第193話 高校生ともなれば
文字数 2,069文字
「うん、当たり前と言えば当たり前だね。だからこそ萌莉も最初は見えてなかったのかな」
シュウさんは意味ありげっていうか思惑を秘めていそうな目配せをした。私は意を強くして答えた。
「だったらきっとこれよ。マジックは種明かししないまま終わるけれども、推理小説は謎解きがあって終わる」
「正解」
「なぁんだ」
こういうことなら、似たような話をみんなでした覚えがあるわ。確か、森君が得意なクイズやパズルは絶対に答を言わなきゃいけないけれども、マジックはその必要がないっていう風なやり取りだったはず。
「萌莉は肩透かしを食らった気分みたいだけど、でも大事なポイントだと思うな、僕は。両者は似ているけれども決定的に違う。それでいて両方ともお客を満足させる」
「うん、確かにそう言えるわ。あ、だからね? 分かってない人は、マジックを推理小説の中で使うと、その種明かしまで平気でどんどんやっちゃうって」
「そういうこと。推理小説に限らず、マジックを題材にした物語では種明かしに触れざるを得ない部分はある。そこは認めるけれども、最低限の守るべき一線というのもあると思ってる。作者は知っていること全てを見せびらかす必要はない」
「分かったわ。水原さんなら問題ないよ、きっと。不知火さんだって着いているし」
「そうなんだ? あの子はまた大人びているというか、独特だね。水原さんの小説を読んだことはまだないけれども、もしも不知火さんに見せているんだとしたら細かいチェックが入りそうだ」
「あはは、そうかも」
ひとしきり笑ったところで、私は最後に伝えておくべきことを思い出した。
「あ、シュウさん。こういうわけだから、前に頼んでいたのはもう解禁ね」
「解禁……ああ、ボトムカードを使ったカード当てのテクニックだね。了解。これでだいぶ教えやすくなるし、バリエーションというものが示せるよ」
「それはいいんだけど、私も知らないようなのをたまには入れてきてね」
「もちろん。そう簡単に底は見せないよ」
え、洒落?
* *
(始めてみると、結構厳しいな)
学校での休み時間、佐倉秀明は手帳のカレンダーとにらめっこをしていた。
萌莉たちにマジックを教える外部講師の形で小学校まで出向く。それ自体に障害はないのだが。
(先の見通しを立てづらいっていうか……最初に決めた予定通りに進めるのは意外と大変だ)
それを思うと先生って凄いなと感心する。
(尤も、授業とマジックのレクチャーは違うところもあるだろうけど。みんなの要望を入れて、応える形にする方が楽しくていいのかね。基本から順番通りに段階を踏んでやっていくとなると、単調な反復練習が重要なところもあるもんな。練習方法を教えて『あとは家でやっといて』なんて風にしたら、今度は各人で習得の程度に差が出てきて後々ややこしくなりそうだし。難しい)
鉛筆の尻で頭を掻いて、それから腕組みをして「うーん」と唸る。目を瞑ったところへ、不意に話し掛けられた。
「なあ、佐倉。ちょっといいか」
「うん?」
小中高と一緒のクラスになることが多く、勝手知ったる友人――もちろん男――の声に片目だけ開ける。
「植村 、どうかした?」
「お客さんが来てる」
「客って」
「例によってまた佐倉の噂を耳にしたんだと思う」
「『また』ってほど頻繁ではないだろ」
「僕からすれば、二度もあれば充分『また』に値するさ」
植村はいささか辟易したような微苦笑を浮かべ、肩越しに親指で教室前方の戸口の方を示した。
「ほら、早く行ってやりな」
佐倉秀明がマジックを得意にしているとか舞台に立ったことがあるという噂を聞いた子がマジックを見せてと頼みに来るケースは、高校に入る前から数えるほどではあるが何度かあった。男女の別はなく、単にマジックがちょっと好きという興味からの行動なのだろう、一度か二度披露してそれっきりというパターンがほぼ百パーセントを占めていた。数少ない例外の一つが、今目の前にいる植村だ。彼とは小学生のときお楽しみ会でマジックをやったことがきっかけで親しくなり、その後もずっと友達関係でいる。ちなみにだが植村はマジックが好きだが観る専門で、一切やらない。秀明が新しく覚えたマジックを試しにやってみせると、あれこれ注文を付けてくるのだが、それが楽しいらしい。
「――珍しい、女子が一人で来てるなんて」
戸口の脇、廊下側に立っているのは肩まで伸ばした黒髪が印象的な、地味目だが整った顔立ちの女子だった。
これまでマジックを見せてと言ってくる女子は確実に二人以上のグループだった。そしてマジックを見せるときゃーきゃー、すごーいと言ってくれて、あとは潮が引くように去って行くのが常であった。
「二人以上の集団で来た方が嬉しいってか?」
「そういう意味ではない。ま、とにかく行ってくる。時間もあまりないし」
