第54話 決戦は月曜日
文字数 2,065文字
週が明けて月曜日の学校。
朝の教室に入ってしばらく経つと、私はちょっとした変化に気が付いた。
不知火さんと水原さんが話し込んでいる。それも随分親しげに、仲よさげに。
これまで二人が話しているところって、あったかしら? ほとんど見た覚えがない。何かあったんだろうなぁ。奇術サークル入会の話と関係ありそうだし、気になる。
よほど近くに行って、話の輪に加わろうかとも思ったんだけれども……それだったら普通、不知火さんが呼んでくれるか、こっちに来て話をしてくれそうなものだし。
先走った挙げ句、うまく行きそうだったのを壊してしまうのだけは絶対に嫌。待ちの姿勢を通すことにした。
だから、陽子ちゃんが「ね、ね。水原さんと不知火さんが接近してるけど、誘っているのかな?」と話し掛けてきても、今は見守っておこうと意思表示して、その話題は避けておいた。同じ教室で喋ったら、向こうに聞こえちゃうかもしれない。
そんな具合にして、ちょっぴりやきもきする時間を過ごすこと、およそ二時間。二時間目のあとの大休みの時間に、水原さんが私の席のすぐそばまでやって来た。
「さあ」
不知火さんに促され、さらに背中を押されてきたけれども、それでもまだためらっている雰囲気がいっぱいで。だから私の方から口を開こう。
「あ、水原さん、この前はありがとう」
「え?」
ためらいの上に戸惑いまでさせてしまった。こんなのは全然本意じゃないので、急いで説明を付け足す。
「ほら、算数のテストの。私が間違えた問題、教えてくれた。分かり易くて凄く助かったよ」
「ああ、あれのこと」
ほっとしたように息をつくと、水原さんはやっと気分がほぐれたみたい。
「私、本当はあのとき、入会希望をしようか、迷っていたの」
「そ、そうなんだ?」
こんな真っ正直に言われるとは全く予想外で、答える口が変に強ばっちゃった。どこまで知らなかったふりをしていいのか分からない。不知火さんをちらと見たけれども、助け船は出してくれそうになかった。えーい、もう、しょうがない!
「大歓迎だけど、水原さん、文芸部に入ってるんだよね? そのことを知っていたから、誘わなかったというのもあるのだけれど……」
「うん、だから今、改めて入会を申し込みたいのだけど、実は一つお願いがあって」
胸の前で小さくアルファベットのAのような形を作って、拝んでくる水原さん。
「何なに? 出来ることなら何でもやるよ!」
「文芸部の先生と六年生に、退部したいという話はもうしてあるの。奇術サークルに移りたいって言って。それで先生の方はその場でOKをしてくださったんだけれども、六年生が……止める権利は基本的にないらしいんだけど、でも、挨拶に来てもらいたいと言い出したの」
「挨拶に来てって、私に?」
「奇術サークルのメンバー何人かに来てほしいって。私も一緒に」
「な、何かされるって言うんじゃないよね?」
思わず、悪い想像をして、声に不安が出てしまう。
「さすがに落とし前的なことはないと思うけど」
「菓子折でも持って行く?」
突然、陽子ちゃんが口を挟んだ。いつから聞いていたの?と聞くと、水原さんが「改めて入会を申し込み」どうこうと言っていた辺りだって。それならもっと早く話に入って来ていいのに。
「ま、菓子折は冗談として、いつ挨拶に行けばいいって?」
「具体的には何も言われてないわ」
「早い方がいいでしょう」
不知火さんが意見を述べる。
「できれば今日の昼か、放課後にでも。そして改めてお願いするんです。あ、水原さんにお聞きします」
「何?」
「文芸部の活動は、今日の放課後はありませんか?」
「これまで通りなら、ないわ」
「分かりました。私の感覚では活動中にお邪魔するよりは、普段お伺いする方がよいと思うのですが、どうでしょう?」
私に判断を求めてきた。どうしよう。長引かせるとしんどいし、私達の活動と被るのもお互いのためにならない。
今日言われて、今日行動を起こすっていうのは、心の準備も何も出来てないのが不安だけど、勢いに任せた方がいいこともあるかもしれない。
「それじゃ、今日のお昼休みか放課後にしよう。ただ、何人かで来て欲しいっていうことだけれども、誰が行けばいいのかなあ?」
「佐倉さんは確定です。私も副会長として、行くのが筋でしょうね」
不知火さんがてきぱきと決める。
「これに水原さんもいる訳です。あまり大人数で行くと、威圧的と受け取られかねませんから、あと一人くらいでしょうか」
「だったら、お喋りが達者な陽子ちゃん」
すぐそばにいた陽子ちゃんの腕を掴もうとしたら、するっと逃げられた。あれ?
