第97話 ウォーミングアップ

文字数 1,407文字

「確かに。ちょっとおかしいですね。犯行のあった夜は、結構激しい雨でしたから、むしろ流されているのが当然だろうに……」
「何日前に起きたのか知らないけど、壁の汚れは今日までに何かあったんじゃねーの」
「かもしれません」
 難しげな顔付きになってシーラは黙り込んだ。宗平は沈黙が気まずくて、続いて見付けたことを口にした
「あとさ。現場の部屋の窓が、少しだけ開いてるみたいだけど、あれは空気の入れ換えのため?」
 光の具合で若干見えづらいが、宗平達のほぼ正面上方に位置する窓が、細い隙間を作っている。
「――いえ。あれも遺体が発見されたときのままです」
「ふうん。今、何か間があったけど、俺、おかしなこと言ったかな」
「とんでもない。間があったのは、やはり見るべきところは見るのだなと、感心し、安心もしたためですよ」
 ほめられたのかな? ちょっぴりだが自信が湧いてきた。

 と、気をよくしたのも束の間のことだった。
 本来の選抜試験を受かって採用された民間人と初の顔合わせをして、宗平は目を剥くことになる――。
 ときを遡ること、およそ三十分。あ、ちなみに時間の感覚は宗平の主観である。この異世界?の時間単位は知らない。
 犯行現場だという三階の部屋を外から眺め終えた宗平は、シーラと一緒に来たルートを逆に辿って、本来の道に戻る。横幅のある白い巨石の石畳を行くと、じきに王宮の本殿に着いた。
 中に入ってからも広くて長い廊下を歩かされるのかと少々辟易し始めていたのだが、そうはならなかった。使用人用の裏通路が設けてあって、そちらの細くて狭い、たまに変に迂回するねじ曲がった道ではあったが、走ってもよいとのことだったので気は楽だった。
「着きました。ここが使用人達の会合に使われる部屋です」
 裏通路はどこも味気ない壁に挟まれた空間だったが、通された部屋は窓があって、太陽のおかげで明るかった。
 大きな円卓と小さな円卓、そして中ぐらいの円卓と、三つの丸テーブルがバランスよく、言い換えると幾何学的にも人間の感覚的にも美しく、配置されている。それぞれのテーブルには椅子が何脚かセットになっており、まるで花びらのようだ。
「どこでも座っていいのかな」
 一番近くの椅子の背もたれに手を掛けつつ、宗平が聞く。シーラは開けたドアから廊下の方を見ながら言った。
「この部屋で待ってもらうことになっているのですが、遅れているのか、出て行ったのか、見当たりませんね。お好きな場所に腰掛けて待っていていいでしょう」
「――お。少し前までいたみたいだ、その一等になった奴」
 宗平が急に言い出したので、シーラは「はい?」と怪訝がる声と共に室内へと振り向いた。
「何故、そんなことが言えるのですか」
「え、そんな不思議そうな顔すんなって。こっち来て、この椅子触ったら分かる」
 宗平が手招きをすると、シーラは一歩だけ踏み出し、立ち止まった。
「なるほど、理解しました。その椅子は、日陰に置いてあったというのに、ほんのりと温かみが残ってるんですね?」
「当たり。種が分かればばかみたいだろ」
「いえ。なかなか興味深いと思いました。モリアーティ、あなたは無意識の内に、あるいは反射的に推理するようになっているんじゃないかと。その力が遺憾なく発揮できれば、事件解決もきっと早まるでしょう」
 またほめられた、というか認められた。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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