に落ちたのなら、何らかの形でばれて、少なくとも噂程度にはなっているものだろう。
「わ、分かりません」
ぷるぷると首を水平方向に振りながら、フィリポは答えた。
つづく
厩舎の裏手に小屋があった。もう調べは終わり、残りのエルクサムの保管もよそに移されたからなのか、鍵は掛かっておらず、自由に出入りできるようだ。
「自分はまだ入らない方がよいと言われているのですが、その弁護士の先生から」
「何で? 衛士による調査は完了しているはず」
「たとえ調査済みであろうと、不用意に出たり入ったりしていたら、あとでどんな難癖を付けられるか分かったものじゃない。物証を持ち出したなとか、他人に罪を着せるために偽装工作をしたなとか。そう言われたので。いえね、自分自身は王族の方々は言うに及ばず、衛士隊の皆さんの捜査にも信頼を置いているのですよ。ほんと、このような栄誉ある仕事に就かせていただいて、自慢の種でした。それがこんなことになって、非常に悔しい思いをしておるんですよっ」
最後は感極まったか、語調が激しくなったフィリポ。そんな様子を目の当たりにすると、つい、この人は犯人ではないんじゃないかと思ってしまう宗平。だけど、と、意識して力を入れてかぶりを振った。根拠もなしに印象のみで判断する愚は犯さないようにと、肝に銘じる。
「入る入らないはあなたの自由だけど、どこに何があるのかは教えてもらいます」
そう言い置いて、先頭を切って小屋に足を踏み入れようとした宗平。だが、あることに引っ掛かりを覚え、扉の前でくるりと一八〇度、向きを戻した。そのまま、マルタとフィリポ、どちらに聞くともなしに尋ねる。
「あのさ。気になったんだけど、弁護士を雇うのにお金って掛かるよね?」
「言うまでもなく」
マルタが答えた。
「この国では安いんだろうか?」
「いえ。おしなべて高額な料金を設定しているはずです」
やり取りの途中でマルタも宗平の言いたいことに察しが付いたらしい。かすかに頬を緩めたのが分かった。
「着手するだけでも、前払いをするのが国の習わしです。ちなみにですが、我が国には国選弁護の制度はありません。専門家を雇えない人は知り合いの中から選んで頼むくらいしかできない」
「そうなんだ? だったらフィリポさんは、お金、どうやって作ったの?」
「え――っと」
馭者の目が泳ぐ。いきなり切り込むような質問にたじろいだだけではなく、動揺しているに違いなかった。やはり、フィリポよりもジュディの方が神経が図太いのかもしれない。
「まさかとは思うけど、借りたお金で大博打に出て、たまたま当たって、今や大金持ちってことはないよね?」
「……」
フィリポはその言い訳があったかと言わんばかりにしかめ面をなした。基本的に嘘が下手なんだろう。対戦式のギャンブルにもきっと向いていない。
「正直に話した方が、印象はよくなるんじゃないかなあと、俺は思うよ。決めるのはあなた自身だけどさ」
「……ジュディ・カークランが都合してくれました」
口を割るのも早い。この男と組んでギャンブルに臨むのだけはやめた方がいい。
それはさておき、飛び出したその名前に、宗平は目を丸くした。
「おお? あの人なら結構稼いでいそうだけど、何で彼女があなたに弁護士費用を出すんだろ?」
普通、思い付くのはいわゆる男女の仲ってやつであろう。しかし、これまでの捜査でそのような事実は浮かび上がっていない。だったら違うはずだ。近い職場にいる者同士が恋愛関係に落ちたのなら、何らかの形でばれて、少なくとも噂程度にはなっているものだろう。
「わ、分かりません」
ぷるぷると首を水平方向に振りながら、フィリポは答えた。
つづく