第12話 相田先生、サークル顧問やるってよ

文字数 2,821文字

「まさか本当に五人集めるとは」
 相田先生が言った。左手を後頭部にやって、右手には私が今出したばかりの申請用紙。
「それじゃ、通るのは間違いないから、週単位の活動計画、だいたいでいいから書いて出しといて。なるべく早めに」
「えっと、先生の都合を聞かないと」
 私達の学校では、授業の一環として、クラブ活動のコマが毎週金曜の六時間目に割り当てられている。四月いっぱいは見学で、入るクラブを決めて、五月の連休明けから本格的にスタート。
 その授業以外の放課後や早朝の活動についても、申請して認可されれば行える。普通、上乗せするのは週一。
「そうだったな。と言っても基本的に空いてるからなあ。暇ってんでもないだけど、どの曜日でも一緒というか。ああ、月曜日にしたら、休みが増えるかもしれんぞ」
「え? どういう……」
「振替休日で月曜が休みになることがあるだろ。いっぱい活動したいなら、月曜は避けなさい。そういう意味」
「ああ……」
 理解した。
「それでは急いで書いて持ってきます」
「うん――うんで思い出した。運がよければ、どこか空いてる教室使えるかもしれないから、リサーチした方がいいかもな」
「は、はあ」
 今のはギャグなのかな? 一応、顔だけ笑っておこう。
「失礼しました」
 職員室を出て行こうとしたとき、「あ、それから」と相田先生に呼び止められた。
「は、はい、何でしょう」
「よくがんばった。短い間に、よく集めた。好きこそ物の何とやらだな」
「――ありがとう……ございます」
 ほめられた。
 私は授業だけでなく、普段の生活や態度なんかでも、引っ込み思案で通っている。自覚もある。
 授業ではたとえ答が分かっていても積極的に手を挙げることは滅多にないし、発言も無難と思えることばかり。友達付き合いが悪いとか無口とかではなくって、目立つポジション、主役が怖い。委員や班長を決めるときに立候補なんてとんでもない。劇で役をもらうなら、村人その3でも遠慮して、その辺の木でいいと思う。道に迷った経験はないけれども、もし知らない人に道を尋ねるとしたら、相当に追い込まれてからじゃないと無理かもしれない。
 別にこれがだめだとは思わないし、私は私だと思うんだけど、積極的な子がうらやましいと感じる場合もたまにある。
 そんな自分でも、奇術サークルを設立することができた。密かな自慢、自信になっていたのだが、先生にほめられて何だか認められた、見ていてくれたって実感できた。つまり――うれしかった。
 これで当分、がんばれる。

「どうでした?」
 図書室を覗くと、待っていてくれた不知火さんが静かな急ぎ足で出て来た。
「承認は問題ないって。次は、週単位の活動計画を簡単にでいいから早めに出さなくちゃ」
「何とも二度手間ですね。申請書に書いたのは、設立の趣旨みたいな感じでしたし、作る前に細かな日程を組むのも難しいんでしょうけど、一度で済ませるようにしてもらいたいわ」
「……」
「どうかしました?」
「いや、不知火さんてほんと、こんなによく喋る人だったんだなって、改めて驚いてしまって」
「それは私も同じです」
「へ?」
「私は佐倉さんが、こんなリーダーシップを取るタイプだとは、全く想像していませんでした。――そんな人が新しくサークルかクラブかを作ろうとしているのでしたら、応援したくなるものなんだと身をもって体験しています、今」
「そりゃもう、好きなことだからっ」
 ここにも見てくれてた人がいる。
 そして、そんな風に見られていたからこそ応援されたっていうのは、怪我の功名になるのかしら。
「ところで提出はいつまでですか」
「え? ああ、週単位の。特に言われなかったけれど、次に学校に来るときはもう連休明けになっちゃうね」
 今日は大型連休のはざま。中には休んでいる子もいた。ちなみに陽子ちゃんとつちりんはそれぞれ明日から旅行なので、準備のために早めに帰った。ちなみに二つ目、朱美ちゃんは、今月中に使い切らなきゃ行けないクーポン券とポイントがあると言って、凄い勢いで下校した。森君は……多分何にもないと思うんだけど、正式に活動開始するまでは、あんまり一緒にいたくないみたい。しょうがないかなあ。
「それでは、活動する曜日ですが、皆さんの都合の悪い日を聞いてみたところ」
 廊下に立ったまま、ツーピースの胸ポケットから折り畳んだ紙を出した不知火さん。折り目がやけにきれい。それを開いて、こちらに向ける。
「最終的にはこんな感じです。基本的に、金曜日はクラブ活動授業があるので、最初から入れていません。土曜は言わずもがな」

   木之元陽子 火水
   金田朱美  水木
   土屋善恵  月水
   森宗平   月木
   不知火遙  火水

「まず、私は火曜と水曜にしましたが、実際にはフリーです。火水は宿題がきつくなる可能性が高いので、避けるならこの曜日かしらと思ったまで。木之元さんに聞くと、同じ理由でした」
 同じ五組だから、その気持ちはよく分かる。
「それに授業は二学期になれば、組み直されるし、拘ってもあまり意味がないかもしれませんしね」
「うん。で、五組なのに違う曜日の森君は?」
「森君は水泳教室がある日だそうです」
「へえー、水泳教室に通ってるんだ? 知らなかった」
 言われてみると、泳ぎは結構速かった気がする。
「朱美ちゃんはどう言ってたの?」
「水曜は半ドンになることがあるから、早めに帰りたい。木曜は金曜日の活動と連続になるのはどうなのかなって思った、と」
「うーん。じゃあ、つちりんは?」
 最後になったつちりんについて理由を尋ねると、不知火さんは片手を頭にやった。
「それが、占いで決めたって……しょうがない人です」
「あははは。らしいといえばらしいけど、当たらないって言ってたのに!」
 つい声が大きくなってしまったのに気付き、慌ててボリュームを絞る。図書室の前から離れて、児童昇降口に向かうとしよう。
「それで、曜日はどうしますか」
「優先すべきなのは、やっぱり森君かなあ。水泳教室のある日は動かせないし、元々、男子が居易いサークルになるよう考えるって決めてたし」
「では、月と木はなし」
 宙に浮かんだ透明なカレンダーに×印を付けるような仕種をする不知火さん。
 私達はグランドを横切り、正門から出た。
「残るは火と水。水曜の方がだめって人が多いですね」
「それじゃあっさり決めていいのかな。活動日は火曜って」
 と、自分で言っておきながら、直後にはたと思い出した。
「空き教室があれば、サークルでもちゃんとした教室を使えるかもしれないって、先生が言ってたんだった。忘れてた」
「まあ。大事なことを」
 呆れられてしまった。リーダーに慣れてないから、という言い訳はするだけ虚しいのでよしておく。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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