第195話 マジックのためになること

文字数 2,107文字

「待った」
 台詞に合わせて向きを換え、行こうとする梧桐の右手首を秀明は掴まえた。マジックをするのに適しているとされるその大きめの手で、ふわっと。
「それだと話が壊れる可能性が大きくなってしまう。梧桐さんの判断で、昼休みにでも時間が作れないかな。僕が説明を聞くための時間を、昼食が終わったあとぐらいに」
「わ、分かりました。絶対に内緒にしておいてくださいねっ」
 若干、高くなったトーン、ずれ気味のアクセントでそう応えた梧桐は、逃げるように廊下を走って行った。待っていたかのように、ちょうどベルが鳴ったので、秀明も教室内の自分の席に引き返す。
 着席の間際、植村に話し掛けられた。
「揉めているみたいに見えたが、何だったの?」
「時間がなくて話がまとまらなかっただけで、揉めてはいない」
「マジックを見せる見せないで、話がまとまらないって何だ? ギャラか?」
 植村が茶化して言うのに対し、秀明は肩を上下させて嘆息した。
「あのねえ、お金を取るはずがないだろ」
「だったら何で」
「話していると先生が来る。次の休み時間な」
 そうあしらって、次の休み時間。体育の授業前なので、体操服に着替えながらの説明となった。
「現段階でどこまで言っていいのか分からないので、とある部ということにしておく」
 秀明は周囲に気を配りながら、始めた。情報管理に慎重を期したつもりだったが、聞き手の植村は苦笑いを浮かべて、
「いや、俺、あの子が梧桐さんで、演劇部所属って知ってるんだけど……」
 と申し訳なさそうに応じてきた。
「それならそうと早く言ってくれよ。梧桐さんと知り合いだなんて」
「すまんすまん。むか~し、クラスが同じになったことがあるくらいで、知り合いってほどじゃないし」
「しょうがないな。ここからは他言無用だぜ」
「了解」
「演劇部でマジックを扱った出し物をやるかもしれないから、アドバイザーになってくれないかって」
「へえ! 面白そうじゃん。でも面倒臭そうでもあるな」
 体操服から頭を出す植村。先に準備を終えていた秀明は曖昧にうなずいた。
「どんな役割を求められているのか、今はまだ分からないんだ。昼休み、詳しい話を聞きに行く予定だ」
「ていうことは、それなりに乗り気なんだな」
「うーん、さっきの休み時間に聞いた当初はそうだったんだけど」
 首を振る秀明に、植村は「お、何だ」と先を促す。
「一時間経って、ちょっと考えてしまうな。務まるのかな、自分に。正直な気持ちを言えば、偉そうにアドバイザーなんてできるほどマジックの何たるかを僕は知っているのかと」
「おまえがそんなこと言い出したら、プロでも相当熟練のマジシャンしかマジックに関するアドバイザーはやっちゃいけないってことにならないか」
「うん、まあ、そうなるかな」
 他の同級生に混じって二人も体育館への移動を始める。天気が不安定なため、今日の体育は最初から体育館を使用すると決まっていた。
「それが筋という気がする」
「でもよ、だったら頼む方が困るんじゃね? アドバイスして欲しいのに、頼める相手がプロマジシャンのお偉いさんに限られるんじゃあ。どうしてもアドバイザーが必要なのに、コネとかお金とか、色々条件がつくなんて不便極まりないぜ」
 なかなかの説得力だなと感心する秀明。
「確かにそうだ」
「マジックのよさを世に知らしめるためにも、マジックをテーマにした劇に協力するのはいいことだと思うね、俺は。判断しかねることがでてきたって心配はいらん。お師匠さんに聞けばいいことさ」
「……」
 秀明は歩みを遅くし、熱弁をふるった友人をじっと見据えた。
「どうした?」
「いや。言うことはいちいちごもっともだけど、やけに熱心だなと思って」
「そうか? まあ、知っての通り、観るのは大好きだからな、マジック。おまえが劇に関わることで劇中のマジックがグレードアップするのなら大歓迎ってところかな」
「ふむ。理屈は分かった。まあ、僕が舞台に立つわけじゃないんだし、これまでやったことのない人を凄腕のマジシャンに仕立てるのは期待されても困るけれどね」
 植村の後押しもあって、基本的に引き受けるつもりになった秀明であった。

 そうして迎えた昼休み。今度は秀明の方から一年五組のクラスへ出向いた。気が急いていたためか、普段に比して五分近く早くお昼を食べ終え、事情を知る植村にはくれぐれもついてくるなよと念押しして、教室の前まで来た。
「梧桐って人から用事があるって言われて、来たんだけど」
 うまいタイミングで出て来た中学校のときに同じクラスになったことのある女子に声を掛け、手を合わせながら頼む。
「呼んでくれる?」
「いいよー。って、相手の顔も知らないで来たの?」
「そういうわけじゃない。どこの席に座っているか知らないし、出入り口のところで名前を呼ぶと目立つだろ。誤解されたくないからね」
「分かったわ」
 中学時代の知り合いは大きな動作でうなずくと、開いた戸口の隙間から教室の中へと首を突っ込み、「梧桐さーん、お客さんだよ!」と大きな声で言った。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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