第198話 昨日の今日でも準備万端

文字数 2,158文字

「そりゃそうでしょ」
 苦笑まじりかつため息まじりで返事する。何でもできると思われていたとしたら、危なかった。早めに気付けてよかった。
「話がずれたけれども、僕が知りたかったのは、協力するとしたら何曜日になるのかってことなんだ」
「あ、そういう意味だったのね。そういえば部活のある日は、さっと下校しちゃうと噂で聞いたっけ」
 事前調査されているな~と、気恥ずかしさを覚えた秀明。顔が赤くなったような気がして、頬の辺りをこすってから何気ない調子で尋ねる。
「それなら僕が速攻で下校している理由も聞いてるんじゃ?」
「ううん、知らない。彼女がいるんじゃないことだけは確かね」
 梧桐が真顔で淡々と言ったところで、予鈴が鳴った。
「しまった。余計なおしゃべりが過ぎたみたい」
「戻りながらでも話す?」
「うーん、劇にマジックを取り入れることはなるべく伏せておきたい方針だから……」
 劇の隠し球的な売りとしたいのなら、そうだろう。
「じゃあ仕方がない、今日のところはこれで」
「結局、引き受けてくれる方向だと思っていいのかな」
「興味あるし、引き受けたい。ただ、曜日の問題がある」
 秀明は理由には触れずに、用事があって忙しい曜日及び忙しくなる可能性が高い日を伝えた。そこにはもちろん萌莉達小学生に教えに行く日も含まれている。
「ちょ、ちょっと待って。ほとんど埋まってるんじゃないの?」
 次々に言われて泡を食ったか、梧桐が片方の手のひらを立ててストップを掛けてきた。生徒手帳とペンを取り出し、構える。
「念のためにメモをしておくわ。記憶力には自信あるのだけれども、これは言ってみれば公務みたいなものだし。万が一がないように」
 言った言わないで揉めるとは思えないが、この方が安心ではある。
 程なくして書き終え、内容を確認しながら梧桐が言った。
「結局、確実に空いているのは水曜。あとは土曜と日曜が空くこともあるわけね」
「そうなる」
「臨時ならともかく、定期的に土日に頼むことにはならないと思うけれども、それにしてもどうしてこんなに先のことまで予定が」
「知りたがるねえ」
「もちろんよ。水曜は部活動の日じゃないから調整しなくちゃいけない。佐倉君にどこまで無理を聞いてもらえるかを測ってるの」
 いや、それ当人を前にして言っていいの?と苦笑を覚える秀明。
「差し支えがあれば言わなくていいわ。でも把握しておきたい」
「別にかまわない。土曜と日曜はマジックを習ったり、同好の士のショーの手伝いをしたりで埋まることが多いんだ」
「ははあ~。そこまで熱を入れてるなんて想像つかなかった。――もしかして物凄く難しい頼み事をしているのかしら、私達って?」
「いや。まだ分かんないけど」
「ごめんね。だけど、私達の方も本気なので依頼は引っ込めないから。この空いている日を持ち帰って、みんなで相談してみる。返事は……一週間以内に私の方から出向くわ。もしかしたら先輩を連れて行くかもしれない。最初に言ったの覚えてる? どのくらいできるのかを確かめたいの」
「ああ、今とは別人みたいな梧桐さんが言ってたね」
 冷やかしたつもりだった秀明だが、相手は微塵も気にしたそぶりは見せず、両手を拝み合わせてきた。
「よかった、覚えてくれてて。厚かましいお願いになるけれども、いつでもマジックができるようにしておいてもらえる?」
「分かった」
 先輩が見に来るかもと聞いて「お手柔らかに」と付け足そうとした秀明だったが、そのフレーズは本鈴のチャイムにかき消された。
「まずい! 遅れる!」

 再会は思いのほか早かった。
「一週間以内と言われてたからびっくりした。少なくとも三、四日はあとだろうと」
 朝、教室に向かうところをつかまって、通路端に引っ張られた。今、構図だけ見れば男女逆の壁ドン状態だ。
「まさか昨日の今日とは」
「話は早い方がいいと思ったのよ。ただ、準備ができているかどうか、再確認は必要でしょ」
 梧桐久美子は辺りを気にしながら、ひそひそ声で聞いてきた。
「準備ってマジックの?」
「もちろん」
「それは――」
 秀明は壁を突いている彼女の右腕に、左手を添えてそっと下げさせると、手のひらを開かせた。そこへ右手をかざし、何も持っていないことを一度見せたあと、改めて梧桐の右手のひらの“上空”五センチほど間を開けて重ねる。
「さすがに愚問と言わせてもらうよ」
 次の瞬間、梧桐はごく短い悲鳴を小さく上げた。右手にはカードが一枚、落ちてきていた。トランプのカードで、具象化された蜘蛛が裏面にデザインされている。
「や、やるじゃない」
 目をしばたたかせる梧桐に、秀明はかすかにうなずいた。
「どういたしまして。マジシャンは基本的に、人にマジックを見せたがる人種なんだろうね。だからいつでも見せられるように準備している」
「安心したわ。今のだけでも、私からすればもう充分に実力を確かめることができた気がする」
「それじゃ先輩達へは披露しなくてもいい?」
「そこはまた別。相性もあるし、第一印象が肝心だし、失礼のない程度に格好を付けて華麗に決めて」
「注文が多いな。――じゃあ、こういうのをやったら怒られるかな」
「え?」

 つづく

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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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