第203話 魔法はうつる
文字数 2,016文字
「ありがとうございます。小見倉さんは一旦、お席の方へ。今度は長束さん、お手伝いをお願いします」
「私がですか」
「大丈夫ですよ。先ほどの小見倉さんみたいに人差し指をぴんと伸ばし、弾いているトランプの間に入れてきてください」
促すと、音を立てて弾かれるトランプに、無言ですっと指を入れてきた。部長が力強かったのに対し、彼女の場合は柔らかである。
「ここからも同じです。どうぞ、その下のカードを手に取って、マークと数を確かめ、皆さんにも教えてあげてください」
「ええ。……ハートの5です」
繰り返される不思議な現象に全然分からないという風に首を小さく振ってから、カードをじっくり見始める。疑る仕種も、部長と副部長とでは明確に違いがあった。
黙って考え込まれては妙な間が生まれてしまう。秀明は場つなぎの台詞を言った。
「よかった、うまく行った。小見倉さんの人差し指の記憶が、長束さんの人差し指へと移ったのかも?」
「と、いうことは」
副部長は梧桐の座る方へ歩いて行き、お互いの人差し指の先端をふれあわせた。
「これで梧桐さんにも同じことができると?」
「ええ」
言葉少なな割にぐいぐい来るな~と感じながらも、秀明はカードのシャッフルを始めた。さっき抜かれたハートの5を返してもらい、デックに戻す。さらいシャッフルを繰り返してから、梧桐の前まで来た。
「はい、どうぞ。もう説明不要だよね」
「ええ――えいっ」
梧桐は人差し指一本だけでなく、手刀の形で入れてきた。これ幸いと、秀明は手元のカードをちょっと操作し、
「だめだめ。人差し指一本だけじゃないと乱れるんだから。ほら」
と述べつつ、ハートの5とは異なるカードが出たことを示した。
「ごめんごめん。指一本だけだと、私のこのきれいな指がカードの縁で切れるのではないかと怖くなって、とか言ってみたり」
分かり易いジョークだったが、秀明はまともに返事することにした。
「だったら心配いらない。マジックで用いるトランプは基本的に紙製で、厚みもそれなりにあるから皮膚が切れることはまずないよ」
「それなら安心して――」
今度はちゃんと、右手の人差し指を差し入れる梧桐。秀明はこれまでと同じ段取りでカードがハートの5であることを見てもらった。
「分からん」
部長が、しわができるのもお構いなしに、難しい顔をして考え込んでいる。
「やだなあ、先輩方。今はマジックの腕前を見るための場でしょう? 分からないのはいいことですよ、お互いに」
「それはそうなんだが……何か癪に障る。君に正式に協力をお願いすれば、今のマジックの種を明かしてくれるのだろうか」
「それはお約束できません」
「何と」
「種明かしを約束してしまったら、依頼の本気度が嘘っぽくなるじゃありませんか。劇で使うことになれば、演者さんに教える必要は出て来るかと思いますけど」
「なるほどな、物の道理というやつだ」
言葉のセレクトがちょっとずれている気もしたが、いちいち確認はすまい。
「もう少しだけ、指の記憶を試させてください。小見倉さん、左右どちらの手でもいいですから、人差し指と親指とをこういう具合に開いてもらえますか」
秀明は右手の人差し指と親指とで、アルファベットのCのような形を作った。部長は「こうかな」と真似る。
「結構です。その親指と人差し指の先端、トランプの上下を掴めるくらいの幅はありますね? ではこの一組のトランプを持ってますから、上から好きな分だけ指で摘まんで持ち上げてみてください。こういう風にして」
左手の平をまっすぐ、床と水平にしてその上に裏向きのトランプのデックを置いてある。そこへ右手で使ったCの字を、クレーンゲームのクレーンのごとく、カードの短辺の方を両サイドからきゅっと掴む。少し持ち上げたところで、元に戻した。
そうやって例を示したためか、演劇部部長はほぼ同じ仕種でカードに手を伸ばす。トランプの“上空”数ミリの位置に来た時点で、
「好きなところまで持ち上げていいんだね?」
と念押しをしてきた。
「ええ。強いて言うなら、あんまり考えすぎないで、力も入れすぎないで、リラックスした素のままの心でお願いします」
「それは好きなところとは言わないんじゃないか」
「すみません。無論、お好きな位置を優先してください。全然問題ありません」
純粋にマジックのお客さんとしてみれば、この人はちょっぴり面倒臭いタイプだなと感じつつ、これも実践トレーニングだと思って秀明は笑顔で応じる。苦手意識を作ってはいけない。
「持ち上げた」
「では、その手に取った分を、僕の右手の方にください。何かの拍子に落とされると、最初にばらまいたトランプと混じってややこしいので」
「落とすつもりはないが、もしかしてそれほどびっくりするかもしれないということを示唆しているんだ?」
