第175話 個人レクチャー
文字数 1,614文字
「師匠はカードの印にすぐに気付いた。そこで、逆利用することにしたんだ。さっきも言ったようにむかむかしながらも、表情はあくまでにこやかにね」
「逆利用……」
逆利用と言われてもすぐにはイメージができなくて、思わず首を傾げてしまう。
「難しく考える必要はない。演目の段取りをちょっと変更したんだよ。お客の付けた印を文字通りの目印にして、シンプルなカード当てを急遽織り込んだのさ。何しろお客が印を付けてくれたんだから、これほど楽なことはない。テーブルいっぱいに全部のカードを広げ、印を目当てに選び取ればいいだけ」
言われてみて納得。確かに逆利用だよね。
「それから問題の印付きカードを破って捨てた。『このカードはもう僕の手が覚えてしまったので、カード当てには使えない』ってことにして。その上で当初予定していた演目を最初からやったんだよ」
「ふーん、そっか。ただ単にやり直すんじゃなくって、相手の行為に一回乗ってみせて、そこから穏やかに元のルートに戻る感じね」
「まあ、そういうこと。さっき萌莉が答えたやり直すというのは、お客の勝手な行為を咎めて、カードを新しいのと交換し、一からやり直すって意味だろ? それだとマジックの流れを切ってしまうし、場の雰囲気が悪くなると思うんだ。そういうのはマジシャンにとって避けたいことだよ」
想像してみればよく理解できる。それまで色んなマジックを披露して不思議な世界を築き上げてきたのに、たった一人のお客がちょっと変なことをしたからって、その世界を一度壊してしまうのは夢から覚めるみたいで悲しい。
悪くなった空気を元に戻すのも大変だろうな。完全に元通りなんて、無理かもしれない。
「というわけで、萌莉にだけ特別レクチャーみたいになったけれども、突発事態に対応できるアドリブがマジシャンには必要だってこと。これは自分のミスで失敗してしまったときにも言える。失敗をどれだけうまくごまかして、その演目を終え、次に移るか」
「ごまかす……」
ただでさえマジックはお客の目を欺いているのに、その上に重ねてごまかすというのは何だか人聞きが悪い。
「ははは、言い方がよくなかったかな。うまく覆い隠して、と言っておこうか。一番簡単な例を挙げるとね、そうだな、前もってデックを組んでおくタイプのカードマジックってあるだろ?」
「うん」
物凄く大まかに説明すると――トランプ一組の順番をある特別な並びにした上でケースに入れておくことで不思議な現象を見せるタイプのマジック――かな。
「萌莉はもう知ってるだろうけど、何も仕込んでない証明のためにフォールスシャッフルでカードを切ったように見せ掛けるのが常道だ」
フォールスシャッフルはカードをシャッフルしたように見せて、最終的には元の順番通りになっているというテクニック。様々なやり方があって、リフルシャッフルをしたときでさえ元のままという技術には、感動した覚えがあるわ。私はまだうまくできないんだけどね。
「そのシャッフルでカードが手につかず、失敗したとする。カードの順番はぐちゃぐちゃになってしまった。そういう場合、どうする?」
「えっと……泣きそう」
素直に答えた。シュウさんはくすくす笑った。
「確かにね。僕だって泣きそうになるな。でも今聞いているのは内面のことではなく、実際にどう対処するか」
「さっきからの話の流れで言えば、何とかしてマジックを続けるんだよね?」
「その通り」
「じゃあ……ばらばらになったカードの中には、表向きになったのもあるだろうから、それをキーカードにして覚えて、基本的なカード当てをやる。どう?」
「おっ、合格。キーカードを作って、ボトムに持って来るか小指でキープするか、とにかくそれを利用してカード当てをやる。それで正解だと思う」
「やった」
久しぶりにほめられた気がする。思わず、軽くスキップしちゃった。
つづく
「逆利用……」
逆利用と言われてもすぐにはイメージができなくて、思わず首を傾げてしまう。
「難しく考える必要はない。演目の段取りをちょっと変更したんだよ。お客の付けた印を文字通りの目印にして、シンプルなカード当てを急遽織り込んだのさ。何しろお客が印を付けてくれたんだから、これほど楽なことはない。テーブルいっぱいに全部のカードを広げ、印を目当てに選び取ればいいだけ」
言われてみて納得。確かに逆利用だよね。
「それから問題の印付きカードを破って捨てた。『このカードはもう僕の手が覚えてしまったので、カード当てには使えない』ってことにして。その上で当初予定していた演目を最初からやったんだよ」
「ふーん、そっか。ただ単にやり直すんじゃなくって、相手の行為に一回乗ってみせて、そこから穏やかに元のルートに戻る感じね」
「まあ、そういうこと。さっき萌莉が答えたやり直すというのは、お客の勝手な行為を咎めて、カードを新しいのと交換し、一からやり直すって意味だろ? それだとマジックの流れを切ってしまうし、場の雰囲気が悪くなると思うんだ。そういうのはマジシャンにとって避けたいことだよ」
想像してみればよく理解できる。それまで色んなマジックを披露して不思議な世界を築き上げてきたのに、たった一人のお客がちょっと変なことをしたからって、その世界を一度壊してしまうのは夢から覚めるみたいで悲しい。
悪くなった空気を元に戻すのも大変だろうな。完全に元通りなんて、無理かもしれない。
「というわけで、萌莉にだけ特別レクチャーみたいになったけれども、突発事態に対応できるアドリブがマジシャンには必要だってこと。これは自分のミスで失敗してしまったときにも言える。失敗をどれだけうまくごまかして、その演目を終え、次に移るか」
「ごまかす……」
ただでさえマジックはお客の目を欺いているのに、その上に重ねてごまかすというのは何だか人聞きが悪い。
「ははは、言い方がよくなかったかな。うまく覆い隠して、と言っておこうか。一番簡単な例を挙げるとね、そうだな、前もってデックを組んでおくタイプのカードマジックってあるだろ?」
「うん」
物凄く大まかに説明すると――トランプ一組の順番をある特別な並びにした上でケースに入れておくことで不思議な現象を見せるタイプのマジック――かな。
「萌莉はもう知ってるだろうけど、何も仕込んでない証明のためにフォールスシャッフルでカードを切ったように見せ掛けるのが常道だ」
フォールスシャッフルはカードをシャッフルしたように見せて、最終的には元の順番通りになっているというテクニック。様々なやり方があって、リフルシャッフルをしたときでさえ元のままという技術には、感動した覚えがあるわ。私はまだうまくできないんだけどね。
「そのシャッフルでカードが手につかず、失敗したとする。カードの順番はぐちゃぐちゃになってしまった。そういう場合、どうする?」
「えっと……泣きそう」
素直に答えた。シュウさんはくすくす笑った。
「確かにね。僕だって泣きそうになるな。でも今聞いているのは内面のことではなく、実際にどう対処するか」
「さっきからの話の流れで言えば、何とかしてマジックを続けるんだよね?」
「その通り」
「じゃあ……ばらばらになったカードの中には、表向きになったのもあるだろうから、それをキーカードにして覚えて、基本的なカード当てをやる。どう?」
「おっ、合格。キーカードを作って、ボトムに持って来るか小指でキープするか、とにかくそれを利用してカード当てをやる。それで正解だと思う」
「やった」
久しぶりにほめられた気がする。思わず、軽くスキップしちゃった。
つづく