第13話 始動!の前に指導者!
文字数 3,005文字
「金曜日の方は、確実に教室が使えるんでしたよね」
念押しする形で聞いてきた不知火さん。
「そのはずだけど。というか、使えないと授業にならない」
「私の素人考えでは、マジックはまず同じ場所、言い換えると同じ環境で繰り返し練習して、できるようになったら次のステップに進むというのがよさそうですが、佐倉さんの考えを聞かせてください」
一気に喋られて面食らう。意見を求めてくるのなら、最初に断りを入れてほしい。
「ええっと。慣れるという意味じゃ、同じ場所でやる方がいいかも。でも、マジックは場所を選ばないのが理想だと思うから、最終的にはどんな場所、どんなタイミングでもできるようになりたいなって」
「……結局、教室が同じ場所である必要はある? ない?」
「う~ん、どうなんだろ。将来的にはクラス別、あ、クラスだと紛らわしいか。あんまり使いたくない言葉なんだけど、レベル別に活動を進められたらいいなっていう思いもある。まあ、そんなことで悩むのは人数を増やしてからって話だよね。今は六人だし、マジックの腕にしても、言い出しっぺの私がまだ全然だし」
夢を語るならまだしも、妄想になっていたかもしれない。背伸びせず、基本からみんなで楽しくやっていこうと決心がついた。
「同じ教室でやろうという結論でいいんですね。それで、金曜日はどこのクラスを使えるんです?」
「……聞いてない。これから決めるのかも」
「あの、佐倉さん。私、こんな短い間に二度も呆れるのは初めてかもしれません」
「……頼りなくてすみません」
空いている教室のリサーチは、結局棚上げとなった。多分、リサーチしている余裕はない気がする。連休に入るし、クラブ活動の授業の教室振り分けも最終決定はまだだと思うもの。だって、私達の奇術サークル、今日になるまで本当にできるかどうか、分からなかったんだから。
相田先生のふわっとした情報に踊らされた~。
今度活動計画を出すときに、文句の一つも言おうか。でも顧問を引き受けてくださったご恩があるし。うーん。
私が一人で考えていたら、不知火さんの姿が隣からふっと消えた。
「あれ? 不知火さん?」
「聞こえてませんでした? 私の家はこっちなので」
三歩ほど後ろから、不知火さんの声。急いで戻った。
「あ、ごめん。それじゃ、また明日……じゃなくて連休が終わったら学校で」
「私は別に遠出はしませんから、会おうと思えば会えます。それよりも」
不知火さんの眼差しに、期待感がこもったように思えた。
「指導の件、思惑通りになりそうですか?」
「あ、それね。うん。シュウさん、遊びに来るって」
私の従兄弟、佐倉秀明さん。おにいちゃんと呼ぶこともあるけど、一応、シュウさんと呼ぶように努力してる。
この四月から高校生で、マジック好き。演じる腕前は趣味の域を超えてるんじゃないかと思う。この人がそばにいなかったら、私はマジックをここまで好きになっていなかったかも。少なくとも自分でやってみようとは考えなかったに違いない。
「そのとき頼んでみる」
「勝算は」
「サークルの勧誘を始めた頃から、電話やメールで、ちらほらと話に出してみたら、いい感じだったから多分……」
確信はまだないけど、大丈夫だと思う。知らない人の前でマジックを演じるのは、自分にとってもいい勉強・経験になるとうれしそうに言っていたし。
「まさか、小学校に毎週来ていただけるなんてことは……?」
「さすがにそれは無理だよ」
「ですよね」
でも一回ぐらいなら来てくれるかな。小学校で、みんな――奇術サークルのみんなではなく、全児童の前でマジックをして欲しい。シュウさんのマジックを観たら、自分もやってみたいと考える人が少しでも増えるかも。
などとまた想像の世界に入り込んでいると、遠くから不知火さんの声が聞こえた。
「また電話するからね! さよなら!」
え、あ、さよなら。
家に帰ると、玄関にある靴が、いつもより一つ多い。
すぐに分かった。
「おにいちゃん! じゃなくてシュウさんが来てる?」
中に向かってそう言うと、「帰って来たみたい」というお母さんの声がした。私はあわて気味に靴を脱ぎ、ランドセルをおろしながら廊下を急いだ。
居間の前まで来たのと同時に、ふすまががらっと開く。
「よ。マジック少女、元気にしてたか」
「シュウさん、久しぶり!」
抱きつこうとしかけたものの、お母さんの視線を感じて自粛。その代わりっていうわけじゃないんだけれど、私はシュウさんの両手首を取った。特に左手首に密かに視線を送りつつ、話し掛ける。
「元気だったよー。それでね、聞いて聞いて。今日、サークルの申請を出して、通るのは間違いなしって。晴れて奇術サークル設立!となりました」
