第192話 決定的に違うところ
文字数 2,033文字
「それで水原さんは私のこと、怒ってない……んだよね?」
私にとって一番肝心な点を恐る恐る聞いてみた。
「うーん……」
水原さんはこんな具合に長めのためを作った。私の反応を探っているみたいで、一層どきどきする。無意識の内に胸元に手を当てていた。
そのことに私自身が気付いたまさにそのタイミングで、水原さんが答えた。
「もちろん、全然怒ってない」
ああ、よかったあ。
「勘付いたときに思ったことは一つだけ。うまくやられた!ってね」
どちらかというと喜んでくれている? 結果論になるけれども、マジック本来の目的を達成できていたことになるのかな、これって。
「それで佐倉さん、私から逆に確かめたいことがあるんだけど、いい?」
「もちろんいいよ」
「占いに見せ掛けてマジックをしたのって、私を勧誘するためだったのかなって」
「うん。迷っているみたいに見えたから、最後の一押しっていうか、とにかく入って欲しかったの」
「分かった」
髪を揺らしてうなずいた水原さん。一瞬、表情が見えなくなって、こちらは不安に駆られたけれども、それは杞憂だった。再び正面を向いた彼女は、満足そうに笑ってくれていた。
「よかったよ。最後の一押しをしてくれて感謝! 今の私、マジックのことが大好きになっている」
「――水原さん」
ほっとした。力が抜けそうになると同時に、相手を抱きしめていた。
「ありがとう」
「え? え? どうして佐倉さんが『ありがとう』なの?」
「分かんないけど、私も水原さんに感謝したくなった。それだけ」
「か、感謝するのなら他の人達にも」
水原さん、腕の中でじたばたし始めたけれども、私はもう少しだけと思い、腕に少し力を込めた。
「もちろんしてるよ。今はあなたにしたいの。だめ?」
「だめじゃないけど。――不知火さん、どうにかして」
水原さんが不知火さんを振り返るのが気配で分かった。
不知火さんは助け船をすぐには出さずに、平板な口調で、でもどこか楽しげに言った。
「仲よきことは美しきかな、ですね」
その日の晩、帰宅してしばらく経ってからシュウさんに連絡を入れた。連絡じゃなく、報告かな。水原さんに内藤君がやったのは占いに見せ掛けたマジックなんだよって説明したことや、水原さんをそれに少し前から自分の力で感付いていたこと、そして彼女が満足してくれていることを。
「自力で気付いていた? 凄いかもしれない」
そのくだりを話したときのシュウさんは、かなり驚いたみたい。
「さすが、小学生にして推理小説を書くだけのことはあるといったところかな」
「そのあと、教わったマジックの種を、推理小説のトリックに使うかもしれないって言っていたわ。いいよね?」
「うん、まあ、多分」
「何その奥歯に物が挟まったような返事。シュウさんらしくないよ」
「そうかな。割と曖昧にすませていることって多いよ。マジシャンだから種を聞かれても言えないし、お客が言った想像が当たっていてもはぐらかすしかない」
「そういうんじゃなくって、マジックの種を推理小説に使われるのはあんまり気が進まないって風に聞こえたわよ、今の返事」
「気が進まないというか、僕ごときが許可を出すかどうかを決める話じゃないし。分かってない人は、マジックの種をそのまんま使う恐れがあるだろうけど、水原って子はそうじゃなくて、分かってる人だと信じてるから多分大丈夫だろうって思った。ただそれだけのことさ」
「分かってる人とか分かってない人っていうのは、どういう意味?」
「どういうって、今言った通りなんだけどね。あっ、もしかして萌莉は推理小説とマジックをまったく同じだと捉えているのかい?」
「まさか。まったく同じだなんて思ってないよ。え、でも、大きな違いがあるってことだよね、そんな言い方するかには」
「そうそう。よく分かってるじゃないか。だったらすぐに気が付くはずだよ」
優しい口調で言ってくれているから耳に心地よいけれども、実際は電話の向こうでにやにやしているんだろうな、シュウさん。想像できるだけに、ここはがんばって答えて、ずばり正解を言い当てなくちゃ。
とは思うんだけれども、電話だと間が持たないので、とりあえずは思い付きを口にしてみた。
「マジックと推理小説の違い……動画と文字、とかじゃないわよね」
「違います。推理小説が推理漫画だろうが推理映画だろうが同じことだよ。もっと本質的な部分さ」
「本質ねえ。難しい言葉で言われると、難しく考えちゃう」
「それはよくないな。じゃ、ヒント。終わり方を比べてみて」
マジックの終わり方は……マジックをやり終えて拍手喝采の中、マジシャンは一礼をして舞台から袖に下がる。
推理小説は……崖の上? じゃないよね。事件を解決した、犯人を逮捕して、めでたしめでたし。
