第194話 おさそい
文字数 2,002文字
「僕に用事があるっていうのは君? ごめん、待たせて」
「気にしないでください。待たされたというほどではありません」
地味な雰囲気からは少し印象の異なる、きっぱりした物言いで返事した女子。身長差はほとんどないが、若干、秀明の方が高い。
「はじめまして、私は一年五組の梧桐久美子 と言います」
五組のごくみ……一瞬、駄洒落かと思った秀明だったが、そんなはずはないと心の中でかぶりを左右に振った。
「ご丁寧にどうも。佐倉秀明です」
「佐倉君がマジックを趣味にしていると聞き、お願いに上がりました」
かたいしゃべりだな、と思った矢先、お願いと続けられて少なからず困惑した。マジックを見せてというのは確かにお願いに違いないだろうが、ここまで丁寧に頼むものなのか。これまでにはなかっただけに、戸惑いはじきに警戒へと成長した。
「お願いというのは?」
「私は演劇部に所属しており、今日はその使いでやって参りました」
「は、はあ」
演劇部か。そう意識して見てみると、目の前の女子は化粧映えしそうに思えてきた。
(アマチュアマジシャンの仲間の中には、そんな化粧をしなくてもいいのにっていう人がたまにいるからなあ)
考えもしなかった方面からの話に戸惑いながら、同時にマジックのことも思い出していた秀明。彼のそんな心の動きを知るよしもなく、梧桐は話を続けた。
「秋の学園祭で恒例となっている校内公演を予定していますが、今年かける出し物が、マジックに関連した内容なのです。つきましては、アドバイザー的な役割を佐倉君にお願いできないかというのがうちの部長の考えです」
「……ええっと、急な話でびっくりしたけど、とりあえずありがとう。アマチュアの僕を見込んでくれて」
「プロに頼もうにも演劇部には先立つものがないのと、伝がないというのはあります」
そこは言わなくていいものを、何故だかこちらが思った以上にはきはきと意思表明をする。
「でも、耳にした佐倉君の腕前なら私達演劇部の期待に応えてくれるのではないかと見込んだのは紛れもない事実です。でなければこうして頼みません」
微妙に上から目線を感じるが、まあ先輩であろう部長からの厳命を受けてのことなら仕方がないだろうなとも思う秀明だった。
「それで僕にどうしろと」
「甚だ失礼だとは思いますが、お手並みを拝見させてください。正式にアドバイザーを頼むかどうかは、その後判断するということで」
「ちょっと待って」
「お気を悪くしましたか」
「そうじゃない。それ以前に、引き受けられるかどうか僕の都合を聞いてくれないのかなと」
「――ごめんなさい」
髪を揺らして頭を下げる梧桐。
初めて梧桐の素の表情が見られた、そんな自然な謝罪の言葉と動作だった。
「緊張していて忘れていました。佐倉君の都合はどうですか。こちらで把握しているところでは、どこの部にも所属はしていないみたいですが」
「それはまあそうなんだけど、だからといって忙しくないとは言えないわけで」
「帰宅部」と「暇」とをイコールで結び付けるのは間違っている。最低限、包含関係で示すべきだ。そんなふとした思いから、ついつい妙な受け答えをしてしまった。
「では忙しいのですか」
「時間があるときはマジックに充てているんだ。それもあまり自由が利かない形でさ」
「……つまり、学校外のマジック教室か何かに通っているということでしょうか」
「それもある」
「……何だか勿体を付けられている気がします」
「いや、スケジュールが詰まっていることを言っちゃうと、『じゃあいいです、他を当たります』とか言われそうで。それってつまらないなと思って」
「そんなこと、言わないです。私達が頼れそうなのは、近くにいる人の中では佐倉君、あなただけなんですから。だから少し忙しいくらいなら、無理矢理にでも引っ張り込む――それほどの意気込みで私はここへやって来たんですからねっ」
何だか知らないが、気合いが入っていることだけは充分伝わってきた。クールなのか熱いのかいまいちはっきりしないキャラクターの人だ。
「とにかく詳しい話を聞きたい。それから判断させてくれないかな」
「言い分は理解できますが、私どもにも守るべき秘密はある――」
「一緒にやってみたい気持ちもあるんだ。お願いするよ」
秀明が飛びきりのスマイル、それこそマジシャンとして舞台に立つときのそれを向けると、梧桐久美子は気圧された風に上半身をちょっぴり後ろにのけぞらせ、次いで頬を軽く染めた。
「……」
「梧桐さん?」
急に無反応になった相手を心配し、顔の前で手を振る秀明。
「あのさ、話がどうなるにせよ、いつまでもここに突っ立っていたら迷惑になる可能性大だし、休み時間もほら、終わってしまうよ」