「お、がんばったんだ。萌莉も成長してるね」
「でしょ。小学五年生と言ったら、高学年だもん」
私は会話しながら、狙っていた。シュウさんの左手首から腕時計をすり取ろうと。
これはもちろん犯罪の練習なんかじゃなくって、マジックの一種なのよ。正確にはすりのショーなんだけど、技術はマジックと同系統だとはっきり言える。マジックショーの一部に組み入れているプロもいるほどだしね。
前にシュウさんから基本的なやり方を教わって、次に会ったときは絶対に試してみようと、心に誓っていたのだ。
「確かに背は伸びたみたいだ」
シュウさんは私を見下ろしながら、微笑んだ。
「けど、こっちの方はまだまだ」
「あ」
左手首は私の右手からするりと抜けた。その左手が、私の頭をぽんとなでる。
「右手と左手で、力の入れ方が違いすぎる。左手首を握る時間が長すぎ。そして何よりも、目の動きが挙動不審だ」
「あううう」
だめだった。もっと練習しないとと思うんだけど、すりの練習なんて相手になってくれる人がいなくってさあ。一度、ほろ酔いで帰って来たお父さんの腕時計でやってみたら成功したけど、怒られちゃった。
それはお母さんも同じで、ほら、たった今だって、シュウさんに憮然とした視線を向けて、
「小学生の娘に、そんなことまで教えないでもらいたいのだけれど」
と呆れを交えて注意してる。
私まで標的にならない内に、ここは助け船を。
「ねえ、私の部屋に行こっ。マジック見せて。新しいの、あるんでしょ?」
シュウさんの背中を押して廊下に出して、次にお母さんの方を振り返る。先手を打とう。叱られてる時間がもったいないもん。
「手洗いとうがいはこれからすぐやる。あと、おやつは部屋に持っていくから」
「――ただいまは?」
「あ、忘れてた。ただいま、お母さん」
いつもより深く頭を下げた。お母さんは鼻でため息をついた。
「シュウおにいちゃんと遊びたいのは分かるけれども、少しくらい学校のことを話なさいな。さっき聞こえたけれど、サークル、無事に設立って?」
「うん。連休明けに正式スタートよ」
「やっていけそう?」
「えっと、シュウさんの協力次第かなぁ、なんちゃって」
「そういう技術的な話ではなくって。萌莉ちゃんにリーダーシップが取れるのかと、ちょっぴり心配」
「多分、大丈夫。入ってくれたみんな、凄くいい友達になれたから」
「――大丈夫そうね」
お母さんがやっといつものように微笑んでくれた。
つづく
念押しする形で聞いてきた不知火さん。
「そのはずだけど。というか、使えないと授業にならない」
「私の素人考えでは、マジックはまず同じ場所、言い換えると同じ環境で繰り返し練習して、できるようになったら次のステップに進むというのがよさそうですが、佐倉さんの考えを聞かせてください」
一気に喋られて面食らう。意見を求めてくるのなら、最初に断りを入れてほしい。
「ええっと。慣れるという意味じゃ、同じ場所でやる方がいいかも。でも、マジックは場所を選ばないのが理想だと思うから、最終的にはどんな場所、どんなタイミングでもできるようになりたいなって」
「……結局、教室が同じ場所である必要はある? ない?」
「う~ん、どうなんだろ。将来的にはクラス別、あ、クラスだと紛らわしいか。あんまり使いたくない言葉なんだけど、レベル別に活動を進められたらいいなっていう思いもある。まあ、そんなことで悩むのは人数を増やしてからって話だよね。今は六人だし、マジックの腕にしても、言い出しっぺの私がまだ全然だし」
夢を語るならまだしも、妄想になっていたかもしれない。背伸びせず、基本からみんなで楽しくやっていこうと決心がついた。
「同じ教室でやろうという結論でいいんですね。それで、金曜日はどこのクラスを使えるんです?」
「……聞いてない。これから決めるのかも」
「あの、佐倉さん。私、こんな短い間に二度も呆れるのは初めてかもしれません」
「……頼りなくてすみません」
空いている教室のリサーチは、結局棚上げとなった。多分、リサーチしている余裕はない気がする。連休に入るし、クラブ活動の授業の教室振り分けも最終決定はまだだと思うもの。だって、私達の奇術サークル、今日になるまで本当にできるかどうか、分からなかったんだから。
相田先生のふわっとした情報に踊らされた~。
今度活動計画を出すときに、文句の一つも言おうか。でも顧問を引き受けてくださったご恩があるし。うーん。
私が一人で考えていたら、不知火さんの姿が隣からふっと消えた。
「あれ? 不知火さん?」
「聞こえてませんでした? 私の家はこっちなので」
三歩ほど後ろから、不知火さんの声。急いで戻った。
「あ、ごめん。それじゃ、また明日……じゃなくて連休が終わったら学校で」
