第152話 前提条件、整いました
文字数 1,720文字
「全面的に信じちゃいけないの? だったら、『話したこと全部嘘でした、実は僕が殴って殺したんです』とかでもあり?」
「私の個人的な意見になるけれど、その『僕』が語る話が嘘である可能性を手掛かりの形で充分に示していて、かつ、語り手が嘘をつく理由がちゃんとあるのなら、そういうストーリーもありだと思う。
さて、では森君が嘘を語る理由はあったかしら?」
「そりゃあ、私達をだまくらかすために」
陽子ちゃんがすかさず答えたけれども、水原さんは首を左右に振った。
「それは禁じ手にさせてね。私達っていうのはこの場合、読者と同じだから。物語の登場人物が読者を相手に嘘をつくなんて、通常ないことでしょ。あくまでも物語の中で、森君が嘘をつく理由があるか否かに着目して」
「……ない気がする」
案外早い結論の陽子ちゃん。代わりに朱美ちゃんが粘った。
「物語の中に登場した、私らとそっくりな人達をだましたかった、とかじゃだめ?」
「それだったら、たいていの嘘は見破られてしまうんじゃないかな? そのそっくりな人達が実体験したことと、森君の話にはずれがあって、すぐ気付かれてしまうのがオチ」
「うーん、確かに」
ここで朱美ちゃんから不知火さんへバトンが渡った。
「いかにも本当に起きた出来事を語っているように見せ掛けつつ、所々に小さな嘘、非常に気付かれにくい嘘が交えてあって、それらを懇切丁寧に読み解くことで全体の謎も解けるようになってる、というのはどうでしょう」
「そういうのがまあフェア、公正と言える。その分、緻密さを求められるんだけれども、翻って火曜日の森君の語り口に、そこまで緻密さはあったかしら」
「ない」
ここだけみんなで即答した。ひどいなー。って、私もなんだけどね。
「大前提として、森君は意図的な嘘は語っていない。この点は認めていいんじゃないかと思うの」
「えーと、賛成だけど、意図的じゃない嘘というのがあるかもしれないってこと?」
つちりんが上目遣いになって確認を取る。
「うん。でもそれは悪いことでも何でもなくて、私達も含めて、誰もが日常的にあり得ることよ。極端な例を出すと……私が『アリバイとは千円札のこと』だと思い込まされてこれまで育てられてきたとする」
本当に極端な例だなあ。
「そんな“私”が森君と同じ立場で事件を書き綴るとして、容疑者のアリバイの有無を調べる段になって、千円札を持っている人はアリバイあり、持っていない人はアリバイなしと判断し、その千円札云々の部分を省いて書いたら、読んだ人はどう思う? 何の疑いもなしに、アリバイがあるグループを容疑の枠から外すでしょ。でも“私”は嘘はついていない。誤った知識を身に付けていただけ」
「なるほど」
つちりんではなく、不知火さんが声に出して反応した。
「身近な例で言うと、蛇口とカラン、コンセントとプラグみたいなものですね」
「あっ、それそれ。『蛇口を捻って水を出した』と書いてあるのを、真っ正直に解釈したら、蛇口を捻って壊して水を出したことになる。どんな怪力よ!ってなっちゃう」
不知火さんのフォローで、みんな理解できた。と、ここで再び陽子ちゃんが発言。
「言っている意味は分かったわ。森君の夢の話では、意図しない嘘ってどんな場合が考えられる? 一応洋風ファンタジーっぽい世界みたいだったけど、用語はほぼ、私達が普通に使っている言葉ばかりだった。魔法とか警察の代わりの組織とかを除けば」
「基本的に大丈夫、意図しない嘘もないと思っています。念のために聞きますが、今まで森君と話をして、『あ、この言葉を間違って覚えているわ』って気付いた経験はある?」
「うーん、サークルに入るまではそもそもさほどたくさんおしゃべりしたことなかったけども……まあ、センチとメートルを間違えて覚えてるようなことはなかったわね」
朱美ちゃんも冗談とは言え極端なことを。
「推理する内に、どうしてもおかしいと思える箇所があったら、直接本人に聞いてみるってことで。