マジシャンにとって演目を先読みされるのはありがたくない。だからもっとスピーディに進めたいのだが、今回は特別だ。
つづく
「私がですか」
「大丈夫ですよ。先ほどの小見倉さんみたいに人差し指をぴんと伸ばし、弾いているトランプの間に入れてきてください」
促すと、音を立てて弾かれるトランプに、無言ですっと指を入れてきた。部長が力強かったのに対し、彼女の場合は柔らかである。
「ここからも同じです。どうぞ、その下のカードを手に取って、マークと数を確かめ、皆さんにも教えてあげてください」
「ええ。……ハートの5です」
繰り返される不思議な現象に全然分からないという風に首を小さく振ってから、カードをじっくり見始める。疑る仕種も、部長と副部長とでは明確に違いがあった。
黙って考え込まれては妙な間が生まれてしまう。秀明は場つなぎの台詞を言った。
「よかった、うまく行った。小見倉さんの人差し指の記憶が、長束さんの人差し指へと移ったのかも?」
「と、いうことは」
副部長は梧桐の座る方へ歩いて行き、お互いの人差し指の先端をふれあわせた。
「これで梧桐さんにも同じことができると?」
「ええ」
言葉少なな割にぐいぐい来るな~と感じながらも、秀明はカードのシャッフルを始めた。さっき抜かれたハートの5を返してもらい、デックに戻す。さらいシャッフルを繰り返してから、梧桐の前まで来た。
「はい、どうぞ。もう説明不要だよね」
「ええ――えいっ」
梧桐は人差し指一本だけでなく、手刀の形で入れてきた。これ幸いと、秀明は手元のカードをちょっと操作し、
「だめだめ。人差し指一本だけじゃないと乱れるんだから。ほら」
と述べつつ、ハートの5とは異なるカードが出たことを示した。
「ごめんごめん。指一本だけだと、私のこのきれいな指がカードの縁で切れるのではないかと怖くなって、とか言ってみたり」
分かり易いジョークだったが、秀明はまともに返事することにした。
「だったら心配いらない。マジックで用いるトランプは基本的に紙製で、厚みもそれなりにあるから皮膚が切れることはまずないよ」
「それなら安心して――」
今度はちゃんと、右手の人差し指を差し入れる梧桐。秀明はこれまでと同じ段取りでカードがハートの5であることを見てもらった。
「分からん」
部長が、しわができるのもお構いなしに、難しい顔をして考え込んでいる。
「やだなあ、先輩方。今はマジックの腕前を見るための場でしょう? 分からないのはいいことですよ、お互いに」
「それはそうなんだが……何か癪に障る。君に正式に協力をお願いすれば、今のマジックの種を明かしてくれるのだろうか」
「それはお約束できません」
「何と」
「種明かしを約束してしまったら、依頼の本気度が嘘っぽくなるじゃありませんか。劇で使うことになれば、演者さんに教える必要は出て来るかと思いますけど」
「なるほどな、物の道理というやつだ」
言葉のセレクトがちょっとずれている気もしたが、いちいち確認はすまい。
「もう少しだけ、指の記憶を試させてください。小見倉さん、左右どちらの手でもいいですから、人差し指と親指とをこういう具合に開いてもらえますか」
秀明は右手の人差し指と親指とで、アルファベットのCのような形を作った。部長は「こうかな」と真似る。
「結構です。その親指と人差し指の先端、トランプの上下を掴めるくらいの幅はありますね? ではこの一組のトランプを持ってますから、上から好きな分だけ指で摘まんで持ち上げてみてください。こういう風にして」
左手の平をまっすぐ、床と水平にしてその上に裏向きのトランプのデックを置いてある。そこへ右手で使ったCの字を、クレーンゲームのクレーンのごとく、カードの短辺の方を両サイドからきゅっと掴む。少し持ち上げたところで、元に戻した。
そうやって例を示したためか、演劇部部長はほぼ同じ仕種でカードに手を伸ばす。トランプの“上空”数ミリの位置に来た時点で、
「好きなところまで持ち上げていいんだね?」
と念押しをしてきた。
「ええ。強いて言うなら、あんまり考えすぎないで、力も入れすぎないで、リラックスした素のままの心でお願いします」
「それは好きなところとは言わないんじゃないか」
「すみません。無論、お好きな位置を優先してください。全然問題ありません」
純粋にマジックのお客さんとしてみれば、この人はちょっぴり面倒臭いタイプだなと感じつつ、これも実践トレーニングだと思って秀明は笑顔で応じる。苦手意識を作ってはいけない。
「持ち上げた」
「では、その手に取った分を、僕の右手の方にください。何かの拍子に落とされると、最初にばらまいたトランプと混じってややこしいので」
「落とすつもりはないが、もしかしてそれほどびっくりするかもしれないということを示唆しているんだ?」
マジシャンにとって演目を先読みされるのはありがたくない。だからもっとスピーディに進めたいのだが、今回は特別だ。
つづく