「私は別に遠出はしませんから、会おうと思えば会えます。それよりも」
不知火さんの眼差しに、期待感がこもったように思えた。
「指導の件、思惑通りになりそうですか?」
「あ、それね。うん。シュウさん、遊びに来るって」
私の従兄弟、佐倉秀明さん。おにいちゃんと呼ぶこともあるけど、一応、シュウさんと呼ぶように努力してる。
この四月から高校生で、マジック好き。演じる腕前は趣味の域を超えてるんじゃないかと思う。この人がそばにいなかったら、私はマジックをここまで好きになっていなかったかも。少なくとも自分でやってみようとは考えなかったに違いない。
「そのとき頼んでみる」
「勝算は」
「サークルの勧誘を始めた頃から、電話やメールで、ちらほらと話に出してみたら、いい感じだったから多分……」
確信はまだないけど、大丈夫だと思う。知らない人の前でマジックを演じるのは、自分にとってもいい勉強・経験になるとうれしそうに言っていたし。
「まさか、小学校に毎週来ていただけるなんてことは……?」
「さすがにそれは無理だよ」
「ですよね」
でも一回ぐらいなら来てくれるかな。小学校で、みんな――奇術サークルのみんなではなく、全児童の前でマジックをして欲しい。シュウさんのマジックを観たら、自分もやってみたいと考える人が少しでも増えるかも。
などとまた想像の世界に入り込んでいると、遠くから不知火さんの声が聞こえた。
「また電話するからね! さよなら!」
え、あ、さよなら。
家に帰ると、玄関にある靴が、いつもより一つ多い。
すぐに分かった。
「おにいちゃん! じゃなくてシュウさんが来てる?」
中に向かってそう言うと、「帰って来たみたい」というお母さんの声がした。私はあわて気味に靴を脱ぎ、ランドセルをおろしながら廊下を急いだ。
居間の前まで来たのと同時に、ふすまががらっと開く。
「よ。マジック少女、元気にしてたか」
「シュウさん、久しぶり!」
抱きつこうとしかけたものの、お母さんの視線を感じて自粛。その代わりっていうわけじゃないんだけれど、私はシュウさんの両手首を取った。特に左手首に密かに視線を送りつつ、話し掛ける。
「元気だったよー。それでね、聞いて聞いて。今日、サークルの申請を出して、通るのは間違いなしって。晴れて奇術サークル設立!となりました」
「お、がんばったんだ。萌莉も成長してるね」
「でしょ。小学五年生と言ったら、高学年だもん」
私は会話しながら、狙っていた。シュウさんの左手首から腕時計をすり取ろうと。
これはもちろん犯罪の練習なんかじゃなくって、マジックの一種なのよ。正確にはすりのショーなんだけど、技術はマジックと同系統だとはっきり言える。マジックショーの一部に組み入れているプロもいるほどだしね。
前にシュウさんから基本的なやり方を教わって、次に会ったときは絶対に試してみようと、心に誓っていたのだ。
「確かに背は伸びたみたいだ」
シュウさんは私を見下ろしながら、微笑んだ。
「けど、こっちの方はまだまだ」
「あ」
左手首は私の右手からするりと抜けた。その左手が、私の頭をぽんとなでる。
「右手と左手で、力の入れ方が違いすぎる。左手首を握る時間が長すぎ。そして何よりも、目の動きが挙動不審だ」
「あううう」
だめだった。もっと練習しないとと思うんだけど、すりの練習なんて相手になってくれる人がいなくってさあ。一度、ほろ酔いで帰って来たお父さんの腕時計でやってみたら成功したけど、怒られちゃった。
それはお母さんも同じで、ほら、たった今だって、シュウさんに憮然とした視線を向けて、
「小学生の娘に、そんなことまで教えないでもらいたいのだけれど」
と呆れを交えて注意してる。
私まで標的にならない内に、ここは助け船を。
「ねえ、私の部屋に行こっ。マジック見せて。新しいの、あるんでしょ?」
シュウさんの背中を押して廊下に出して、次にお母さんの方を振り返る。先手を打とう。叱られてる時間がもったいないもん。
「手洗いとうがいはこれからすぐやる。あと、おやつは部屋に持っていくから」
「――ただいまは?」
「あ、忘れてた。ただいま、お母さん」
いつもより深く頭を下げた。お母さんは鼻でため息をついた。
「シュウおにいちゃんと遊びたいのは分かるけれども、少しくらい学校のことを話なさいな。さっき聞こえたけれど、サークル、無事に設立って?」
「うん。連休明けに正式スタートよ」
「やっていけそう?」
「えっと、シュウさんの協力次第かなぁ、なんちゃって」
「そういう技術的な話ではなくって。萌莉ちゃんにリーダーシップが取れるのかと、ちょっぴり心配」
「多分、大丈夫。入ってくれたみんな、凄くいい友達になれたから」
「――大丈夫そうね」
お母さんがやっといつものように微笑んでくれた。
つづく