小走りになって机の間を急ぎ、“来客”の前に辿り着いた。
つづく
シュウさんは意味ありげっていうか思惑を秘めていそうな目配せをした。私は意を強くして答えた。
「だったらきっとこれよ。マジックは種明かししないまま終わるけれども、推理小説は謎解きがあって終わる」
「正解」
「なぁんだ」
こういうことなら、似たような話をみんなでした覚えがあるわ。確か、森君が得意なクイズやパズルは絶対に答を言わなきゃいけないけれども、マジックはその必要がないっていう風なやり取りだったはず。
「萌莉は肩透かしを食らった気分みたいだけど、でも大事なポイントだと思うな、僕は。両者は似ているけれども決定的に違う。それでいて両方ともお客を満足させる」
「うん、確かにそう言えるわ。あ、だからね? 分かってない人は、マジックを推理小説の中で使うと、その種明かしまで平気でどんどんやっちゃうって」
「そういうこと。推理小説に限らず、マジックを題材にした物語では種明かしに触れざるを得ない部分はある。そこは認めるけれども、最低限の守るべき一線というのもあると思ってる。作者は知っていること全てを見せびらかす必要はない」
「分かったわ。水原さんなら問題ないよ、きっと。不知火さんだって着いているし」
「そうなんだ? あの子はまた大人びているというか、独特だね。水原さんの小説を読んだことはまだないけれども、もしも不知火さんに見せているんだとしたら細かいチェックが入りそうだ」
「あはは、そうかも」
ひとしきり笑ったところで、私は最後に伝えておくべきことを思い出した。
「あ、シュウさん。こういうわけだから、前に頼んでいたのはもう解禁ね」
「解禁……ああ、ボトムカードを使ったカード当てのテクニックだね。了解。これでだいぶ教えやすくなるし、バリエーションというものが示せるよ」
「それはいいんだけど、私も知らないようなのをたまには入れてきてね」
「もちろん。そう簡単に底は見せないよ」
え、洒落?
* *
(始めてみると、結構厳しいな)
学校での休み時間、佐倉秀明は手帳のカレンダーとにらめっこをしていた。
萌莉たちにマジックを教える外部講師の形で小学校まで出向く。それ自体に障害はないのだが。
(先の見通しを立てづらいっていうか……最初に決めた予定通りに進めるのは意外と大変だ)
それを思うと先生って凄いなと感心する。
(尤も、授業とマジックのレクチャーは違うところもあるだろうけど。みんなの要望を入れて、応える形にする方が楽しくていいのかね。基本から順番通りに段階を踏んでやっていくとなると、単調な反復練習が重要なところもあるもんな。練習方法を教えて『あとは家でやっといて』なんて風にしたら、今度は各人で習得の程度に差が出てきて後々ややこしくなりそうだし。難しい)
鉛筆の尻で頭を掻いて、それから腕組みをして「うーん」と唸る。目を瞑ったところへ、不意に話し掛けられた。
「なあ、佐倉。ちょっといいか」
「うん?」
小中高と一緒のクラスになることが多く、勝手知ったる友人――もちろん男――の声に片目だけ開ける。
「
「お客さんが来てる」
「客って」
「例によってまた佐倉の噂を耳にしたんだと思う」
「『また』ってほど頻繁ではないだろ」
「僕からすれば、二度もあれば充分『また』に値するさ」
植村はいささか辟易したような微苦笑を浮かべ、肩越しに親指で教室前方の戸口の方を示した。
「ほら、早く行ってやりな」
佐倉秀明がマジックを得意にしているとか舞台に立ったことがあるという噂を聞いた子がマジックを見せてと頼みに来るケースは、高校に入る前から数えるほどではあるが何度かあった。男女の別はなく、単にマジックがちょっと好きという興味からの行動なのだろう、一度か二度披露してそれっきりというパターンがほぼ百パーセントを占めていた。数少ない例外の一つが、今目の前にいる植村だ。彼とは小学生のときお楽しみ会でマジックをやったことがきっかけで親しくなり、その後もずっと友達関係でいる。ちなみにだが植村はマジックが好きだが観る専門で、一切やらない。秀明が新しく覚えたマジックを試しにやってみせると、あれこれ注文を付けてくるのだが、それが楽しいらしい。
「――珍しい、女子が一人で来てるなんて」
戸口の脇、廊下側に立っているのは肩まで伸ばした黒髪が印象的な、地味目だが整った顔立ちの女子だった。
これまでマジックを見せてと言ってくる女子は確実に二人以上のグループだった。そしてマジックを見せるときゃーきゃー、すごーいと言ってくれて、あとは潮が引くように去って行くのが常であった。
「二人以上の集団で来た方が嬉しいってか?」
「そういう意味ではない。ま、とにかく行ってくる。時間もあまりないし」
小走りになって机の間を急ぎ、“来客”の前に辿り着いた。
つづく