「あっ。分かったかも。シュウさん、それって当たり前すぎることなんじゃないの?」
つづく
私にとって一番肝心な点を恐る恐る聞いてみた。
「うーん……」
水原さんはこんな具合に長めのためを作った。私の反応を探っているみたいで、一層どきどきする。無意識の内に胸元に手を当てていた。
そのことに私自身が気付いたまさにそのタイミングで、水原さんが答えた。
「もちろん、全然怒ってない」
ああ、よかったあ。
「勘付いたときに思ったことは一つだけ。うまくやられた!ってね」
どちらかというと喜んでくれている? 結果論になるけれども、マジック本来の目的を達成できていたことになるのかな、これって。
「それで佐倉さん、私から逆に確かめたいことがあるんだけど、いい?」
「もちろんいいよ」
「占いに見せ掛けてマジックをしたのって、私を勧誘するためだったのかなって」
「うん。迷っているみたいに見えたから、最後の一押しっていうか、とにかく入って欲しかったの」
「分かった」
髪を揺らしてうなずいた水原さん。一瞬、表情が見えなくなって、こちらは不安に駆られたけれども、それは杞憂だった。再び正面を向いた彼女は、満足そうに笑ってくれていた。
「よかったよ。最後の一押しをしてくれて感謝! 今の私、マジックのことが大好きになっている」
「――水原さん」
ほっとした。力が抜けそうになると同時に、相手を抱きしめていた。
「ありがとう」
「え? え? どうして佐倉さんが『ありがとう』なの?」
「分かんないけど、私も水原さんに感謝したくなった。それだけ」
「か、感謝するのなら他の人達にも」
水原さん、腕の中でじたばたし始めたけれども、私はもう少しだけと思い、腕に少し力を込めた。
「もちろんしてるよ。今はあなたにしたいの。だめ?」
「だめじゃないけど。――不知火さん、どうにかして」
水原さんが不知火さんを振り返るのが気配で分かった。
不知火さんは助け船をすぐには出さずに、平板な口調で、でもどこか楽しげに言った。
「仲よきことは美しきかな、ですね」
その日の晩、帰宅してしばらく経ってからシュウさんに連絡を入れた。連絡じゃなく、報告かな。水原さんに内藤君がやったのは占いに見せ掛けたマジックなんだよって説明したことや、水原さんをそれに少し前から自分の力で感付いていたこと、そして彼女が満足してくれていることを。
「自力で気付いていた? 凄いかもしれない」
そのくだりを話したときのシュウさんは、かなり驚いたみたい。
「さすが、小学生にして推理小説を書くだけのことはあるといったところかな」
「そのあと、教わったマジックの種を、推理小説のトリックに使うかもしれないって言っていたわ。いいよね?」
「うん、まあ、多分」
「何その奥歯に物が挟まったような返事。シュウさんらしくないよ」
「そうかな。割と曖昧にすませていることって多いよ。マジシャンだから種を聞かれても言えないし、お客が言った想像が当たっていてもはぐらかすしかない」
「そういうんじゃなくって、マジックの種を推理小説に使われるのはあんまり気が進まないって風に聞こえたわよ、今の返事」
「気が進まないというか、僕ごときが許可を出すかどうかを決める話じゃないし。分かってない人は、マジックの種をそのまんま使う恐れがあるだろうけど、水原って子はそうじゃなくて、分かってる人だと信じてるから多分大丈夫だろうって思った。ただそれだけのことさ」
「分かってる人とか分かってない人っていうのは、どういう意味?」
「どういうって、今言った通りなんだけどね。あっ、もしかして萌莉は推理小説とマジックをまったく同じだと捉えているのかい?」
「まさか。まったく同じだなんて思ってないよ。え、でも、大きな違いがあるってことだよね、そんな言い方するかには」
「そうそう。よく分かってるじゃないか。だったらすぐに気が付くはずだよ」
優しい口調で言ってくれているから耳に心地よいけれども、実際は電話の向こうでにやにやしているんだろうな、シュウさん。想像できるだけに、ここはがんばって答えて、ずばり正解を言い当てなくちゃ。
とは思うんだけれども、電話だと間が持たないので、とりあえずは思い付きを口にしてみた。
「マジックと推理小説の違い……動画と文字、とかじゃないわよね」
「違います。推理小説が推理漫画だろうが推理映画だろうが同じことだよ。もっと本質的な部分さ」
「本質ねえ。難しい言葉で言われると、難しく考えちゃう」
「それはよくないな。じゃ、ヒント。終わり方を比べてみて」
マジックの終わり方は……マジックをやり終えて拍手喝采の中、マジシャンは一礼をして舞台から袖に下がる。
推理小説は……崖の上? じゃないよね。事件を解決した、犯人を逮捕して、めでたしめでたし。
「あっ。分かったかも。シュウさん、それって当たり前すぎることなんじゃないの?」
つづく