第146話 メタなのか魔法なのか
文字数 1,794文字
これまた予想のしていない成り行きに、頼まれた水原さん以外にも、何人かが声を上げちゃった。かくいう私もそうなんだけれど。
「難しいかもしれないけど……無理かな?」
「ううん。面白そうだし、やってみたい。そうなったら、ますます詳しく話を聞かなくちゃね。頼んだわよ、森君」
「任せとけ、とは言いにくいけれども、全力を尽くす」
森君は苦笑を浮かべ、形だけ胸を叩いた。
そこからは私達がおとなしく聞き役に回ったせいか、それとも開き直った森君の話し方が上手なのか、すいすい進んで、残り十分ほどは推理のための時間になりそうだった。
けれども、推理の先頭に立ちそうな水原さんが、何故か首を傾げたきり、口火を切ろうともしないでいる。
「どうかしたのですか」
メモ書きに視線を落としたままの水原さんに、彼女の一番近くに座る不知火さんが声を掛けた。
「うん。引っ掛かっていることがあって。推理するのには関係ないんだろうし、気にするほどのことじゃないと思うんだけれど」
「まあ。それはいけません。全て吐き出しましょう」
不知火さんが大きな身振りと声で、皆の注意を引く。
「でも、話していたら、推理する時間がなくなってしまうわよ」
「そうは言っても、私達の中で推理に最も適した方が、気になることを抱えたままでははかどらないことくらい目に見えています。だから遠慮なく。――かまいませんよね?」
不知火さんのその問い掛けが、誰に向けられたものなのか分からなかった。三秒ぐらいして、先生を含めたみんながこちらを注目しているのに気付き、私への問い掛けだと理解した。そうだった、私、マジックサークルの会長なんだよね。
「もちろんいいよ。小説を書く人がどういうところに引っ掛かったのか、知りたい」
事実、興味もあったし、残り時間は水原さんのために費やそう。
「それじゃ……」
水原さんは座ったまま森君へと向き直った。話す間は教壇に上がっていた森君も、今は元いた席に収まっている。
「後半の方で、メイン探偵師とチェリーだけの場面があったじゃない?」
「うん? そうだっけ。――ああ、そうだそうだ」
私も思い返す。事件の起きた頃合いに雷がお城に落ちていたとかいう話だった。
「あそこの場面で、森君はどこにいたの? 森君と言って分かりにくければ、モリ探偵師はどこにいたかっていうことなんだけど」
「俺? 俺は……あれ?」
答えようと、人差し指を伸ばした右手を持ち上げ掛けて、途中でストップしてしまった森君。その止まった腕は、次に腕組みに移行した。
「ううん? 分かんねえ。えーと、何て言えばいいのか……客観的? 違うか。観客みたいに見ていた。物語の枠の外からっていうか」
「言い換えると、実際には――夢の中の世界では、その場にいなくて、カメラを通してモニターで見てるような具合だった?」
「ああ、それ。そういう感覚」
「メタフィクション的なものなのかしら」
「え、何だって?」
「メタフィクション。今は時間もないみたいだから説明は省きます。大雑把かつ部分的に言うと、登場人物が自身のいる世界を作られた物語の世界だと知っていること、になるかな」
「何だか知らんけど、言われてみればそういう感覚はあった。夢を見てるんだなと分かって夢を見てる感じ。だから、自分がいない場面を目の当たりにしても、全然不思議には思わなかったな」
「ややこしいのは、森君が見た物語の世界は魔法の存在が前提になっていること。だからね、物語として捉えるのなら、モリ探偵師がいないのに見聞きできたシーンは、ひょっとしたら何者かによる魔法の結果かもしれない、という風に考えるべきなのよね」
「な、何て?」
文字通りややこしい話に、すぐには理解が追いつかない。
「多分だが、分かり易く言うとこうだな」
相田先生が話に入って来た。何故か腕まくりをしている。
「メイン探偵師とチェリーの二人だけの場面を、モリ探偵師が見ることができたのは、登場人物の魔法の仕業であるかもしれない。もしそうだとしたら、この魔法も事件に関わっているのかもしれないと考えるべきだ。――こうじゃないか、水原?」
「はい、そんな感じです。あまり分かり易くはなっていない気がしますが」
