第252話 芸能人で言うところの歯
文字数 2,243文字
「うん? まあぼちぼち」
「じゃあ、女子高生の人とも?」
「あはは。そうだなあ。僕はよそ者の立場になるが、いい物を作るためには仲よくならざるを得ない」
「そうなんだ」
楽しそうに答えるんだね、と思った。思ったら、ちょっといらいらした。
「まだ先のことだから分からないけれども、何せ男子部員が少ないから、力仕事の方も頼まれそうで参ってる」
「……あれ? 最初の約束と違うんじゃあないの?」
本当に困っている響きが声から感じられて、気になった。
「うん。正直言って、力仕事はなあ。いや、別に僕がひ弱だってことはないんだけど、一つ引き受けると次から次へとやらされそうで、ずるずる行くのが怖い」
ここまで聞いて、やっと私は気が付いた。シュウさんが力仕事を避けたがっている理由に。
「演劇って手を傷めそうなほど、重たい物を扱うの?」
そう。マジシャンにとって手は命なのだ。怪我には要注意。たとえそれが、演じるのに支障ない小さな怪我だとしても、お客さんに見られることを考えて、手や指をきれいに保つのがマジシャンとしての常識、マナー。
私ったら、シュウさんが女子と仲よくしてるところを想像するあまり、基本的なことを忘れてしまってた。まだまだだなぁ、と反省。
「多分。それに木を使った大道具や小道具が多いようだから、ささくれが嫌だな」
「はっきりきっぱり、断った方がいいよっ」
「ん、いやまあ、そこは穏便に行きたいと思う」
「それって、相手が女子だから?」
さっきまでと比べて、明るい調子で聞けた。
「いやいや、そんな区別はしない。演劇部の人らがやろうとしている試みは僕も興味あるし、協力してぜひとも成功してもらいたいんだよな。そのためには人間関係でぎくしゃくしたくない。だから少なくとも最初の頃は、萌莉が言うようなはっきりきっぱりはよしておこうと」
「信頼関係ができあがるまでってこと?」
「まあ、そんなところ。僕のメインの役割――マジックに関することでは、どうしても偉そうな物言いになってしまうかもしれないしね。その辺、自制と自戒を込めて、気遣いを念頭に置いとくよ」
「何か……高校生にもなると、色々大変なんだねー」
「小学生でも友達相手に気遣いゼロってことはないだろ」
それはそうだけど。やりたいこととやりたくないことくらいは、はっきり言うものじゃないかしら。
「とにかく、こんな具合だから、宝探しの方は、顧問の先生に頼めるよう、早い内から匂わせておくのがいいだろうな」
「うん、分かった」
元気よく返事して、電話は終わった。
あの相田先生が乗り気になってくれるかどうか、自信は半々だけど、やってみなくちゃ分からない。
* *
萌莉との電話を終えた秀明は、演劇部への協力を約束してからの出来事を思い起こしていた。
(萌莉のやつ、一瞬、嫉妬したような口ぶりになったけれども、違ったかな。まあ、演劇部の女子部員達はあくが強い、一癖あるような人がほとんどだから、僕の好みからは外れているんだが)
独りでに微苦笑がこぼれてしまう。逆に、好みの女子が演劇部にいたとしたら、かえって困るかもしれない。無意識に贔屓してしまうとか、その子が目立てるようなマジックを劇中に強引にはめ込むとか。
(実際にはそんな心配はいらない、という意味ではありがたい。ただ、演劇部だけあって演技のうまい人が多いんだよな)
誘ってきた梧桐久美子の顔が、真っ先にぽんと浮かぶ。
一年生の彼女が協力要請役に選ばれたのには、秀明と同学年であるということに加えてもう一つわけがあった。
(詳しい説明は後日、乞うご期待だなんて言われたから、聞くまではどんなたいそうな理由があるのかと身構えてしまったけれども、蓋を開けてみればなんとやらだったな)
さらに思い出す。梧桐から説明を受けたときのことを。それは特に約束して会ったのではなく、構内一斉清掃のときだ。一年生は学校回りの溝掃除が担当で、秀明と梧桐はたまたま近くにいて、互いの存在に同時に気付いた。ついでだからと、梧桐の方から話が始まったという次第だ。
「この前言っていた、私が一任されていた理由、今でも知りたい?」
「そりゃまあ、一応。気を引くような予告をされたからな」
「じゃあ、がっかりさせるかも。あれは私に対するテストも兼ねていたのよ」
「テスト……って、誰からの」
意味を汲みかねて、しばし掃除の手が止まった。対する梧桐は手を止めることなく、溝に溜まったゴミをかき出していった。女子にしてはかなり大胆で、汚れるのを厭わない感じだ。
「ほら、手を動かして。おしゃべりしてるところを先生に見付かったとき、手が止まっていたら言い訳できないでしょ」
なるほどと得心して、掃除を再開する秀明。
「で、誰からテストされてたって?」
「もちろん、先輩達から。演技力で佐倉君を口説き落とせたら、いい役をさせてあげるって言われてたの」
「ふうん、演劇部ってそういうことするのか」
びっくりするような答ではなかったが、それなりに感心した。
「何でもかんでもこういう決め方するってわけではないわよ。私がチャンスをくださいってアピールしたからこそ。ただ、このやり方もいいところと悪いところがあるのよね。仮に私が首尾よく大きめの役をもらえたとして、次からはきっと、他の一年生も似たようなことをし始める。そうなったら、次の手を考えなければならなくなる。そうしなくて済むよう、この一回きりで諸先輩からの評価を固めたいわ」
