第187話 子供はちょっと言葉にしづらい

文字数 2,001文字

 私達が疑問を言葉にする前に、シュウさんは新たにカードを取り出すと、自分だけ表の面を見て何やらざっと確認した。
「事前の準備に何をすべきかを言うよ。まず四枚のエースを選び出し、四枚を重ねてトランプの束の一番上に置く。もちろん裏向きで」
 それからヒンズーシャッフルを始めた。普段に比べて明らかにスローだ。
「こういう風に四枚のエースを含む数枚をまとめて切ることは簡単なはず」
 シャッフルの最初でエース四枚を含む数枚が前にスライドし、束の下に持っていかれる。続けてシャッフルし終わると、シュウさんは新たに説明した。
「この状態でもエース四枚はだいたい上の方に来ていることが分かるよね? そこで最後にこうして指を両サイドから添えて、前に抜くとほら」
 見せてくれたカードは四枚で、しかも最初にセットしたエース達だった。
「え? どうやったの?」
「そこの解説は後回しにするから。この四枚を束の一番上に置いて、それからお客さん四名に上から順番に引いてもらう。これだけシャッフルしたのだから、どんな細工も不可能に見えるのが肝だよ」
「いやいや、肝はどうやって四枚のエースを抜き取るか、だろ」
 森君が執着するのも無理ない。私だって答を早く知りたい。一つ、思い付いたのがあるにはあるけれども、こういう使い方をするのは知らなかった。
「実は四枚のエースは他のカードと形が違うんだ」
「……え?」
「うん?」
「嘘だ。同じに見える」
 当然の感想が返ってくる。シュウさんは余裕の笑みを覗かせつつ、問題の四枚からスペードのエースを取り上げ、別のカード――ここではダイヤの5と重ねてみせる。
「一緒に見えるんですけど」
「そうかい? まあ仕方がないか。ほんのわずかな差なんだ。他のカードが長方形であるのに対して、数ミリ以下のレベルでエースはどれも台形になっている」
 やっぱり。私が頭に思い浮かべた仕掛けの応用だった。
 マナーとして詳しい説明は省くけれども、カードマジック用に細工がしてあるトランプはたくさんある。その中でも台形にカットしてある“これ”はかなり歴史がある、らしい。元々はポーカーなどのギャンブルでイカサマ用に作られたとも言われているけれども、その辺りはよく知らない。私が知っているのはこの細工が施されたカードの名称だ。シュウさん、なかなか教えてくれなかったんだけど、いざ教えてもらえたときになってシュウさんが渋っていたのちょっと理解できたっけ。
 私も言葉にしたり書いたりするのはだいぶ恥ずかしい。全然関係ないと頭では分かっていても、この名称を初めて聞く人にとって真っ先に思い浮かべるのは違うことに決まっているから。
 はあ……引っ張ってもしょうがない。さらっと済ませようっと。
 ストリッパーデック。
 それがこの奇術用のトランプに付いた名前。
 確か引っこ抜くとか抜き取るとか、そういう意味の英語から来ているそうだけど、別の名前にしないのはどうしてなんだろう。台形って名付けたら種がばればれになってまずいのはさすがに分かるけれどさあ。
 ともかく。
 ほんの少しの角度の差で台形になっているカードは、他の通常のカードに比べて出っ張りがある。その出っ張りを手掛かりに自由に抜き取ることができるっていう代物なのだ。確かにこの特殊なカードを用いれば、私達でも比較的簡単にできる。
 と、私がこんな風に言えるのは、実際に試した経験があるからかも。事実、他のみんなは形がちょっぴり違うくらいでそんなに分かるものなの?と疑いの眼をシュウさんに向けている。
「論より証拠。触ってみるといいよ」
 シュウさんは四枚のエースを元のトランプの束(デック)に戻し、きれいに揃える。いや、ほんとは形が違うのだからきれいには揃わないんだけれどね。
「一番やかましかった森君から」
 余分な形容を付けられた森君は唇をとがらせて不満そう。だったけれども、くだんのトランプを手に取り、再度の感触を確かめた途端に変わった。まず驚きで目が見開かれ、次いで何度もデックの側面を撫でる。
「すげー、はっきり分かる」
 そうしてからエースを一枚だけ引き抜くことに成功した。
「これが優れものってやつ? 信じられないくらい簡単」
「だろ? 納得したら独り占めしてないで、他の子に回してあげて」
 森君はもう一度だけエースを抜き取ってから、最も近くにいた陽子ちゃんにカードを渡した。
 陽子ちゃんも似たような手順で素早く試して、「おおー、よくできてる」と感想を述べた。続いて朱美ちゃん。さすがと言ったら語弊があるけれども、すぐさま「これはイカサマに使える。やばい」と言い切った。
 一方、つちりんもらしいというか、「占いに使える。インチキ占いだけど」と苦笑交じりに言ってから、シュウさんに「これの名前を教えてください」と頼んだ。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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