それではいよいよ本題に入るね。犯行に魔法が使われたかどうかが最大のポイントだと思っているんだけど、どうかしら」
つづく
「私の個人的な意見になるけれど、その『僕』が語る話が嘘である可能性を手掛かりの形で充分に示していて、かつ、語り手が嘘をつく理由がちゃんとあるのなら、そういうストーリーもありだと思う。
さて、では森君が嘘を語る理由はあったかしら?」
「そりゃあ、私達をだまくらかすために」
陽子ちゃんがすかさず答えたけれども、水原さんは首を左右に振った。
「それは禁じ手にさせてね。私達っていうのはこの場合、読者と同じだから。物語の登場人物が読者を相手に嘘をつくなんて、通常ないことでしょ。あくまでも物語の中で、森君が嘘をつく理由があるか否かに着目して」
「……ない気がする」
案外早い結論の陽子ちゃん。代わりに朱美ちゃんが粘った。
「物語の中に登場した、私らとそっくりな人達をだましたかった、とかじゃだめ?」
「それだったら、たいていの嘘は見破られてしまうんじゃないかな? そのそっくりな人達が実体験したことと、森君の話にはずれがあって、すぐ気付かれてしまうのがオチ」
「うーん、確かに」
ここで朱美ちゃんから不知火さんへバトンが渡った。
「いかにも本当に起きた出来事を語っているように見せ掛けつつ、所々に小さな嘘、非常に気付かれにくい嘘が交えてあって、それらを懇切丁寧に読み解くことで全体の謎も解けるようになってる、というのはどうでしょう」
「そういうのがまあフェア、公正と言える。その分、緻密さを求められるんだけれども、翻って火曜日の森君の語り口に、そこまで緻密さはあったかしら」
「ない」
ここだけみんなで即答した。ひどいなー。って、私もなんだけどね。
「大前提として、森君は意図的な嘘は語っていない。この点は認めていいんじゃないかと思うの」
「えーと、賛成だけど、意図的じゃない嘘というのがあるかもしれないってこと?」
つちりんが上目遣いになって確認を取る。
「うん。でもそれは悪いことでも何でもなくて、私達も含めて、誰もが日常的にあり得ることよ。極端な例を出すと……私が『アリバイとは千円札のこと』だと思い込まされてこれまで育てられてきたとする」
本当に極端な例だなあ。
「そんな“私”が森君と同じ立場で事件を書き綴るとして、容疑者のアリバイの有無を調べる段になって、千円札を持っている人はアリバイあり、持っていない人はアリバイなしと判断し、その千円札云々の部分を省いて書いたら、読んだ人はどう思う? 何の疑いもなしに、アリバイがあるグループを容疑の枠から外すでしょ。でも“私”は嘘はついていない。誤った知識を身に付けていただけ」
「なるほど」
つちりんではなく、不知火さんが声に出して反応した。
「身近な例で言うと、蛇口とカラン、コンセントとプラグみたいなものですね」
「あっ、それそれ。『蛇口を捻って水を出した』と書いてあるのを、真っ正直に解釈したら、蛇口を捻って壊して水を出したことになる。どんな怪力よ!ってなっちゃう」
不知火さんのフォローで、みんな理解できた。と、ここで再び陽子ちゃんが発言。
「言っている意味は分かったわ。森君の夢の話では、意図しない嘘ってどんな場合が考えられる? 一応洋風ファンタジーっぽい世界みたいだったけど、用語はほぼ、私達が普通に使っている言葉ばかりだった。魔法とか警察の代わりの組織とかを除けば」
「基本的に大丈夫、意図しない嘘もないと思っています。念のために聞きますが、今まで森君と話をして、『あ、この言葉を間違って覚えているわ』って気付いた経験はある?」
「うーん、サークルに入るまではそもそもさほどたくさんおしゃべりしたことなかったけども……まあ、センチとメートルを間違えて覚えてるようなことはなかったわね」
朱美ちゃんも冗談とは言え極端なことを。
「推理する内に、どうしてもおかしいと思える箇所があったら、直接本人に聞いてみるってことで。
それではいよいよ本題に入るね。犯行に魔法が使われたかどうかが最大のポイントだと思っているんだけど、どうかしら」
つづく