「だめ?」
「そんなことないよ。でも、弁が立つ人は不知火さんがいれば充分。女ばかりにならないように、最後の一人は彼でいいんじゃない?」
陽子ちゃんは右手の親指を返して、森君の席の方を示した。当の森君は、外にドッジボールでもしに行ったんだろう、不在だったけど。
つづく
朝の教室に入ってしばらく経つと、私はちょっとした変化に気が付いた。
不知火さんと水原さんが話し込んでいる。それも随分親しげに、仲よさげに。
これまで二人が話しているところって、あったかしら? ほとんど見た覚えがない。何かあったんだろうなぁ。奇術サークル入会の話と関係ありそうだし、気になる。
よほど近くに行って、話の輪に加わろうかとも思ったんだけれども……それだったら普通、不知火さんが呼んでくれるか、こっちに来て話をしてくれそうなものだし。
先走った挙げ句、うまく行きそうだったのを壊してしまうのだけは絶対に嫌。待ちの姿勢を通すことにした。
だから、陽子ちゃんが「ね、ね。水原さんと不知火さんが接近してるけど、誘っているのかな?」と話し掛けてきても、今は見守っておこうと意思表示して、その話題は避けておいた。同じ教室で喋ったら、向こうに聞こえちゃうかもしれない。
そんな具合にして、ちょっぴりやきもきする時間を過ごすこと、およそ二時間。二時間目のあとの大休みの時間に、水原さんが私の席のすぐそばまでやって来た。
「さあ」
不知火さんに促され、さらに背中を押されてきたけれども、それでもまだためらっている雰囲気がいっぱいで。だから私の方から口を開こう。
「あ、水原さん、この前はありがとう」
「え?」
ためらいの上に戸惑いまでさせてしまった。こんなのは全然本意じゃないので、急いで説明を付け足す。
「ほら、算数のテストの。私が間違えた問題、教えてくれた。分かり易くて凄く助かったよ」
「ああ、あれのこと」
ほっとしたように息をつくと、水原さんはやっと気分がほぐれたみたい。
「私、本当はあのとき、入会希望をしようか、迷っていたの」
「そ、そうなんだ?」
こんな真っ正直に言われるとは全く予想外で、答える口が変に強ばっちゃった。どこまで知らなかったふりをしていいのか分からない。不知火さんをちらと見たけれども、助け船は出してくれそうになかった。えーい、もう、しょうがない!
「大歓迎だけど、水原さん、文芸部に入ってるんだよね? そのことを知っていたから、誘わなかったというのもあるのだけれど……」
「うん、だから今、改めて入会を申し込みたいのだけど、実は一つお願いがあって」
胸の前で小さくアルファベットのAのような形を作って、拝んでくる水原さん。
「何なに? 出来ることなら何でもやるよ!」
「文芸部の先生と六年生に、退部したいという話はもうしてあるの。奇術サークルに移りたいって言って。それで先生の方はその場でOKをしてくださったんだけれども、六年生が……止める権利は基本的にないらしいんだけど、でも、挨拶に来てもらいたいと言い出したの」
「挨拶に来てって、私に?」
「奇術サークルのメンバー何人かに来てほしいって。私も一緒に」
「な、何かされるって言うんじゃないよね?」
思わず、悪い想像をして、声に不安が出てしまう。
「さすがに落とし前的なことはないと思うけど」
「菓子折でも持って行く?」
突然、陽子ちゃんが口を挟んだ。いつから聞いていたの?と聞くと、水原さんが「改めて入会を申し込み」どうこうと言っていた辺りだって。それならもっと早く話に入って来ていいのに。
「ま、菓子折は冗談として、いつ挨拶に行けばいいって?」
「具体的には何も言われてないわ」
「早い方がいいでしょう」
不知火さんが意見を述べる。
「できれば今日の昼か、放課後にでも。そして改めてお願いするんです。あ、水原さんにお聞きします」
「何?」
「文芸部の活動は、今日の放課後はありませんか?」
「これまで通りなら、ないわ」
「分かりました。私の感覚では活動中にお邪魔するよりは、普段お伺いする方がよいと思うのですが、どうでしょう?」
私に判断を求めてきた。どうしよう。長引かせるとしんどいし、私達の活動と被るのもお互いのためにならない。
今日言われて、今日行動を起こすっていうのは、心の準備も何も出来てないのが不安だけど、勢いに任せた方がいいこともあるかもしれない。
「それじゃ、今日のお昼休みか放課後にしよう。ただ、何人かで来て欲しいっていうことだけれども、誰が行けばいいのかなあ?」
「佐倉さんは確定です。私も副会長として、行くのが筋でしょうね」
不知火さんがてきぱきと決める。
「これに水原さんもいる訳です。あまり大人数で行くと、威圧的と受け取られかねませんから、あと一人くらいでしょうか」
「だったら、お喋りが達者な陽子ちゃん」
すぐそばにいた陽子ちゃんの腕を掴もうとしたら、するっと逃げられた。あれ?
「だめ?」
「そんなことないよ。でも、弁が立つ人は不知火さんがいれば充分。女ばかりにならないように、最後の一人は彼でいいんじゃない?」
陽子ちゃんは右手の親指を返して、森君の席の方を示した。当の森君は、外にドッジボールでもしに行ったんだろう、不在だったけど。
つづく