「――は、はい、聞いてます。では一度持ち帰らせて」
つづく
「気にしないでください。待たされたというほどではありません」
地味な雰囲気からは少し印象の異なる、きっぱりした物言いで返事した女子。身長差はほとんどないが、若干、秀明の方が高い。
「はじめまして、私は一年五組の
五組のごくみ……一瞬、駄洒落かと思った秀明だったが、そんなはずはないと心の中でかぶりを左右に振った。
「ご丁寧にどうも。佐倉秀明です」
「佐倉君がマジックを趣味にしていると聞き、お願いに上がりました」
かたいしゃべりだな、と思った矢先、お願いと続けられて少なからず困惑した。マジックを見せてというのは確かにお願いに違いないだろうが、ここまで丁寧に頼むものなのか。これまでにはなかっただけに、戸惑いはじきに警戒へと成長した。
「お願いというのは?」
「私は演劇部に所属しており、今日はその使いでやって参りました」
「は、はあ」
演劇部か。そう意識して見てみると、目の前の女子は化粧映えしそうに思えてきた。
(アマチュアマジシャンの仲間の中には、そんな化粧をしなくてもいいのにっていう人がたまにいるからなあ)
考えもしなかった方面からの話に戸惑いながら、同時にマジックのことも思い出していた秀明。彼のそんな心の動きを知るよしもなく、梧桐は話を続けた。
「秋の学園祭で恒例となっている校内公演を予定していますが、今年かける出し物が、マジックに関連した内容なのです。つきましては、アドバイザー的な役割を佐倉君にお願いできないかというのがうちの部長の考えです」
「……ええっと、急な話でびっくりしたけど、とりあえずありがとう。アマチュアの僕を見込んでくれて」
「プロに頼もうにも演劇部には先立つものがないのと、伝がないというのはあります」
そこは言わなくていいものを、何故だかこちらが思った以上にはきはきと意思表明をする。
「でも、耳にした佐倉君の腕前なら私達演劇部の期待に応えてくれるのではないかと見込んだのは紛れもない事実です。でなければこうして頼みません」
微妙に上から目線を感じるが、まあ先輩であろう部長からの厳命を受けてのことなら仕方がないだろうなとも思う秀明だった。
「それで僕にどうしろと」
「甚だ失礼だとは思いますが、お手並みを拝見させてください。正式にアドバイザーを頼むかどうかは、その後判断するということで」
「ちょっと待って」
「お気を悪くしましたか」
「そうじゃない。それ以前に、引き受けられるかどうか僕の都合を聞いてくれないのかなと」
「――ごめんなさい」
髪を揺らして頭を下げる梧桐。
初めて梧桐の素の表情が見られた、そんな自然な謝罪の言葉と動作だった。
「緊張していて忘れていました。佐倉君の都合はどうですか。こちらで把握しているところでは、どこの部にも所属はしていないみたいですが」
「それはまあそうなんだけど、だからといって忙しくないとは言えないわけで」
「帰宅部」と「暇」とをイコールで結び付けるのは間違っている。最低限、包含関係で示すべきだ。そんなふとした思いから、ついつい妙な受け答えをしてしまった。
「では忙しいのですか」
「時間があるときはマジックに充てているんだ。それもあまり自由が利かない形でさ」
「……つまり、学校外のマジック教室か何かに通っているということでしょうか」
「それもある」
「……何だか勿体を付けられている気がします」
「いや、スケジュールが詰まっていることを言っちゃうと、『じゃあいいです、他を当たります』とか言われそうで。それってつまらないなと思って」
「そんなこと、言わないです。私達が頼れそうなのは、近くにいる人の中では佐倉君、あなただけなんですから。だから少し忙しいくらいなら、無理矢理にでも引っ張り込む――それほどの意気込みで私はここへやって来たんですからねっ」
何だか知らないが、気合いが入っていることだけは充分伝わってきた。クールなのか熱いのかいまいちはっきりしないキャラクターの人だ。
「とにかく詳しい話を聞きたい。それから判断させてくれないかな」
「言い分は理解できますが、私どもにも守るべき秘密はある――」
「一緒にやってみたい気持ちもあるんだ。お願いするよ」
秀明が飛びきりのスマイル、それこそマジシャンとして舞台に立つときのそれを向けると、梧桐久美子は気圧された風に上半身をちょっぴり後ろにのけぞらせ、次いで頬を軽く染めた。
「……」
「梧桐さん?」
急に無反応になった相手を心配し、顔の前で手を振る秀明。
「あのさ、話がどうなるにせよ、いつまでもここに突っ立っていたら迷惑になる可能性大だし、休み時間もほら、終わってしまうよ」
「――は、はい、聞いてます。では一度持ち帰らせて」
つづく