第14話 高校生、小学校に入る?
文字数 2,410文字
カップや皿を載せたお盆を持って、自分の部屋に向かうと、シュウさんがドアの前で立って待っていた。
「入っていてよかったのに」
「嘘でしょ」
シュウさんは最初お盆を持ってくれそうな手つきをしたけれども、カップになみなみと飲み物が注がれているのを見て、やめたみたい。その代わり、ドアを開けてくれた。
「嘘じゃないって。そりゃあね、男子が勝手に入るのは嫌よ。だけど、シュウさんは私の師匠だし」
言いながら、中に入ってフロアテーブルにお盆を置く。長い毛並みのじゅうたんが敷かれていて、心地いいんだけど、汚さないようにしないとお母さんが不機嫌になる。
シュウさんは内開きのドアをぎゅっと押してから、しゃがんでストッパーを引っ掛けた。
「師匠呼ばわりはやめてくれって。老けた気がする」
「しょうがないよー。実際師匠だし、私より年上なんだし」
「事実がいいとは限らない。せめてマスターかマエストロなら……いや、やっぱりだめだ」
もごもごと口の中だけで否定して、シュウさんは話題を換えた。
「マジックをやるのは、おやつを食べ終わってからでいい?」
と言いながらも、トランプ一組を取り出した。
「もちろん。その方が落ち着いて見られる。シュウさんはさっき食べたってお母さんが言ってたから、紅茶を入れたよ」
「ありがと」
シュウさんは手さばきの練習を始めた。右手でトランプのカード、左手で外国の硬貨――五百円玉大――を、ほんと器用に操っている。しかも、目はだいたい私の方を向いているので、手元はほとんど見てないことに。
「結局、最後の一人は誰が入ってくれたの?」
そうそう、四人目までは伝えていたんだけれど、森君のことはまだ話していなかったんだ。
彼の入った経緯を手短にまとめて説明する。と、シュウさんは何故だか苦笑いを浮かべた。
「何なに? どうしたっていうのよ」
「その森って子、萌莉のことが――話してて分かりづらいな。下の名前で呼ぶか。その宗平って子、萌莉のことが好きなんじゃないのかな」
「いやいやいやいや」
手に持っていたカップとおやつを一旦置いて、私は垂直に立てた右手の平を激しく左右に振った。
「そんなことはありません。普通の友達。男子にしては仲がいい方だけど」
「分かんないよ。好きだっていうサインは、男と女とじゃ微妙に異なると思うんだ。萌莉も大きくなったら、ああ、あれがそうだったんだ、惜しいことをしたって思うかもしれないよ」
「う~ん。なさそう」
「ははは。それにしても宗平君のキャラクターを想像すると、彼の前でマジックはやりにくいかもなあ」
「ええ、どうして?」
食べてるときに、びっくりして聞き返したものだから、くッキーの欠片が少々飛んだ。
「クイズやパズルが好きで同級生に出してるんだろ。負けず嫌いとまでは言いすぎかもしれないけど、問題を出して勝負するのが好きなんじゃないかな。だから僕のマジックを観たら、種を見破ってやろうとする可能性、大いにありと見た」
「それは当たってるかも」
「もし実際にそういう場面になったら、教育してやらねばいけないね」
「教育?」
意味が分からなくておうむ返ししたけれども、シュウさんはそれ以上答えてくれなかった。
「そのときになってのお楽しみ。で、たった一人の男子以外は、えっと木之元さんと金田さんは、昔から話によく出て来たから覚えた。あとは不知火さんと土屋さんだったね。みんな、全くの素人?」
「そうだと思う。って、シュウさん、奇術サークルで教えてくれるのっ?」
「定期的には難しいけど、月一ぐらいなら何とかなるかなって思ってる。ああ、試験期間は除いて」
「やった、ありがと!」
今度は抱きついた、というかしがみついた。シュウさんは私をよけようとして失敗して、コインとトランプが派手に散らばった。
