第61話 ヒントをぺらぺら喋る

文字数 2,070文字

「いいわよ。別に勝負じゃないんだから」
 口ではそう言っているけれども、内心は違うはず。私達も、向こうも。
「んじゃ、言います。クイズです」
「ということは、知識があれば解ける……」
 ヒントを得ても、次の解答者は現れない。特に海堂さんは不気味なくらいに静かだ。冷静を装いつつも、内心では焦ってるというやつかも?
「じゃ、もう一個だけヒントあるんですけど、いります?」
 森君が言った。
「勿体ぶらないで、言いなさいよ」
「最後のヒントになるから、これで答えられなかったら……俺のクイズが優れてたってことでいいっすか?」
「それは答を聞いてみないと判断できるもんじゃないわ」
「それもそうか。納得してもらわないといけないんだっけ。ま、いいや。ヒントは……文芸部の人は知らなくても、演劇部や放送部の人なら知っている可能性が高い、です」
 森君が言い終わらぬ内に、海堂さん達前の方に座る文芸部の六年生が、後方の一点を振り返った。
岸島(きしじま)君、放送部でしょっ。何かないの」
「あー、えーっと」
 岸島と呼ばれた男子は、放送部らしからぬ様子で言い淀み、口ごもってしまった。一斉に注目を浴びて、どきどきが止まらなくなったみたいに胸に片手を当ててる。そしてようやく口を開いた。
「その、あるにはある」
「早く」
「けど、僕ら放送部は関係ないことであって」
「いいから、早く!」
「……脚本用に二百字詰め原稿用紙があるんだ。ぺらとか半ぺらとか言う。森君の問題文では、原稿用紙としか言わなかったように思うから、多分、二百字詰め原稿用紙を使ったってことなんだと思う」
 へー!という、大きなため息みたいな声が上がった。私も事前に教えてもらったとき、やっぱり同じように「へー」って反応しちゃった口だ。
「正解です。あーあ、解かれたか、放送部の人に」
 わざとらしく言う森君。その辺でやめてくれないと、あとに続く不知火さんと水原さんへの風当たりが強くなる予感がするんだけど。
「岸島さん、分かっていて黙っていましたね?」
 不知火さんがいきなり会話に割り込んだ。その指摘に、当の岸島さんは「えっ、えっ」という感じにキョロキョロ、きょどきょどしてまるで不審人物だ。
「森君の問題文を正確に覚えていたということが、分かっていた証です」
「――そうなの? 岸島君?」
「そうだよ」
 きつい調子で問う海堂さんに、抵抗は無駄と判断したのかしら、肩を落として認める岸島さん。でも確か、文芸部と放送部はつながりが昔からあるはず。自作のショートショートを、昼休みの放送で朗読するなんてことがやっているくらいだから、交流はずっと続いているに違いないのだけど。
「僕はどちらの味方をするとも言ってない。公平に見る、それだけだ」
「そう。それならそれでいいわ。ちゃんと公平に取材して、お昼休みの放送でニュースとして流してよ」
 海堂さんの言葉を聞いて、そういうことかと納得した。
 それにしても昼にニュースとして報じられるかもしれないと思うと、余計なプレッシャーを感じそうで嫌だなぁ。
「もう終わった? とっとと二問目に行きたいんですが」
 森君はマイペースを崩さない。
「いいわ。出題してみせて」
「それじゃ、ま、二問目にして最終問題は、さっきがクイズだったので、当然パズル。えー、文芸部の人達が今、どんな風にして書いているのか知らないが、昔はさっき出て来た原稿用紙に、ペンを使って升を一文字ずつ埋めていったはず。ということで、今度はペンをテーマにした問題。
 ここにシャープペンシルがあります」
 森君はズボンのポケットにさしておいたシャープペンシルをさっと取り出しみんなに見えるように掲げた。銀色をした長さ十五センチに満たない、よくある普通サイズのシャーペンね。
 ちなみになんだけど、一応、私達児童が学校へ持ち込むのは禁止。だから今、森君が出した物も、相田先生からお借りしたペンだ。
 森君はノックカバーっていうところを一回、押した。当然、芯がわずかに出る。
「こういう風にして押すと、シャーペンの芯が出るけど、一度に出る長さを仮に0.5ミリメートルとする。十回押すと5ミリ、二十回で1センチだ。その割合で、三百三十三回押すと出て来る芯の長さはどれくらいか。ただし、芯は途中で折れない物とする。そして解答権は全体で一回だけにします」
「ええ?」
 文芸部の面々がざわっとする。
「それはないわよ」
「えー? でもさ、数字を適当に言っていったら当たるかもしれないじゃないですか。だから一回だけで。さあ、みんなで考えましょー!」
 手にしたシャープペンをカチカチ言わせながら、森君は“観客”を促した。言われなくてもっていう態度の人がほとんどだったけどね。その筆頭の海堂さんは、とりあえず素直に計算をしていた。

   333×0.5=166.5

 計算は簡単。でも森君のこれはパズルであり、計算の結果16.65センチがそのまま答になるなんてことはない。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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