つづく
「じゃあ、女子高生の人とも?」
「あはは。そうだなあ。僕はよそ者の立場になるが、いい物を作るためには仲よくならざるを得ない」
「そうなんだ」
楽しそうに答えるんだね、と思った。思ったら、ちょっといらいらした。
「まだ先のことだから分からないけれども、何せ男子部員が少ないから、力仕事の方も頼まれそうで参ってる」
「……あれ? 最初の約束と違うんじゃあないの?」
本当に困っている響きが声から感じられて、気になった。
「うん。正直言って、力仕事はなあ。いや、別に僕がひ弱だってことはないんだけど、一つ引き受けると次から次へとやらされそうで、ずるずる行くのが怖い」
ここまで聞いて、やっと私は気が付いた。シュウさんが力仕事を避けたがっている理由に。
「演劇って手を傷めそうなほど、重たい物を扱うの?」
そう。マジシャンにとって手は命なのだ。怪我には要注意。たとえそれが、演じるのに支障ない小さな怪我だとしても、お客さんに見られることを考えて、手や指をきれいに保つのがマジシャンとしての常識、マナー。
私ったら、シュウさんが女子と仲よくしてるところを想像するあまり、基本的なことを忘れてしまってた。まだまだだなぁ、と反省。
「多分。それに木を使った大道具や小道具が多いようだから、ささくれが嫌だな」
「はっきりきっぱり、断った方がいいよっ」
「ん、いやまあ、そこは穏便に行きたいと思う」
「それって、相手が女子だから?」
さっきまでと比べて、明るい調子で聞けた。
「いやいや、そんな区別はしない。演劇部の人らがやろうとしている試みは僕も興味あるし、協力してぜひとも成功してもらいたいんだよな。そのためには人間関係でぎくしゃくしたくない。だから少なくとも最初の頃は、萌莉が言うようなはっきりきっぱりはよしておこうと」
「信頼関係ができあがるまでってこと?」
「まあ、そんなところ。僕のメインの役割――マジックに関することでは、どうしても偉そうな物言いになってしまうかもしれないしね。その辺、自制と自戒を込めて、気遣いを念頭に置いとくよ」
「何か……高校生にもなると、色々大変なんだねー」
「小学生でも友達相手に気遣いゼロってことはないだろ」
それはそうだけど。やりたいこととやりたくないことくらいは、はっきり言うものじゃないかしら。
「とにかく、こんな具合だから、宝探しの方は、顧問の先生に頼めるよう、早い内から匂わせておくのがいいだろうな」
「うん、分かった」
元気よく返事して、電話は終わった。
あの相田先生が乗り気になってくれるかどうか、自信は半々だけど、やってみなくちゃ分からない。
* *
萌莉との電話を終えた秀明は、演劇部への協力を約束してからの出来事を思い起こしていた。
(萌莉のやつ、一瞬、嫉妬したような口ぶりになったけれども、違ったかな。まあ、演劇部の女子部員達はあくが強い、一癖あるような人がほとんどだから、僕の好みからは外れているんだが)
独りでに微苦笑がこぼれてしまう。逆に、好みの女子が演劇部にいたとしたら、かえって困るかもしれない。無意識に贔屓してしまうとか、その子が目立てるようなマジックを劇中に強引にはめ込むとか。
(実際にはそんな心配はいらない、という意味ではありがたい。ただ、演劇部だけあって演技のうまい人が多いんだよな)
誘ってきた梧桐久美子の顔が、真っ先にぽんと浮かぶ。
一年生の彼女が協力要請役に選ばれたのには、秀明と同学年であるということに加えてもう一つわけがあった。
(詳しい説明は後日、乞うご期待だなんて言われたから、聞くまではどんなたいそうな理由があるのかと身構えてしまったけれども、蓋を開けてみればなんとやらだったな)
さらに思い出す。梧桐から説明を受けたときのことを。それは特に約束して会ったのではなく、構内一斉清掃のときだ。一年生は学校回りの溝掃除が担当で、秀明と梧桐はたまたま近くにいて、互いの存在に同時に気付いた。ついでだからと、梧桐の方から話が始まったという次第だ。
「この前言っていた、私が一任されていた理由、今でも知りたい?」
「そりゃまあ、一応。気を引くような予告をされたからな」
「じゃあ、がっかりさせるかも。あれは私に対するテストも兼ねていたのよ」
「テスト……って、誰からの」
意味を汲みかねて、しばし掃除の手が止まった。対する梧桐は手を止めることなく、溝に溜まったゴミをかき出していった。女子にしてはかなり大胆で、汚れるのを厭わない感じだ。
「ほら、手を動かして。おしゃべりしてるところを先生に見付かったとき、手が止まっていたら言い訳できないでしょ」
なるほどと得心して、掃除を再開する秀明。
「で、誰からテストされてたって?」
「もちろん、先輩達から。演技力で佐倉君を口説き落とせたら、いい役をさせてあげるって言われてたの」
「ふうん、演劇部ってそういうことするのか」
びっくりするような答ではなかったが、それなりに感心した。
「何でもかんでもこういう決め方するってわけではないわよ。私がチャンスをくださいってアピールしたからこそ。ただ、このやり方もいいところと悪いところがあるのよね。仮に私が首尾よく大きめの役をもらえたとして、次からはきっと、他の一年生も似たようなことをし始める。そうなったら、次の手を考えなければならなくなる。そうしなくて済むよう、この一回きりで諸先輩からの評価を固めたいわ」
つづく