「ずこっ」
ずっこける様を自らの口で言う先生。もう、変なのりはいいですから。
つづく
「難しいかもしれないけど……無理かな?」
「ううん。面白そうだし、やってみたい。そうなったら、ますます詳しく話を聞かなくちゃね。頼んだわよ、森君」
「任せとけ、とは言いにくいけれども、全力を尽くす」
森君は苦笑を浮かべ、形だけ胸を叩いた。
そこからは私達がおとなしく聞き役に回ったせいか、それとも開き直った森君の話し方が上手なのか、すいすい進んで、残り十分ほどは推理のための時間になりそうだった。
けれども、推理の先頭に立ちそうな水原さんが、何故か首を傾げたきり、口火を切ろうともしないでいる。
「どうかしたのですか」
メモ書きに視線を落としたままの水原さんに、彼女の一番近くに座る不知火さんが声を掛けた。
「うん。引っ掛かっていることがあって。推理するのには関係ないんだろうし、気にするほどのことじゃないと思うんだけれど」
「まあ。それはいけません。全て吐き出しましょう」
不知火さんが大きな身振りと声で、皆の注意を引く。
「でも、話していたら、推理する時間がなくなってしまうわよ」
「そうは言っても、私達の中で推理に最も適した方が、気になることを抱えたままでははかどらないことくらい目に見えています。だから遠慮なく。――かまいませんよね?」
不知火さんのその問い掛けが、誰に向けられたものなのか分からなかった。三秒ぐらいして、先生を含めたみんながこちらを注目しているのに気付き、私への問い掛けだと理解した。そうだった、私、マジックサークルの会長なんだよね。
「もちろんいいよ。小説を書く人がどういうところに引っ掛かったのか、知りたい」
事実、興味もあったし、残り時間は水原さんのために費やそう。
「それじゃ……」
水原さんは座ったまま森君へと向き直った。話す間は教壇に上がっていた森君も、今は元いた席に収まっている。
「後半の方で、メイン探偵師とチェリーだけの場面があったじゃない?」
「うん? そうだっけ。――ああ、そうだそうだ」
私も思い返す。事件の起きた頃合いに雷がお城に落ちていたとかいう話だった。
「あそこの場面で、森君はどこにいたの? 森君と言って分かりにくければ、モリ探偵師はどこにいたかっていうことなんだけど」
「俺? 俺は……あれ?」
答えようと、人差し指を伸ばした右手を持ち上げ掛けて、途中でストップしてしまった森君。その止まった腕は、次に腕組みに移行した。
「ううん? 分かんねえ。えーと、何て言えばいいのか……客観的? 違うか。観客みたいに見ていた。物語の枠の外からっていうか」
「言い換えると、実際には――夢の中の世界では、その場にいなくて、カメラを通してモニターで見てるような具合だった?」
「ああ、それ。そういう感覚」
「メタフィクション的なものなのかしら」
「え、何だって?」
「メタフィクション。今は時間もないみたいだから説明は省きます。大雑把かつ部分的に言うと、登場人物が自身のいる世界を作られた物語の世界だと知っていること、になるかな」
「何だか知らんけど、言われてみればそういう感覚はあった。夢を見てるんだなと分かって夢を見てる感じ。だから、自分がいない場面を目の当たりにしても、全然不思議には思わなかったな」
「ややこしいのは、森君が見た物語の世界は魔法の存在が前提になっていること。だからね、物語として捉えるのなら、モリ探偵師がいないのに見聞きできたシーンは、ひょっとしたら何者かによる魔法の結果かもしれない、という風に考えるべきなのよね」
「な、何て?」
文字通りややこしい話に、すぐには理解が追いつかない。
「多分だが、分かり易く言うとこうだな」
相田先生が話に入って来た。何故か腕まくりをしている。
「メイン探偵師とチェリーの二人だけの場面を、モリ探偵師が見ることができたのは、登場人物の魔法の仕業であるかもしれない。もしそうだとしたら、この魔法も事件に関わっているのかもしれないと考えるべきだ。――こうじゃないか、水原?」
「はい、そんな感じです。あまり分かり易くはなっていない気がしますが」
「ずこっ」
ずっこける様を自らの口で言う先生。もう、変なのりはいいですから。
つづく