「こら、喜ぶのはかまわないけど、程度問題だ」
「はーい。ごめんなさい」
だって心の底から嬉しかったから……と、コインを拾い集めながら付け足した。
「たださ、学校側の許可がいるんじゃないの? 児童の親戚とは言え、高校生が小学校に勝手に出入りするのは、まずいかも」
「そうなの?」
従兄弟なら問題ない、顔パスぐらいに思ってた。
「多分ね。だいぶ前からそういうご時世だから。とりあえず、萌莉から先生に頼んでみて」
「分かった」
コインを渡してからしっかりうなずく。トランプの方は、シュウさんが集めた。
「あとで僕のプロフィール、書いておくから、必要だったら先生にそれも見せて。面接したいとか言われたら、受けるし」
「うん。シュウさん、どうしてそこまでしてくれるの?」
「そりゃまあ、萌莉が自分の殻を破ってがんばってるから」
うるうる来そうなことを言ってくれる。でもでも、少し前に話したときは、忙しくなるだろうから無理っぽい、みたいなこと言ってたはず。
「高校生活は、思ったほど忙しくなかった?」
「え? うーん、忙しいことは忙しいんだけど、何とかなるさ」
「私達に関わるの、負担になってないよね?」
さっきとは別の理由で、涙腺がゆるむ。シュウさんは即答した。
「そんな心配そうな顔するな。負担というほどじゃないって」
「でも、考えてみたら、今日いきなり来てるのも変だわ。電話じゃ、いつ来られるか分からないって感じだったのに。今日、高校あったんだよね?」
「連休の合間の登校日だから、学校の方が配慮してくれた。授業がちょっと組み替えられて、午前中までだったの。それをすっかり忘れていて、時間ができたから急遽、来させていただきました。これで納得?」
「……納得した」
「よし。では、ぼちぼち、新しく覚えたマジックを披露してやるとするかな。なんだ、まだ食べ終わってないのか。早くしろー」
私は残っていたチョコチップクッキーを、口の中に放り込んだ。
つづく
「入っていてよかったのに」
「嘘でしょ」
シュウさんは最初お盆を持ってくれそうな手つきをしたけれども、カップになみなみと飲み物が注がれているのを見て、やめたみたい。その代わり、ドアを開けてくれた。
「嘘じゃないって。そりゃあね、男子が勝手に入るのは嫌よ。だけど、シュウさんは私の師匠だし」
言いながら、中に入ってフロアテーブルにお盆を置く。長い毛並みのじゅうたんが敷かれていて、心地いいんだけど、汚さないようにしないとお母さんが不機嫌になる。
シュウさんは内開きのドアをぎゅっと押してから、しゃがんでストッパーを引っ掛けた。
「師匠呼ばわりはやめてくれって。老けた気がする」
「しょうがないよー。実際師匠だし、私より年上なんだし」
「事実がいいとは限らない。せめてマスターかマエストロなら……いや、やっぱりだめだ」
もごもごと口の中だけで否定して、シュウさんは話題を換えた。
「マジックをやるのは、おやつを食べ終わってからでいい?」
と言いながらも、トランプ一組を取り出した。
「もちろん。その方が落ち着いて見られる。シュウさんはさっき食べたってお母さんが言ってたから、紅茶を入れたよ」
「ありがと」
シュウさんは手さばきの練習を始めた。右手でトランプのカード、左手で外国の硬貨――五百円玉大――を、ほんと器用に操っている。しかも、目はだいたい私の方を向いているので、手元はほとんど見てないことに。
「結局、最後の一人は誰が入ってくれたの?」
そうそう、四人目までは伝えていたんだけれど、森君のことはまだ話していなかったんだ。
彼の入った経緯を手短にまとめて説明する。と、シュウさんは何故だか苦笑いを浮かべた。
「何なに? どうしたっていうのよ」
「その森って子、萌莉のことが――話してて分かりづらいな。下の名前で呼ぶか。その宗平って子、萌莉のことが好きなんじゃないのかな」
「いやいやいやいや」
手に持っていたカップとおやつを一旦置いて、私は垂直に立てた右手の平を激しく左右に振った。
「そんなことはありません。普通の友達。男子にしては仲がいい方だけど」
「分かんないよ。好きだっていうサインは、男と女とじゃ微妙に異なると思うんだ。萌莉も大きくなったら、ああ、あれがそうだったんだ、惜しいことをしたって思うかもしれないよ」
「う~ん。なさそう」
「ははは。それにしても宗平君のキャラクターを想像すると、彼の前でマジックはやりにくいかもなあ」
「ええ、どうして?」
食べてるときに、びっくりして聞き返したものだから、くッキーの欠片が少々飛んだ。
「クイズやパズルが好きで同級生に出してるんだろ。負けず嫌いとまでは言いすぎかもしれないけど、問題を出して勝負するのが好きなんじゃないかな。だから僕のマジックを観たら、種を見破ってやろうとする可能性、大いにありと見た」
「それは当たってるかも」
「もし実際にそういう場面になったら、教育してやらねばいけないね」
「教育?」
意味が分からなくておうむ返ししたけれども、シュウさんはそれ以上答えてくれなかった。
「そのときになってのお楽しみ。で、たった一人の男子以外は、えっと木之元さんと金田さんは、昔から話によく出て来たから覚えた。あとは不知火さんと土屋さんだったね。みんな、全くの素人?」
「そうだと思う。って、シュウさん、奇術サークルで教えてくれるのっ?」
「定期的には難しいけど、月一ぐらいなら何とかなるかなって思ってる。ああ、試験期間は除いて」
「やった、ありがと!」
今度は抱きついた、というかしがみついた。シュウさんは私をよけようとして失敗して、コインとトランプが派手に散らばった。
「こら、喜ぶのはかまわないけど、程度問題だ」
「はーい。ごめんなさい」
だって心の底から嬉しかったから……と、コインを拾い集めながら付け足した。
「たださ、学校側の許可がいるんじゃないの? 児童の親戚とは言え、高校生が小学校に勝手に出入りするのは、まずいかも」
「そうなの?」
従兄弟なら問題ない、顔パスぐらいに思ってた。
「多分ね。だいぶ前からそういうご時世だから。とりあえず、萌莉から先生に頼んでみて」
「分かった」
コインを渡してからしっかりうなずく。トランプの方は、シュウさんが集めた。
「あとで僕のプロフィール、書いておくから、必要だったら先生にそれも見せて。面接したいとか言われたら、受けるし」
「うん。シュウさん、どうしてそこまでしてくれるの?」
「そりゃまあ、萌莉が自分の殻を破ってがんばってるから」
うるうる来そうなことを言ってくれる。でもでも、少し前に話したときは、忙しくなるだろうから無理っぽい、みたいなこと言ってたはず。
「高校生活は、思ったほど忙しくなかった?」
「え? うーん、忙しいことは忙しいんだけど、何とかなるさ」
「私達に関わるの、負担になってないよね?」
さっきとは別の理由で、涙腺がゆるむ。シュウさんは即答した。
「そんな心配そうな顔するな。負担というほどじゃないって」
「でも、考えてみたら、今日いきなり来てるのも変だわ。電話じゃ、いつ来られるか分からないって感じだったのに。今日、高校あったんだよね?」
「連休の合間の登校日だから、学校の方が配慮してくれた。授業がちょっと組み替えられて、午前中までだったの。それをすっかり忘れていて、時間ができたから急遽、来させていただきました。これで納得?」
「……納得した」
「よし。では、ぼちぼち、新しく覚えたマジックを披露してやるとするかな。なんだ、まだ食べ終わってないのか。早くしろー」
私は残っていたチョコチップクッキーを、口の中に放り込んだ。
つづく